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alexandrite  作者: なち
--第一章--
45/129

06 愚者の挽回 3



 自分の意志でそうしたわけでは無かった。身体は蝋で固められたかのように強張り、指先一つ満足に動かせない状態だった。あまりの恐怖に立てた膝に縋りつくようにしてようやく身体を支えていたのに、抗えない力に顔は前を向いた。

 その瞬間、彫刻のような無表情が目に入る。

 どんなに己を鼓舞しようとしても、感情の無い視線に、俺の目線は逸れていく。陛下の胸元辺りを凝視する事しか出来ない。

 瞬きも出来ずそうしていると、陛下が短く嘲笑した。

「貴様はどこまでも愚かで、幼い」

 言って、玉座から立ち上がる陛下。目線は上げられず、だからこそ抜刀する陛下の手が見えた。

 嘘だろ、とか、マジかよ、とか。そんな事を考える余裕もなく、気付けば眼前に迫った陛下に、剣の切っ先を突きつけられていた。

 燃える蝋燭の火を映して、剣は俺の顎の下に潜る。平らな面で俺の顎を持ち上げるようにして、無理矢理に視線を合わせられた。

 先っぽが喉に食い込んで、鋭い痛みが走る。

「エディアルドっ」「エド!」「陛下!!」

 ゲオルグ殿下、ライド、シリウスさんが同時に叫ぶ切迫した声。けれど、その姿は陛下の身体に遮られて見えない。

 今度は恐ろしさのあまり、陛下の冴え冴えとした瞳から目を逸らす事が出来なくなった。

 息を飲み込もうとすると、喉に突きつけられた切っ先に触れる。

 鋭い剣先が肌を裂いたのは一度きり。その辺りがじんじんと傷む。

「貴様は余の神経を逆撫でするのが、よくよく得意と見える」

 背後の声を無視した陛下の視線は、俺から離れない。次第に色を失っていくようにも、熱を帯びていくようにも見える不思議な瞳が、瞬く仕草すら、作り物のよう。

 そんな事を呑気に観察している場合ではないと分かっているのだけど。

「エディアルド。ツカサは、余の息子も同然ぞっ」

 かつてない程低く言葉を紡ぎながら陛下に並んだのだろう、ゲオルグ殿下の気配がする。

 陛下の瞳がちらりと横に滑った。

「叔父上。貴方は随分この愚か者がお気に入りのようだが――貴方が仰ったのだ」

 かちゃり。意識の外で、何かが指に触れる感触がする。

「ツカサは我が国の民でも、余の臣下でも、まだ無いと。よって余に従う義理は、無いのだと」

「確かに言った」

「ならば余も、グランディアの法に従う意味は無い。路傍の石をどんな理由で蹴り飛ばそうと、余の自由だろう?」

 ――何か、ちょっと腹が立ってきた。

 険悪なゲオルグ殿下と国王陛下の会話を聞きながら、恐れ以外の感情が漏れ出てくるのを、俺は確かに感じた。

 何時までも人に剣を突きつけておきながら、今はこちらを無視とくる。その上、何時も通りの勝手振り。愚か者とか、路傍の石とか、幼いとか、何たる言い草。

 しかもあんたの神経なんてどうでもいいし。それを言うなら、あんたも俺の神経を逆撫でしまくりだ!!

 恐怖心が頂点を突き抜けたら、脳が忙しなく活動を始めた。

 何より、呆気なく決意を崩壊させた自分自身が、腹立たしい!

 そういう結論に至った時、俺の身体は強張りを解いていた。

 

 多分、その時誰より驚いていたのは、俺自身だった。

 金属音が響いたと思うと、俺の首に添えられていた陛下の剣は、あっさりと言っていい程簡単に離れ、派手な音を鳴らして地を這った。くるくると回転したそれが壁に激突して止まるまでを眺めた後、自分が握り締めた長柄を見下ろす。

