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alexandrite  作者: なち
--第一章--
84/129

09 陛下の逆襲 6



 一時間が経過した頃、待ち人ティアが部屋に帰ってきた。

 彼女は俺の姿を見るなり駆け寄って来て、何時も通りに抱擁を求めた後、はしゃいだように俺のドレス姿を褒めそやした。

 彼女に悪気が無いのは重々承知しているけれど、どう考えてもティアが手放しで褒める程、綺麗では無い。

 女なんだからドレスを着て変なわけがないだろ、とげんなりしながら、百人居たら百人が可憐だと評すだろうティアに言われてもな、という卑屈な気持ちも湧いてくる。

 どうしてそんな簡単に受け入れられるのだろう。先日までは男の格好をして、男として振舞っていた俺を当然のようにブラッドとして扱っていたのに。

 鏡に映る自分に、俺は違和感しか感じられなかったのに。

 感極まったように瞳に涙まで盛り上がらせて、ティアは素直に賞賛を口にして。そうされればされる程、居た堪れなくなる。

 だから「移動しましょう」とハンナさんが提案してティアを引き剥がしてくれた時には、思わず安堵の息を吐いてしまった。


 グランディア城やフィデブラジスタの敷地内には居住である城の他に、夜会用の建物がある。もうはるか昔の事にさえ感じられるが、ユージィン少年とラシーク王子を向かえた夜会でも使用された建物へは、馬車で十数分もかかる。近衛の騎兵に護衛された馬車の中、ティアは幸せそうな表情で、ずっとルークさんの話をしていた。

 どうやらティアの婚約は既に正式なものとして貴族達の間に広まっていて、今夜はその婚約者の発表とお披露目も目的らしい。

 それが本当に嬉しいのだろう会話の間に何度も俺に礼を言い、涙を流しそうになってはハンナさんに化粧が崩れると注意されていた。

 ティアがこれから結婚式に臨む花嫁のように見えてしまうのは、何もその格好の為だけでは無いだろう。

 これでベールでも被っていたら間違いなくウェディングドレスだな、と思われる純白のドレスに、頭にティアラを乗せたティアは、きっと今日、誰よりも幸せに違いない。

 そしてその幸せに、少しでも協力できたというのなら、嬉しくなる。

「ツカサにはどうしても、今日を一緒に過ごして頂きたかったの。だって全て、ツカサのおかげですもの」

 そんな風に花も綻ぶような笑顔を見せられてしまえば、今日一日ぐらい、女の格好を我慢しようと思える。

 今日の俺は、家族を不幸にした長瀬司じゃない。

 ティアの友人である、令嬢ツカサ。

 そんな演技をしてみるのも、面白いだろう。

 不思議とそんな境地に至って気が楽になっていくのを感じていたら、馬車が目的地に到着したようだった。


 主賓であるティアの登場は、最後だという。

 既に参加者全員が収容されたホールにティアと共に踏み出した時、俺は当代一の名女優にでもなった気分で、演技をしていた。

 盛大な拍手に見舞われた中、堂々と歩いていくティアの数歩後ろを、ハンナさんと並んで俯き加減に進んでいく。普段の俺であれば苛立つ程のゆっくりとした歩調で、細かく歩幅を刻みながら、好ましいと言われたブラッドの微笑を浮かべて一歩、一歩。

 ティアのドレスの腰辺りに視線を固定し、前の動きが止れば、一緒に歩みを止める。

 拍手が止んだ瞬間、ティアが優雅に腰を落とせば、ハンナさんも俺もそれに続き、ドレスを摘んで腰を沈める。

 ああ、このタイミング。完璧すぎて笑える。

 今日の俺に、死角は無い。緊張さえ、していない。

「国王陛下」

 礼の姿勢を取ったまま、ティアの清廉とした声を聞く。顔を上げなくても、ティアがリカルド二世陛下と対峙している事が分かる程、陛下の放つ気配は凄まじい。

 それ程声を張っているようでもないのに、リカルド二世陛下の声はホールに響き渡った。

「我が親愛なる妹、ティシア・アラクシス=グランディア」

 相変らず平淡で、感情の起伏の無い声。

「グランディアの至宝よ。そなたは今宵、誰よりも美しい」

 どの面下げて賛辞を口にしているのか気になるけれど、きっと神がかった美貌は何時も通りの無表情なのだろう。

「今宵は誰もがそなたにひれ伏す。余も例外なく、そなたに傅こうぞ」

 一拍の間を置いてティアが身体を起したが、俺とハンナさんは姿勢を保ったまま。続くティアの口上を聞く。

「親愛なる兄上、グランディア無二の国王陛下」

 ティアの愛らしい声は、軽やかに響く。

「陛下の限りない愛情に包まれて、わたくしは今日この日を迎える事が出来ました。心から感謝申し上げます」

 そして、と。

「陛下の御為、グランディア王国の更なる栄えに、わたくしも一人の臣下としてお仕え致します。どうかこれからのわたくしに、ご期待下さいませ」

「そなたは今でも、余の誇りだ」

 微かにリカルド二世陛下の空気が和らいだと思ったら、かつとヒールが床を叩く音が聞こえ、ティアがリカルド二世に抱きついたのが分かった。

「そなたの為の宴だ、存分に楽しめ」

「ありがとうございます、お兄様」

 それを皮切りに、歓声と拍手が巻き起こる。

 ゆっくりと顔を上げれば、ティアの涙を指先で拭うリカルド二世陛下が視界に映った。

 予想通りの無表情さえ何だか笑いを誘われて、そんな自分が可笑しくて更に笑えて。そんな気配に気づいたのか陛下がこちらに目線を寄越したので、目礼して優雅に会釈してみせた。

