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alexandrite  作者: なち
--第二章--
98/129

11 旅路 2



 切り立った白い影が近付いていくのに比例して、ハッティヌバの風景は廃れていった。

 以前、ルークさんに会いに行ったジェルダイン領はどんどんと田舎になっていく印象があったが、ハッティヌバのそれは、とうに人の去った、捨てられた家屋の集まりであるようだった。

 三日目の宿は、そうして滅びた村の、屋根があるだけ幸い、というような木造の建物を、先に向かった兵士がそれとなく整えただけの場所だった。

 四日目は、ハッティヌバの一つ目の関所である、砦。

 五日目は、四つ目の砦だった。

 谷間にあるこの砦は、ハッティヌバの将軍と一千人もの兵士が常に駐屯し、ダガートの動向を探る役目を担っているそうだった。

 完全なる冬季がやってくれば、この先の砦は雪に埋もれて使い物にならない。そうすると更に倍近くの兵士が駐留する為、規模もでかい。

 石で作られた城砦は堅固で、高い城壁の上には砲台まで見てとれた。

 用意された部屋から臨む中庭では、訓練中の兵士の群が動き回っていた。

 この城砦から先も、一応ハッティヌバの領域、という事になる。しかし雪土の侵攻によって、十数年の内には放棄される事になるだろう、という話だ。

 目的地のルカナートには、あと一週間程もかかるらしい。次の砦を通過して山を越え、最後の関所からダガートの関所までの平野部を半日横断して、そこからは最低限の人数構成で乗り込む。関所でルカナートから派遣される兵士、それから他の招待客と合流してから旅程は三日の予定だ。

 この城砦も明朝経つ、という事で早めに食事をを摂り、久し振りにお風呂に入れる事になった。公衆浴場である大きな浴室を独り占めして長い事楽しんだ俺は、宛がわれた自室で寛いでいる最中。

 グランディアから連れて来た侍女に、濡れた頭を乾かしてもらっていた。

 侍女と言っても“彼女”の正体は、14歳の少年だ。

 背格好や顔立ちが俺と似ているから、という理由で、生家のある土地から連れ出され、女装を強いられている。

 まあそれは俺の主観で、彼からしてみれば高い給金で雇われている、というだけの事。病気の母親や小さい弟妹を抱えて困窮する家庭を救える仕事、という事で、本名ヤコブは大変喜んでいる。

 今のようにヤコブは女装しての侍女の役目が大方だが、俺の身代わりとしてブラッドを勤めたり王妃を務めたり、という厄介な仕事もあるのだ。

 俺が頼んだ事ではないけれど、申し訳ない気持ちも湧いてくる。

 タオルで水分を丁寧に拭き取った後は、潤い成分配合の馬油を毛先に重点に塗り込め始めた。

「適当でいいよ、ルーシー」

 侍女名を呼んで、面倒だろうからと付け足すと、ヤコブは朗らかに笑う。

「何を仰います、ミュ・ゼラ。こんなに美しい御髪に触れられるのに、面倒だなんて思いません」

 変声期前の少年の声は、俺の地声より幾分高い位だ。

「それより、お寒くはありませんか?」

「ん、大丈夫」

「本当に?」

「うん。慣れた」

 というより以前に、身体に毛布を巻きつけているのだ。寒い所か風呂上りの身体には少し暑い程だった。

 片腕を出して、馬油を塗り終わった部分を触ってみると、指通りが何時もより滑らかだ。カーテン越しの西日に染まり、光沢も放っている。

「……長くなったなぁ……」

 手持ち無沙汰に指に巻きつけた髪の毛を、離して巻く、を繰り返す。

「何がです?」

「髪の毛。日本にいた時は、こんなに長くした事なかったから」

 全体的に肩甲骨にかかる長さは、俺にとって初めてだった。剣道をするのに邪魔だったし、長い髪なんて女の象徴みたいで嫌だったのだ。まあ中には、長髪にする同級生の男子も一人二人居たが。

