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alexandrite  作者: なち
--第一章--
60/129

07 来たりし者 11



 夜空に燦然と星々が瞬く中、グランディア城での夜会が始まった。

 国王陛下を筆頭に多くの近衛兵を引き連れて、俺は末尾から大広間に入場した。楽団の心地良い演奏を聴きながら、深く頭を垂れた多くの貴族の中、一行は毅然とした足取りでレッドカーペットの上を歩いていく。向かう先は半円のホールの奥。一際豪奢な玉座の脇に一回り小さな椅子が左右に一つずつ。ホールの形に添うように更にこじんまりとした椅子が並んでいた。

 国王陛下は王冠を頭に戴き、白を基調とした正装姿。表情は何時も通りの無機質さだが、隣を歩くラシーク王子と交わす視線には、どこか暖かみがあった。

 玉座に陛下がかけ、その右にラシーク王子、左にティアが座ると、それぞれが用意された席へ移動する。ティアの背後には何時も通りハンナさんが侍る。陛下の背後には騎士の衣装を纏ったライドとウィリアムさん、ラシーク王子の横にはゲオルグ殿下とユージィン少年が座る。ティアの横には、神官姿でなく王族の正装を身に着けたジャスティンさん、俺、シリウスさんが、腰掛けた。これがホールの最上段で、一段下には有力貴族の方々の席、というのが設えられている。

 少し高い位置から広間を見下ろす。

 美しく着飾った貴婦人の衣装は目に鮮やかだが、男性陣は黒や紺を基調としてあまりぱっとしない。社交の場の主役は、もっぱら女性なのだろう。

 ティアもハンナさんも煌びやかな装飾はあまり好まないらしいが、それでもティアは愛らしさの象徴のようにレースをふんだんに使った薄紫のドレスがとても似合っていたし、ハンナさんは身体のラインを際立たせるような形の、深い藍色のドレスが似合っていた。二人ともけして華美では無いが、それがよりいっそう元来の魅力を際立たせているように思う。

 彼女ら二人を見た時の、男性陣の恥ずかしくなるような賛辞は俺にはけして口には出せないものの、見蕩れるには充分な二人だった。

 あと衣装で目を引くのは、何といってもラシーク王子だ。

 ラシーク王子はバアル王国の誰もがそうするように両腕を隠し切る長袖の上着を、素肌の上に羽織っている。丈が短いボレロのようなそれは、胸元や腹の辺りは肌が露出していて、露出したいのか隠したいのかはっきりしろ、と突っ込みたくなるような衣装ではあったが、とてつもなく似合ってはいた。

 兎に角、派手だった。宝石を埋め込んだ黄金色のボレロに、下は柔らかそうな絹の、アラジンやなんかを髣髴とさせるズボン、反り返った黄金の靴。胸元は金銀宝石をあしらった豪華なネックレスで飾り、編みこんだ黒髪には金糸で飾り立てられたターバンのようなものを巻いているのだ。

 ちょっと風変わりな、一人アラビアンナイトなラシーク王子は、一人だけ完全に浮いているようでいて、どこまでも周りと馴染んでいる。

 必死で平静を取り繕いながら、心中では興奮状態の俺の耳に、ラッパのようなプァーという音色が聞こえてきた。広間に入る前にも聞いた、合図だ。

 一度閉じた広間の扉が再度開き、また別の一段がぞろぞろと行進してくる。しかし途中で先頭の三人を残して残りは足を止めた。

 どこからか、朗々と声が響く。

「ミハイル・モノス=アラクシス殿下、アイシャ夫人、ウェンディ嬢――」

 先頭の三人がしずしずと国王陛下以下ホールの下へ進み出て、それぞれ優雅に礼をする。

 王家アラクシスの系譜には、本家アラクシスの下にモノス、アイリス、オーランという三家が続く。アラクシス性を名乗る事を許された分家であり、すなわち王族だ。

 当主のミハイルは蓄えた髭の下で国王陛下とラシーク王子に挨拶を述べ、用意された席に夫人と妙齢の娘を連れて移動する。

 続いてはアイリス=アラクシス一家が同じ事をする。オーラン=アラクシスの一家は今宵は間に合わず、三日ある内の他の夜会に参加するのだ、という話は事前にハンナさんに教えられた。

 その後は有力貴族が同じ様に挨拶を述べ、座席へ移動。

 そんな事を繰り返してやっとで夜会が始まるのだ。

 挨拶を交わした以外にも既に参列している貴族達は、個別に陛下やラシーク王子に拝謁する機会は与えられない。彼らはただ夜会への参加を許されただけ、それぞれ下座で己の社交に精を出すのが関の山。

 最後の挨拶を待って、人々の間を縫うように給仕がグラスを手渡していく。俺の手にも葡萄酒の注がれた足の細いグラスが届く。

 陛下がゆるり、と腕を上げれば、演奏は瞬時に止った。

「今宵は、我らが友なるバアル王国の王子ラシーク・アル・シャイハンと、我が従兄弟ユージィンの帰郷を祝う宴だ。皆充分に楽しむが良い」

 陛下の手の中で、葡萄色の酒が漣を立てる。

 どれが合図なのか、階下では寸分違わぬ呼吸で声が揃う。

「永久なる友交を!」「祝福を!!」

 再び室内に音楽が奏で始められれば、それがもう宴の始まりだった。

 