 こちらの正体を知りもしない陛下に、完璧な令嬢として。

 

 今日の夜会は楽しめそうだ、と、何だかそんな予感がした。


 部屋の壁にはカーテンで仕切られた簡易な個室が作られていて、俺とハンナさんはそちらの一つに向かうティアの後を黙ってついて行った。

 隣には三段ほどの階段を上がった所にリカルド二世陛下の玉座があって、反対側には同じ様にカーテンで仕切られた個室が並んでいる。そちらの一つにはバアル王国のラシーク王子と王太子がいると聞いた。

 ひっきりなしに挨拶を受けている陛下の傍には、露出を控えたファティマ姫の姿もある。露出を控えたといってもバアル王国の式典衣装だという明るいドレスは、体のラインを隠すようなものではないようだが。

 ティアの元にもバアル王国の三兄弟は一度挨拶に来たが、話をするのは王太子殿下で、頭を下げたままのラシーク王子とは目も合わなかった。

 ラシーク王子とは温室でプロポーズもどきをされてから一度も会っていなかったが、今はブラッドでは無いので声をかけるのも憚られる。最もブラッドとしてこの場に居ても、ラシーク王子に話し掛けられる立場にはないけど。話が出来ないのが残念なような、安心しているような、そんな複雑な気分の内に三人は自分たちの席へと帰っていった。

 それからもティアの元には色んな方が挨拶に来たが、俺とハンナさんは背景の一部に徹していた。

 一通り挨拶が終わった頃には、場内は砕けた空気で、そこかしこで歓談が行われているようだった。

 軽く息を吐き出したティアが振り返って、微笑む。

「ツカサは疲れてはいない?」

 背景に徹してはいなくても挨拶はされるのでその度に会釈をしていたが、段々と令嬢の演技が楽しくなっていた俺は、自分の態度に点数をつけて遊んでもいたので、ティアの心配は無用のものだった。

「お気遣い感謝致します、ティシア様」

 ティアに対しても澄ました顔で答えると、彼女はくすくすと笑った。

「まあ、随分楽しそうだわ?」

「ティシア様以上に楽しんでいるかもしれませんね――思いのほか」

 手にしているのは足の細くて長いシャンパングラス。中身はピンク色の甘いお酒だ。これは程よく酸味があって、今まで飲んだ中で間違いなく一番美味しいお酒だった。アルコール臭もほとんどしなくて、日本ではカクテルとかがこんな感じなんじゃないかと思う。こういうお酒があるのなら、もっと早くに出して欲しかった。

 令嬢の演技をしていると何となく小指が立ってしまうもので、その小指の曲がった角度といい、グラスを持つ指が妄想通りに優雅に見えて、そういう事すら楽しんでしまっている。

 ティアを挟んだ席のハンナさんも交ざって三人で微笑み合う。

「先程いらした伯爵、何時だったか一緒にお茶会をしましたでしょう?」

「ええ――ブラッドとして、ね?」

 カーテンで仕切っただけでも、カーテンの質なのか分厚いそれに遮られて、隣からの声など漏れ出ては来ない。それでもブラッドの名を口にする時は、細心の注意を払って声を潜める。

「全く気付いていらっしゃらないようでしたね」

 ハンナさんも面白そうに唇を歪め、扇を開いた。口元を隠すようにして首を傾げる彼女に、俺もティアも顔を寄せる。

「それ所か今にも求婚しそうな勢いでいらしましたわ」

「そうだったわね」

「早く紹介してくれないか、とそわそわして――浅ましいにも程があります」

「ハンナは手厳しいわ」

「ドレスと化粧の効果はすごいね。俺が女に見えちゃうんだから」

 素直な感想は、どうしても素の俺が出てしまうけれど、二人は別段それを咎めない。

 もしかしたら、上機嫌なハンナさんは酔っているのかもしれない。

「それは否定致しません。私も、時々忘れてしまいそうですから。こうしていると、出逢った頃のあなたが何故男性に見えたのか――不思議で仕方ありません」

「でも、何時ものツカサも、ブラッドとしてのツカサも、今のツカサも、素敵な事にかわりはないわ」

 会話の終わりにオチをつけてくれるのは、ティアだ。そうして話題は次々に変っていく。

「ところで、ティシア様のご婚約者は、まだ……? 何時、お披露目されるんですか?」

「もうしばらだくと思いますわ」

「あの方が私に気付くかも、楽しみで仕方が無いのですけど」

「あら、では賭けをする?」

 ルークさんは俺の性別を知っている人だけれど、どうだろう。そんな俺に乗るようにして、ティアが提案を持ちかけてくる。

 くすくす、と、少女のように微笑みながら。

「王女殿下が賭けをなさるなんて」

 そう咎めながらも、ハンナさんも楽しそう。

 何だか普段の堅苦しい雰囲気は無く、俺達は本当に友人同士みたいな、そんなやり取りを続ける。

「では、どちらに賭けますか――?」

「わたくしは、勿論」

 顔を見合わせて、揃って口にしたのは、

「気付かれる方に」

 そうしてまた、俺達は笑い合うのだった。






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