喜平とおさと
ふと、その暗がりを見ると、ひっそりと彼女が居た。
美しい着物を着た彼女は、しなやかにパタパタと足を遊ばせながらこちらに振り向き、こちらを一瞥したような気がした。目が合った瞬間その美しい顔から、嘲りにも誘いにもとれる独特の、恋を匂わせる誘惑の笑顔を向けてくる。
その笑顔を見た瞬間、指先に柔らかい電気を感じ、脚はガクガクと揺れ、脳を貫かれる。これはいわゆる・・・アレだろう。
美しくなびく髪に、鼈甲のかんざし。吸い込まれそうな黒い着物は闇をも圧倒している。彼女に少しでも触れたなら・・・消えてしまいそうだ。
そのまま彼は放心状態のまま、フラフラと暖簾をくぐり、店に引き込まれていく。
番頭「へえ、いらっしゃいませ。御用はお決まりで?」
いつも怒鳴り声のような声が響く場所で働いている喜平には、この挨拶1つがお上品に感じる。ここは小物店のようだ。
喜平「あ、ああ。そうじゃねえんだよ。ここにえれぇベッピンの女がいたんだが・・・。ありゃあ、も、も、もしかしてアンタの・・・コレかい?」
店の番頭だか店主だかの初老の男が訝しそうに、喜平の立てた小指を見つめる。
番頭「はて?おなご・・・ですか?」
喜平「ああ、ここにそりゃあ綺麗なオナゴが座っとってな。ちょっと気になったんで入っちまったんだよ。あんたの女じゃないのか!?どうなんだ!?」
迫真の表情で聞く喜平に番頭は戸惑いながら喜平に返す。
番頭「お客様・・・、申し訳ありませんが見間違えではありませんでしょうか?私どもの店は今、店番の私以外が出払っておりまして女っ気はございません。」
喜平「そ、そんなことはねえよ。今実際目がばっちりあったんだからよ!!」
番頭「は、はあ。でも・・・。」
そう言い番頭は店内を見回し、喜平も同じく見回した。小物が並ぶその店内には自分たち以外、人っ子一人居ない。シーンと独特の優しい、他人の生活の断片が漂うその空間は、ひたすらに大切にしてくれるだろう客を待っている。
番頭「ね?店内は今わたくしめだけなんですよ。」
喜平「そっそんなはずは・・・。」
番頭「何か、別の物影が人に見えたんではないでしょうか?大半の化け物は人の見間違いだと言いますし。あっ。」
喜平「なんでい?何かあるんかい?」
番頭「いえ、もしかしたら家に座敷わらしが居るのかもしれませんねぇ。私は見たことはありませんが。この頃、商いがえらい好調でして。もしかしたら座敷わらしが入ったのかもしれない~なんて旦那様がご機嫌でして。」
喜平「座敷わらしぃ?あの・・・、例のアレかい?でも童子の姿はしてなかったぜ?黒い、エライよさそうな着物着てたがなあ。」
番頭「はぁ。着物・・・、ですか。もしかして座敷わらしも年を経るんですかねえ?」
喜平「さぁ・・・。そんなもんかねぇ?白昼夢でも見たかな・・・。」
ぼりぼりと頭をかく喜平。そんな話をしていると男が入ってきた。図体がでかく、決して小さくない喜平の1.5倍はあろうか。ボロボロの袈裟をかぶった修行僧のような格好をしている。その異様な空気は決して関わってはいけない、俗世とは違った何かの予感を感じさせる
善導「主人か?」
野太い声で、見下ろした番頭に問う。
番頭「へ、へぇ。何かご入用で?」
善導「いや、そうではない。」
ギクリっ。1言で周りに嫌な空気が漂い始めた。
善導「わしの名は善導。いきなりだがここには邪気が纏っておる。もしかしたらこの頃善き事ばかり続いておらぬか?」
番頭「へ、へぇ。たて続けに商いが決まりまして・・・。今旦那様も大切な商いに出ておる所存でございます。」
善導「それはいかん。それはきっと・・・。」
喜平「黒い美しい着物着た女のせいか?」
善導はいきなり話に割って入った喜平に驚いたように素性を問うた。
善導「・・・。貴公は?」
喜平「おりゃあ喜平ってんだ。さっき着物着た、そりゃあ綺麗な女をこの小物店で見たんで、入ってきちまったんだよ。」