 目を見開いたゲオルグ殿下、中途半端に腰を浮かせたルークさんに、駆け寄ってきたライドの姿。ウィリアムさんは壁際の剣を拾いに走った。

 俺が、陛下の剣を払いのけたのだ、とやっと理解する。

 呆然と陛下を見上げると、陛下はただ一人、静かに佇んでいた。何時も通り驚きも怒りも無い、無機質な顔。

 けれど少しだけ眉根を上げてから、繋いだ視線を解くように瞬いた。

 ウィリアムさんが拾ってきた剣を己の手に取り戻して、何事もなかったように踵を返そうとする――それを、全員が全員、意味が分からないと見つめる。

「あの、陛下……?」

 鞘に収まっていく銀色の刀身。

 戸惑うウィリアムさんの掛け声。

 玉座に戻りいく陛下が、少しだけ振り向いた。

「追い詰められなければ力を発揮できぬ臣下など、余は願い下げだ」

 その声は、心なしか穏やかに聞こえた。

「余を謀ったのだ。それなりの成果は期待出来るのだろうな?」

 再び玉座に腰を据えた陛下の瞳は、呆気に取られた俺達を通り過ぎ、最後尾に向かった。

「余の許しなくルーク・クラウディを登城させた理由、聞かせてもらうぞ」

 そういう事か、と呟いたゲオルグ殿下の言葉は俺には理解出来ない。

 ――出来ないけれど。

「それは勿論。過ぎる程の朗報だ」

 ライドに肩を叩かれて、剣をしまうように促された俺は、首を捻りながらものろのろとした動作で剣を鞘に収める。途中で一度つっかえた刀身は、俺の腰に重みとなって戻る。

 一体何がどうなったのだ、という気持ちを込めてライドを見上げれば、肩を竦めて曖昧に笑うライドの顔。唇は俺の問いには答えず、「久しぶりだな」と紡いだ。

 久しぶりに見る獅子の鬣のような、鮮やかに燃える赤髪。懐かしさに頬が緩む。

 国王陛下の行動全て理解に苦しむが、彼の意識はもう俺には無い。

 つまり、そういう事なのだ。

 良く分かっていないながらも、納得してみせる。

 だって全員が何事も無かったように話を進めていくのだ。今更「何」と聞ける雰囲気ではなかった。

 俺の無断外出の件は、お咎めナシとかそういう事なのだ、と思う。

「余はルークの屋敷で、ウージ=ナムンの族長と会うた。ウージの掟が変り、彼らはグランディアとの国交を復活させる用意があると言う」

「ほう?」

「ヴェジラ山道が開くだけでも、グランディアにとっては有難い話だ。全ては交渉次第であろうが、ウージ=ナムンが交渉を謳うのであれば嘘偽りなく、ウージの総意と見て良いだろう」

「ナムン族が力を失っていないのであれば、そうでしょう」

「鷹の調査力に誤りなければ、ギジム=ナムンは君臨者だ。余の目が曇っていなければ、間違いないと思うがな」

 政治の話は好かん、と傍らでライドがため息を吐く。同意の意味で頷く。

 俺が話したい話はそれじゃないんだけどな。

 会話を繋ぐ陛下と殿下、それからシリウスさんにそんな事を言える筈もなく、黙るしかないのだけれど。

「ギジム=ナムンの要望は、次の通りだ。

 『我らウージの民は、ルーク・クラウディを介すなら、グランディアと交渉する用意がある』

 ――すなわち、我らに直接交渉権は無い」

 ルーク、と呼ばわったゲオルグ殿下が「あれを」と手を差し出すと、ルークさんは頷いてから、胸元から長方形の包みを差し出した。光沢のある布につつまれたそれを、殿下からシリウスさんが受け取る。

 優美な指が布を広げていくのを、見る。中身は分からないが、シリウスさんが僅かに瞳を揺らした。

 両手で大切そうに布を抱えなおしたシリウスさんが動いて、玉座への階段を上っていく。

「陛下」

 小さな呟きと共に陛下の眼前に晒されたそれを、陛下が手にとってやっと。

 それが、ナムン族の友愛の証だという額飾りだと分かった。

 一度ルークさんが見せてくれたそれは、赤と金と黒の三つ編みだった。俺がもらったそれより太く、長かった。頭に巻いたら二巡しそうだな、という感想を持った。

 陛下の目配せが何だったのかはしれないが、頷いたシリウスさんは徐に、その網目を解いていく。

 一体何をしているのだろう。

 皆と同様黙ってそれを見守ってみる。

 遠目には良く分からない。けれど最後の一本、と思われるものが、陛下の手に戻った。

「……成程」

 掌に視線を落として数秒。陛下は平坦な口調で零した。

「よかろう。ルーク・クラウディの帰都を許し、ウージとの交渉の全てを、貴公に任す」

 あまりに簡単に、ルークさんの左遷は無かった事にされた。

「ウージを口説き落とした手腕、期待しよう」

「ありがとう、存じます。精一杯努める所存でございます」

 え、え、と辺りを彷徨う俺の視線は誰ともぶつからない。

 だって今した事と言ったら、ギジムさんの言葉を伝えて、ナムン族の額飾りを確認しただけだ。それであっさりと、完結した。

「――では、明日の議題と致しましょう。こちらの要求は、如何なさいますか?」

「先ずは山道の使用権だな。鉱山は後回しでいい」

「畏まりました。では後程、書類を作ります。ロード・ルーク、ウージからの具体的な要望は?」

「伺っております」

「それではこの後、場所を移して詳しく」

「畏まりました」

「人員の選出は私の方で行っても?」

「ああ。必要な人数を使うといい」

「承知いたしました」

 シリウスさんが次から次へと指示を仰ぎ、それが俺の頭の中をめまぐるしく駆け巡っていた所、

「それで?」

 陛下の視線が、俺に戻ってきた。

「貴様の言い訳を、聞こうか?」






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