 もう何にどう驚嘆していいのかも分からないけれど、隣席でにこりと微笑むシリウスさんにつられるようにして、俺は口をつけた葡萄酒を嚥下した。

 日本で酒を飲む機会なんてなかったので、自分が酒に強いのかどうかは良く分からないが、ゲオルグ殿下に何度か付き合った結果、弱いわけでは無いがどうやら酒が好きではない、という結論を出した俺には、葡萄酒はただ酸っぱいだけの飲み物だった。

 とてもライドのように一気飲みしてもう一杯を求める気にはならない。

 屋台が似合いそうな雰囲気で酒を飲み干している護衛を、もう一人の護衛であるウィリアムさんは横目で睨んでいるが、咎めるような人は一人も居ない。

 ――不思議。

 それ所かラシーク王子にも酒を飲むように勧めている様は、酔っ払いの絡み酒にしか見えないんだけども。

 ラシーク王子はライドに勧められるまま、優雅な所作でグラスを煽る。

 一国の王子――既に国王陛下に対しても臣下の振る舞いではないにしても――相手に怯みもしないライド同様に、ラシーク王子もそんなライドの態度を些かも気にしていない。

 朗らかな表情でライドと言葉を交わして、笑っている。

 というか、その場に居る全員が、ライド程豪快では無いものの既にグラスを空にする勢いだ。

 俺は一人戦線離脱し、給仕が運んできたソフトドリンクにシフトする。

「やはりお口に合いませんでしたか」

 ジャスティンさんが気遣わしげに、二杯目の葡萄酒を手に取りながら言ってくるのに、曖昧に頷く。

「申し訳ありません」

「お謝りになる必要などございません。キルクスではお酒は嗜まれなかったのでしょう?」

 ジャスティンさんは少しだけ大袈裟に、声を張る。

「はい。スザンナ様もお飲みになりませんし、こちらに参るまで機会も無く……このような夜会も、私は知識としてでしか知りませんでしたから。お恥ずかしい限りです」

 夜会が始まる前に示し合わせていた会話だから、俺の口からも流麗に言葉が紡がれる。

 恐らく誰かしらが聞き耳を立てているだろうから、ここぞとばかりにダ・ブラッドを披露してやれ、とゲオルグ殿下は言っていた。

「ああ、どうかそのように畏まらないで下さい。私はただブラッド殿に夜会を楽しんで頂ければ、と」

「それはもう充分に」

 俺とジャスティンさんは目を合わせて緩やかに微笑み合う。

「ただ、驚いているのです。夜会というのはこんなにも多くの方がいらっしゃるものなのですね。それに華やかで――あまりにキルクスでの生活と異なりすぎて、どうにも気後れしてしまう」

「ブラッド様、ようは慣れですよ」

 横合いから、今度はシリウスさんが言葉を挟む。これも計画の内。

 陛下やラシーク王子側の会話には、口を挟まない。あちらはあちらで楽しくやっている模様。

 俺は適当にシリウスさん達と話しながら、ダンスの何曲目かでエントウレを披露し、夜会を辞す事になっている。

 広間では立食パーティのようにして食事をしたり、壁際で話し込んだりしている。中央では曲に合わせてちらほらダンスしている男女も見える。

 皆器用に踊っているけど、俺だったら近くの人にぶつかっていそうだ。踊る相手がティアだから、周りが気を遣ってくれるだろうという話だけど。

 時間が経つにつれ不安が膨らみ、俺は相当陰鬱な表情をしてしまっていたのだろう。シリウスさんとジャスティンさんに応える会話も相槌を打つくらいになり、何度もため息をつきそうになっては寸前で堪える。

「……お疲れになりましたか?」

 ジャスティンさんに顔を覗き込まれるようにして聞かれ、俺は何と答える事も出来ずに曖昧に微笑んだだけ。

 でも、それは“合図”であったようだ。

 視線を感じて顔を上げれば、国王陛下がこちらを見ていた。視線をこちらにくれたまま、傍らのティアに声を掛ける。

「ティシア、次のエントウレで踊ってきたらどうだ」

「わたくしが、ですか?」

「王族の務めの一つであろう。余の代わりに踊って来い」

「お兄様こそ、たまにはいかが?」

 軽やかに笑いながら、ティアが腰を浮かせる。そのタイミングで、シリウスさんに脇腹を小突かれた。

「余は妃としか踊らぬと決めている」

「まあ、言い訳がお上手ですこと」

 声を掛けるタイミングを窺いながら、陛下とティアの会話を聞く。どう言い訳が巧いのか、俺には分からないけど――等と思っていたら、視界の端で派手な色が動いた。

「ティシア王女、貴女と踊る誉れを、ぜひ私に」

 え、と思う前に、優雅に膝をついたラシーク王子が、ティアの眼前に手を差し伸べている。


 ――この展開は、予想してなかった。






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