善導「ふむぅ・・・。おぬしが見たのは・・・。いや、お主が見たのはこの騒ぎの元凶じゃろう。あの者はまずい、まずいのじゃ。」
喜平「でも・・・、そんな悪い感じはしなかったぜ?なんつうか、綺麗で危なっかしい感じの女だが、誰かに迷惑かけるような感じには見えんかった。」
善導「それは貴公が修行不足だからじゃのう。女は決して本性は見せん。女の恨みや妬みは、男や蛇のソレをはるかに超えおる。貴公は・・・、いや、この店ももうすでに術中にかかっておるんじゃ。取り付かれたとたん良いことが続くのも、その家の幸福を全て貪っておる途中だからじゃ。お主、悪いことは言わん忘れろ!!そして、毒気が移らんうちに帰れ!!」
喜平「おっ、おう・・・。」
あまりの善導の迫力に喜平は押され黙る。そこに渦中の物がおずおずと続きを促した。
番頭「そ・・・、それで。その悪鬼はどうすればいいのでしょうか?わたくしどもは!!どうすればいいのでしょうか?」
善導「おっ、う・・・、ふむ!!それはじゃな、私が祓ってしんぜよう!!何、形を見れば分かるじゃろう。私は修験者。私は方々で、そういった邪を祓う修行を送る旅を送っているんじゃ。安心せい、わしが祓おう。当然・・・、それ相応の見返りはいただくが・・・。」
番頭「そっそうですか・・・!!良かった良かった。しかし・・・、如何程お支払いすれば?」
善導「なに・・・、それほどではござらん。ほんの心づけじゃ。わしも修行の身じゃ。修行の手伝いをしていただきたいのじゃ。」
番頭「わ、分かりました。なにとぞお願いいたします!!」
深々と頭を垂れる番頭。それを見た善導は満足げに追加で注文する。
善導「そうかそうか。じゃが祓うには一晩かかる。その為の部屋を用意をしていただけねばならんがな。」
番頭「そっそうですか。ですが私一人留守番のみでして、あまりおもてなしはできませんが・・・、宜しいですか?」
善導「構わん構わん。わしは悪鬼退治に専念する。」
番頭「そうですか。分かりました!!すぐにでもお部屋を・・・。あっ、お客様、申し訳ございません。当方こういう事由でして。」
喜平「そっ、そうか・・・。」
そう言って店を出ようとすると番頭が喜平に駆け寄る。
番頭「あっ、お客様!!お待ちを。どうか、この事はご内密に・・・。下手なうわさが立つと商いに障りますよって・・・。」
そういって小袋を喜平に渡す。
喜平「おっおう。」
喜平は家に帰ると、どかっと畳に突っ伏した。突っ伏したその闇に浮かぶのはあの綺麗な着物。
そこに現れる白くはかない、消え入りそうなくらいの肌をした美人がこちらを笑う。
あれは誘っているのだ・・・。
あんな顔されたら、心から離れない。
喜平「術中にはまってるか・・・。」
確かにそうかもしれない。恋の駆け引きにはめっぽう弱い自分には、女には良いカモだろう。でも・・・。
喜平「もういっぺん、もういっぺんだけ会いてぇ!!」
もやもやした気持ちを抱えながら暗い天を仰ぐ。もうだいぶ日が落ち、部屋を包む闇に、薄気味悪い嫌な予感を抱えつつも、妙に軽い体を起こし、喜平は無言でバッと足取り軽く家をとび出し、闇を駆けていった。
番頭「こっ、こんなものでどうでしょうか?」
善導「ああ、かまわんかまわん。」
番頭「そ、そうですか。では終わりましたらおよび下さい。」
善導「番頭!!」
いきなり後ろから大声を聞いて番頭は身をすくませる。
番頭「はっはいっ!!」
善導「わしが行いを行っておる間は決して開けるな。開ければ四方が崩れ、悪鬼が逃げ出す!!分かるな・・・。」
番頭「へっへぇ!!決して開けません。開けませんとも・・・。」
番頭はすぐに戸を閉めた。そしていそいそと自分の部屋に逃げ込んでいく。今夜は布団を頭からかぶって目を閉じるしかない、そう決めていた。
それを見送った善導は番頭に用意させた食事に手を伸ばす。
