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alexandrite  作者: なち
--第一章--
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05 帰城 5



 ギジムさんが全てを語り終わると、ゲオルグ殿下は思案気に顔を伏せる。

 落ちた沈黙はそれ程居心地の悪いものでは無かった。

 ウージの人達と交渉が出来る、という事が、どれ位すごい事かは分からないけれど、彼らのルークさんへの信頼感は推し量る事が出来た。ギジムさんもガジンも、ルークさんを見る目が穏やかだ。

「……それが真なら、これ程喜ばしい事もあるまい。リカルド二世陛下もさぞ喜ばれるだろう」

「時代の流れを、我らとて読み違えたくは無い。グランディア国王は交渉の座につかれるだろうか」

「無論だ。余がしかと伝えよう。詳しい事は陛下の裁可を待ってルーク・クラウディに持たせるが、良いか」

「承知した」

 淡々とした会話の終わりは、ギジムさんが起立する事で迎えた。

 まだ菓子を摘んでいたガジンを促して立たせると、ギジムさんはルークさんに微笑む。

「ルーク殿、お頼み申す」

 ルークさんが強く頷くのを待って、二人は部屋を出る。出様、ガジンが満面の笑顔で手を振ってくれた。

 どうやら、双方お咎めなし。

 それ以上にグランディアにとって優良な方向へ進んでいるみたいだな、と思う。

「感謝するぞ、ルーク」

言うゲオルグ殿下の表情も、にこやかだった。まるで鼻歌でも歌い出しそうな程、眉がやに下がっている。

 対するルークさんは「恐縮です」と頭を下げたが、やはりその表情は晴れやかで、嬉しそうだった。

 そんな二人を眺めていたら、ゲオルグ殿下が思い出したようにこちらに顔を向けた。

「これはツカサにとっても吉報だぞ、喜べ」

「え、何でです?」

 突然話を振られ、ソファの上で背筋を伸ばす。

「ウージとの関係が修復されれば、それはそのままルークの功績になる。それは分かるか?」

 それぐらいは分かる、という意味で、顔をしかめて頷く。まるで小さな子供に噛み砕くような話し方が、若干気に障った。

「エディアルドのルークに対する評価も、随分変るであろう。それこそルークに対する不安など彼方へ消え去るくらいに、な」

 かかと笑ったゲオルグ殿下の顔が、またしてもルークさんに戻る。

「ルーク、貴公のティシアへの愛情、今も変らぬか」

 そこで俺も合点が言った。つまり、交渉が成功すれば、ルークさんを否定する理由がなくなる、という事だ。

 多分それは単純すぎる回答だろうけど、何もないより成功率は上がる。

 ルークさんは強張らせた顔を、ゆるゆると微笑みで隠そうとしている。けれどゲオルグ殿下の次の句が、またしてもルークさんを固まらせた。

「余の前で、嘘は申すなよ。ルーク」

 それは何にも勝る脅しではないでしょうか、殿下。

 ルークさんも逡巡した後、観念したように、口を開く。

「……変らず、お慕いしております――心から」

 やっと聞けたルークさんの本音が、俺もすごく嬉しかった。けれど何故そんなにも苦渋に満ちた顔をしているのだろう、と俺が不思議に思った時、戸惑い気味のルークさんの視線が俺にぶつかった。

 何、と問う前に、

「けれど私は、ツカサ様とのご結婚を祝福しております」

 きっぱりとした口調で言われてしまった。

 ――これは、あれだよね。俺が、ライバルになるか否かなんて話を最初にしたからいけないんだよね。

 立てた作戦が、ただただ裏目に出ている。

「あー……と、」

 何ていっていいのか分からず、俺は押し黙ってしまう。

 けれどゲオルグ殿下は、そんな俺の天の助けだ。

「結論から言うが、ティシアとツカサは結婚なぞせんよ」

「……」

 ご機嫌に紅茶を啜っているゲオルグ殿下は、訝しげなルークさんとスチュワートさんの視線なんてものともしない。

 今まで傍観者に徹していたスチュワートさんが、口を開く。

「殿下、ブラッド様はティシア王女のご婚約者として、オルド家が後見したのではございませんか?」

「そうだとも。ティシアと結婚させる為に、異世界から召喚したのだ」

「では、」

「それが何の因果か、ツカサは女なのだ」

 ――もう、この反応飽きた。

 本人の承諾も無しにあっさりと暴露したゲオルグ殿下の大きなため息もアレだけど、目口を見開いて、信じられないとこちらを見ているスチュワートさんに、ルークさん。穴が開くほど凝視した後、頭の天辺から爪先へと視線が動き、