「ニホン、ミュ・ゼラがお暮らしになっていた国ですね」

「うん。その頃はヤコブと同じ位の髪の長さだったんだよ」

 ヤコブは侍女の時は茶色くて長い鬘を被っているが、その下はショートカットだ。引き合わされた時に見たきりだったが、その姿は俺の小さい頃、というより、弟に酷似していた。

「そうなんですか? こんなにお綺麗な髪、長くなければ勿体無いです」

 勿論短いのもお似合いでしょうけど、と臆面もなく言うヤコブは、とても14歳とは思えない。

「……そういうの、お国柄なの?」

「? 何がでしょう」

「そういう台詞。綺麗だとかお似合いだとか、言うの、恥ずかしく無い?」

「どうしてですか?」

「どうしてって……」

 振り返った先で、ヤコブはきょとんと目を瞬かせた。

「綺麗なものは綺麗ですよ。ミュ・ゼラのこの御髪も、瞳の色も、お声も、」

「わー!! わーわー!!」

 透き通った少年の目が、大きく見開かれる。

「……ミュ・ゼラ?」

「恥ずかしい!!」

 歯痒くて思わず立ち上がると、ヤコブは「あ」と小さく声を零した。

 今まさに塗りこめようとして掬い取ったのだろう馬油の塊が、その指先から滴り落ちる。

「ご、ごめん」

 慌てて謝るけれど、ヤコブは笑顔のまま首を振る。

「こちらこそ、失礼しました。でも、ミュ・ゼラ……」

 布巾で手と一緒に椅子に落ちた馬油を拭きながら、ヤコブの声が潜まる。

「国王陛下も、お褒めになるでしょう?」

 躊躇うような、恥らうような、上目遣いに、今度首を傾げるのは俺だった。

「え、何?」

「……ですから、陛下も、ミュ・ゼラの御髪などをお称えになりますでしょう? そういう時も恥ずかしいのですか?」

「……陛下にそんな事言われないし」

 一瞬考えて、考える余地も無いと思い返す。

 むしろ陛下の顔を思い浮かべてしまって、眉を顰めた。

「でも、その……」

 ヤコブの頬が、ほんのりと赤らむ。

「――お眠りあそばす時、とか……」

 更に声を小さくして俯くヤコブの意味が分からない。

「言うわけないよね」

 今度は迷う必要も無い。第一一緒に眠ったりするわけないのだ、俺と陛下が。この旅の間も、同じ部屋を用意されても、陛下はそこで寝たりしない。っていうか、何処で寝ているのかなんて知らない。陛下は城に居る時と同じ様に、遅くまで起きていて、起きるのまで早いのだ。

「……」

 ヤコブが返す沈黙は、納得がいかないようだった。

「でもそういや、クリフは良く言うかな。この間も髪切りたいって言ったら、勿体無いって叱られた」

「クリストフ様が?」

「うん、一緒に居たライドは切っちまえば、って言ってたけど」

「駄目ですよ!!」

「ん?」

「切ったら、駄目です!」

「あ……うん、それは、うん。面倒だけど、女性は伸ばすものなんでしょ?」

「そうですけど、そうじゃなくって!」

 前のめりになって必死に言うヤコブが可笑しくて笑おうとしたら、口を開いた瞬間それはくしゃみに取って代わった。

「あ、やっぱりお寒いんじゃないですか!」

「んん、だいじょ……っくし!」

 慌てたヤコブが椅子を回り込んで、毛布の袷をしっかりと調える。

「風邪を召したら大変です。今日はもうお休みになって下さい!」

「大丈夫だよー」

「なりません!」

 ヤコブはびしっと言って、俺の背中を寝室に向かって押してくる。

「明日も出発がお早うございます! お休みになりませんと!」


 結局ヤコブに押し切られる形でベッドに潜り込んだ俺は、ぬくい布団のおかげですぐにやって来た睡魔に抗う事は出来なかった。






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