善導「上手く行きそうだ・・・。あの若造がアイツが見えたと言い出したときは驚いたが、切り抜けたわい・・・。奴がろくに知識がなくて良かったぞい。さて・・・、ではコレを食ったら“仕事”するか。」
喜平「ここだここだ。」
無言で店に走って来た喜平は店を覗こうとするが、もうすでに閉店済みだった。雨戸が閉められているその戸を見ると喜平はその店の脇に回り、庭に出ようとする。そして店の仕切りにしがみつきながら辺りを探り、庭を盗み見る。特に何を探せば良いかは分からないが、とにもかくにもあの女を捜そうとした。すると・・・。
喜平「善導・・・だったか。」
善導が部屋から出てくる。腹を押さえ満足そうだ。そしてそのまま廊下を辿り、どこかに消えていく。
おさと「喜平さん。」
喜平「わりぃ。今はちょっと勘弁してくれ。」
声をかけられるが喜平は彼女を探して庭に目を配る。
おさと「喜平さん。」
喜平「分からない奴だなぁ、こっちは・・・、あっ!!アンタ!?うぉっ。」
驚いた喜平はそのまま落下し、尻餅をついた。
喜平「あいててて、アンタは!!」
そこには“あの”女が居た。白い美しい肌は、月明かりに照らされ眩しいまでに映えている。
おさと「おさと、私おさと。ふふっ、大丈夫?」
喜平「あっ、ああ。アンタ・・・。その・・・。あの・・・。」
おさと「そうよ、幽霊よ。」
喜平「幽霊!?やっぱり悪鬼か!!」
ざざざっと後ろに下がる喜平。それを楽しそうにおさとは見送る。
おさと「悪鬼?ああ、あの善導に聞いたのね?悪鬼じゃないわよ。座敷わらしのようなもの。」
喜平「座敷わらし・・・?」
喜平はおさとを見る。どう見てもわらし、童子には見えない。すらりとした体からは十分に大人の面持ちを感じる。
おさと「まあ!!女をじろじろ見るなんて破廉恥でしてよ?」
着物で口元を隠し、おさとは喜平をたしなめる。
喜平「すっすまねえ!!」
おさと「ふふっ、良いですよ。許してあげます。でも、こんなところでどうしました?」
喜平「あっ、そうだ!!アンタ、まずいぞ!!」
おさと「どうして?」
喜平「善導って修験者がアンタを祓おうとしてる!!このままだとアンタ・・・、アンタ・・・。成仏しちまう!!・・・うん?」
おさと「成仏・・・。ふふっ、面白い人ねえ。でも大丈夫よ。これは1つの美人局だもの。」
喜平「美人局?ってあの、女が誘って男が怒鳴り込むって言う?」
おさと「そうよ。私が取り付いて異変を起こして、あの人が祓うフリをするの。」
喜平「フリ?フリなんてしてどうするんだよ?あっ礼金か!!礼金が目当てか!!」
この時代、何かと人を脅かしやすく、ちょっとした不和でも霊の存在が取りざたされていた。それを利用した詐欺も横行している。
おさと「それもあるけど、“仕事”をするの。」
喜平「なんだよ、仕事って?」
おさと「悪鬼が取り付いたと言って金持ちの家に入り込んで・・・、ねぇ。」
喜平「お・・・おい!!それって!!押し込み強盗!?」
おさと「しーっ!!」
喜平「おっと。」
おさとが口元に“1”を押し付け、それをならって口を押さえる喜平。
おさと「強盗ではないわ。まあ、空き巣・・・に近いわね。殺生はさすがにしないわよ。そして、仕事を終えた善導が、もうすぐ帰ってきて私が捕まるわ・・・。何度もこの手で仕事をしているの。」
喜平「ちょつ!!そりゃあひでえやつだ!!どうすれば・・・。」
そうこうしていると善導が帰ってきた。手には何か袋を持っている。善導が部屋に入るなり、おさとの様子がおかしくなる。
おさと「そっ・・・それは・・・、私を・・・、解放し・・・て、くっ!!」
おさとは苦しそうにしながら喜平に伝えようとするが、体の自由がきかないらしく、ゆらっゆらっ、とそのまま善導の部屋のほうへ歩いていく。
喜平「おっおい!?いてっ!!」
おさとに手を伸ばしたはずが、塀に指がぶつかる。おさとはそのまま塀をすりぬけ行ってしまったのだ。