「ご冗談はよして下さい」

スチュワートさんは冗談だと理解したようだ。不快だ、と言わんばかりに顔を顰め、「ブラッド様にも失礼ではありませんか」なんて言っているけど、貴方の発言が一番失礼だ。

 俺は無言でソファから立ち上がり、今だ固まるルークさんの前まで歩いていった。

「スチュワートさん」

それからスチュワートさんを手招いて、ルークさんと二人並べると、おもむろにその片手を取った。

 にこり、ハンナさんの教育の賜物と賞賛された完璧な笑顔を作ってやる。

 困惑した二人を無視して、取った手を自分の胸に宛がう。ぐっと力を入れて――ちょっとやり過ぎだなと思うくらいに押し付けた。

「ツカサ様!!」

 背後からはクリフの絶叫。

「ちゃんと、あるでしょう?」

 そう言って二人の手を離す。

 手っ取り早いと思ったのに、それでも二人の猜疑は表情から消えない。

「女性がそのような事をしてはなりませんっ!!」

 それ所かクリフの非難満載の叫びに、口元を引き攣らせた。ゲオルグ殿下の言葉を冗談だと信じ、俺の胸を触っても疑惑を持ち、何故かクリフの動揺で、やっと。

「……事実なのですね」

 って、どういう事だ!!

 クリフは確かに嘘など吐きそうにもない真面目な男で、その実直さが全ての行動言動に滲んではいるけれど。

 一気に下降する俺のテンションを、ゲオルグ殿下は無視ときた。

「そういう事情で、ツカサとティシアは結婚せん。なれば、次の候補はハルモニアの王子か、どこぞの貴族か――どちらにしても、その先に幸福があるとは余には思えぬ」

 ソファに戻った俺は、背凭れにふんぞり返る。

 もう、勝手にしてくれと、やさぐれた気分だ。

「エディアルドの選ぶ相手に間違いはあるまい。そう分かっているから、ティシアも義務を果たそうとするだろう。やがて子も出来、良い母親になるやもしれん。それが王族の常と諦めれば形ばかりは巧くやれようが――」

 ゲオルグ殿下が、長い足を組み替える。

「他の男に心を寄せながら、幸せにはなれまい。ティシアはそうと確信しているからこそ、異世界人の恩恵に縋ったが――それでも貴公を想うて、影で泣いておる」

 のう、ルーク。ゲオルグ殿下の慈愛に満ちた言葉が、部屋に放たれる。

「貴公のティシアへの気持ちは、余はもう疑ってはおらん。一度は駆け落ちまで考えた覚悟を、今一度示す勇気はあるか」

 ルークさんに、皆の視線が集中する。

 思いの外静かなルークさんの表情に、俺は少しだけ驚いた。もう心は決まっている、そう言いたげだったから。

 それでも黙ったままのルークさんに、俺は控え目に声をかけた。

「ティアを幸せに出来るのは、ルークさんだけだよ……?」

 懇願するように、手は祈りの形を作る。

 ゆっくりと、ルークさんの顔が室内を巡って、俺に止まった。清々しい笑みの後、ゲオルグ殿下へ。

「私は何時だって、ティシア様の為ならば、命すらかける覚悟でございます」

 淀みも衒いもない声が、きっぱりと言い放った。

 そこに真実の想いが見える。やっと、ルークさんの本音が聞けた。

「確かに聞いたぞ」

 応えるゲオルグ殿下の声音も跳ねていた。

「なればウージの交渉を土産にエディアルドを説得する。王都へ帰るぞ、ルーク!」


 ――こうして、ゲオルグ殿下の来訪が未来を切り開いた。






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