喜平「おさとっ!!」
塀に登り見ると、フラフラとおさとは部屋に吸い寄せられている。名を呼ぶが、まるで聞こえないようで、そのまま・・・、部屋に入ってしまう。
善導「誰じゃ!!」
喜平の声が聞こえたらしく善導が部屋から問う。喜平は塀をよじ登りながら善導に詰め寄る。
喜平「喜平だっ!!アンタの悪行、おさとから聞いたぞ!!」
善導「喜平・・・?ああ、あの若いのか。しかし、わしの悪行とはなんだ!!わしを愚弄するつもりか!?」
喜平「アンタ盗人らしいな!!おさとと共に物を盗んでいるって!!」
善導「なっ!!何を言う!!大体おさととは誰じゃ!!」
番頭「なんですか!?どうなされた!!アンタは夕の頃に来た・・・。」
喜平「あっ番頭さん!!こいつ盗人です!!悪鬼がついたと脅かして、家に潜り込んで金品を奪っていくそうです!!」
番頭「なっ!!いや、で・・・でも、そんなこと誰が?」
喜平「おさとだ!!こいつとグルになっている幽霊に話をばっちり聞いたんでい!!」
善導「耳を傾けるな番頭!!幽霊の話を聞くなぞありえん!!夢でも見たんだろう!!」
喜平「何を言う!!アンタ幽霊と話せるんじゃないのか!!それくらい簡単だろう!!本物の修験者だったらやれるだろう!!おかしいんじゃないか!?」
善導「そういう意味ではない!!幽霊の話を本気で信じるなということだ!!」
喜平「番頭さん!!きちんと調べたほうが良い!!」
善導「番頭!!本気にするな!!早くそいつを叩きだせ!!」
番頭は悩む。実際問題幽霊の話を聞いたなんて事は、普通は信じないだろう。だが、逆にそう考えれば幽霊が取り付いたということで、いきなり来た善導の話も胡散臭くなる。この時代、本物の修験者を装った物盗りなんておかしくない話だ。
もしなにか不手際があれば旦那にきつく怒られ、下手すれば自分が物盗りとして番屋に突き出されてしまうかもしれない・・・。考えに考えた末。
番頭「・・・、ここは間を取ってですね、少し戸を開けさせていただいて、部屋をお調べさせていただきますか?」
そう言って番頭は戸に手をかける。
善導「いかん!!今はいかん!!」
善導は戸を内から押さえた。力の差で番頭のような初老の人間にはビクともしない。そこに喜平が加勢する。
喜平「開けろ!!」
善導「馬鹿もん!!今はならん!!後にしろ!!」
喜平「そう言って逃げるつもりだろう!!」
2人がかりでもまだ善導は抵抗していた。かなり力は強いらしい。だが・・・、じわじわと・・・、じわじわと・・・。
がたっ!!がたがたがたっ!!
善導「逃げん!!誓って逃げん!!だから・・・、やめ・・・んと、奴が、奴が・・・逃げ・・・。」
そして開かれる扉。
開かれた瞬間にいく筋もの風が舞う!!
部屋の中から白い薄気味悪い、もやのような白い塊が噴出し、善導の部屋の内部では、まるで雷でも落ちたような光がそこかしこに舞い、伝い、うねり、のたうちまわる。
番頭「うっ、うわぁああ!!」
地獄の門を開けてしまったような光景に悲鳴を上げるが、どうやら腰が抜けたらしい。逃げようと足と腕をばたつかせながらも、その場にへたり込む番頭。喜平はただただ、現実感のないその映像に呆けている。
すると、3人の目の前で抜け出した白い霊魂のようなものが「ぼとっ」と音を立て地に落ち、段々と黒ずんでいく。そして黒い瘴気のような物になると「にゅーっ」と生えるように人の形になっていく。
喜平「わ・・・、わわわ。」
まるでカビが生えるように形を変えていく黒。つるつると黒光りした液体から生えていく四肢は、気持ち悪いこと形容がない。そして、黒い液体から漏れ出る、悶え声は地獄から響くようだった。
「うぁ・・・あああ。」
善導「馬鹿もんどもが!!逃げてしもうたわい!!」
番頭「ナンマンダナンマンダ~!!」
結局3人がなす術なく見つめていると、黒い液体が苦しみの終わりを迎えた。
喜平「おさと・・・。おさとさん!!大丈夫か!!」
おさと「はあはぁ。ふぅ、ありがとう喜平さん。やっと助かったわ。」
そう言うとおさとは喜平の腕を強く握る。
善導「喜平!!離れろ!!こうなったら、ここでわしが浄化してくれる!!」
おさと「あら、ひどいわねえ。あなたの言うとおりしたっていうのに・・・。」
善導「・・・?何のことだ?」
おさと「あなたの言うことを聞けば、天国に連れて行ってくれるって。だから私はあなたを助けていたのに・・・。」
善導「貴様!!何のことを言うておるか知らんが、たぶらかそうとしても無駄である!!はぁ・・・。」
そう言うと善導は4つの方角にそれぞれ印をきる!!その瞬間おさとに異変が起こった。
おさと「きゃああ!!わた・・・しは、もう嫌よ・・・、善導。」
まるで何かにきつく縛られているように、おさとは肩を落とし苦しみ始める。しかし、苦しそうにしながらも善導をにらみ喜平の腕をぎゅっと握る。
善導「ええい!!黙れ黙れ!!」
喜平「止めろ!!善導!!」
善導「喜平!!目を覚ませ!!貴様も見たろう!!そやつの本当の姿を!!あの禍々しい黒き魂が奴の本当の姿!!貴様は騙されておるのだ!!」
おさと「ちが・・・うわ。あなたは私で美人局をしているのよ!!でも、もう私を解放して!!善導!!」
善導「うるさいうるさい!!人を惑わせる悪鬼め!!」
喜平「やめねえか!!」
喜平は抱きつかれて身動きが取れないながらも、足元の木を広い、善導に投げつける!!
善導「くっ貴様!!邪魔をするでない!!」
その木を叩き落とした善導は喜平をにらみつける!!
おさと「・・・はぁはぁはぁ。部屋の中にかんざしが・・・。」
呪縛から解けたおさとは苦しげに呟く。
喜平「なにっ?なんだって?」
おさと「あの男の部屋に、盗んだかんざしがあるわ!!」
喜平「ばっ番頭さん!!部屋にっ!!かんざしがっ!!」
腰が抜けている番頭はまるで泳ぐように腕をばたつかせ、どったどったと音を立て部屋に入っていく。
番頭「あっ!!ありました!!きれいな鼈甲のかんざしが!!」
善導「なぬっ!?どっどういう・・・。はっ、そうか!!貴様か!!悪鬼!!」
善導はおさとを睨む!!
喜平「へへへっ、どうやら尻尾を出したようだな!!おさとが悪いんじゃない!!善導!!アンタが盗人だな!!」
形勢が逆転した喜平は舌なめずりをしながら勝利を確信した。
喜平と善導がぴりぴりと睨みあう。体格はどう見ても善導が上だが・・・。
喜平「番頭さん!!今の内に番屋に!!おいらに善導は任せろ!!」
番頭「へっへぇえええ!!」
番頭はカスれた悲鳴のような相槌を打ち、玄関に泳いでいく。
おさと「喜平さん・・・。」
喜平「へへっ、安心しろ、おさと。」
まるで大木のような、弁慶のような善導に立ち向かう2人。
ぎゅっと細い肉身の薄い、冷たい指に、喜平のごつい、男らしい指でぬくもりを伝えた、。
番頭と岡っ引きが帰ったとき、そこには誰も居なかった。
まるで強盗に荒らされたような室内が残り、幾つかの紙が庭に落ちているだけだった。
おさと「き~へいさん。」
喜平「おっ。冷てえじゃねえかおさと。へへっ。」
ここは・・・、どこだろうか?どこかの山の、人通りの少ない道といったところだろう。2人は眼科に林を見下ろしながら足を投げ出し、休んでいる。
おさと「ごめんねぇ、喜平さん。」
喜平「うん?」
聞かずとも分かるその謝辞を、喜平は気づかないふりをしてはぐらかす。
おさと「私のためにこんな逃げるようなことになっちゃって・・・。」
喜平「うん?ふふふ。構わねぇよお。俺はおさととずっと居れればそれで良い。逆に約束してくれよ!!ずっと、一生俺と居るって!!」
おさと「もちろんよぉ!!ずっと、ずっと居るわ。」
喜平「うん。」
満足したように喜平はおさとの手を握った。
おさと「一生。ずっとずっと死ぬまで・・・ね。」
おわり