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alexandrite  作者: なち
--第一章--
38/129

05 帰城 3



 最初からあれ?と思う事は多々あった。ましてこの国の歴史であるとか階級であるとかを学んでからは、殊更だった。

 けれど自分に秘密があるくせに、何故人様の素性を詮索出来るだろう。

 例えば階級であれば神官の末席位であるスーカであるジャスティンさんが、スーカ・ジャスティンではなく、エスカ・ジャスティンと呼ばれる事。誰も彼もが、敬意を払っている事。王族であるティアやゲオルグ殿下、宰相であるシリウスさん等、異なる職務、身分の人間とも懇意である事。ティアの部屋で寛いでいる様子。

 ジャスティンさんの本名は、ジャスティン・オルド=アラクシス、という。

 アラクシス――つまり、王族である。しかもそれが、なんと、ゲオルグ殿下の長男。

 国王陛下の幼少期には彼の側近で、アラクシス本家当主の座を継ぐのではなく、オルドの名を与えられ神官となった今でも、国王陛下の従兄弟として遇される。

 彼が王位継承権を放棄しなければ、ティアに次ぐ第二位だった。

 ゲオルグ殿下といい、ジャスティンさんといい、何て無欲な家系なのだろう。

 そんな人の近衛隊長だった人が、身分も、姓すら持たない貧民窟の出身だったというのは、『赤の騎士』などという大袈裟なあだ名がついてもおかしくない事なのだ。

 そしてそんなド偉い人に後見してもらっているのが俺なのだ。

 改めてことの重大さを知った俺は、衝撃的な事実の数々に頭を抱えてしまった。

「それとな、お前に話しておきたい……というより、謝っておく事があってな」

 しかも、そんな俺を驚倒させるような、ゲオルグ殿下の発言。

「お前の不在が、エディアルドに知れた」

 あまりに堂々と告げるものだから、すぐには理解できなかったけれど、脳が意味を悟った時には心臓が止まった。

「――はっ!?」

 倍速になる動悸と一緒に、脂汗が噴き出る。

「それもお前が城を出た当日にも、な。それでもアレが余の所にまで確認しにくるとは思いもしなかった。遠乗りに出たと誤魔化しはしたんだが、毎日お前の登城を急かすので、こうやって迎えに来たのだ」

「ななんなななな、何で!!?」

「それについては第三者の思惑が招いたとしか言えぬ」

 だが、とゲオルグ殿下がため息とともに紡ぐ。

 まだ何かあるのかっ、と俺は恐怖以外の感情を浮かべる余地も無く、

「目論見外れて、エディアルドの奴は相当怒り狂っていてな。お前の首、本当に飛ぶかもしらん」

冷静な宣告に、卒倒した。




『お母さん』

 そう呼んで伸ばした手を振り払われたのは、遠い昔。思い出す母親はそうやって俺を疎んじるか、父親と喧嘩をするかだった。

『あの子は、女の子なのよ!?』

『だから何だ。ツカサはツカサだろう』

『男の子なら、三人もいるじゃない!!』

 当時の俺には、その原因がしっかり分かっていなかった。厳しい父親の鍛錬も、男のナリをする事も、男言葉で話す事も、乱暴な動作も、怪我をこさえる日常も、当然だった。良くやった、と頭を撫でてくれる父親の大きな掌が、何にも変えがたい喜びだった。

 同じ様に母親から賞賛されたいと望む、無垢な子供だった。

 蔑ろにされる兄弟や両親の喧嘩の理由が、自分にあるなどと思った事も無い。

 ただ母親が望むように、女の子の格好をして、人形遊びやピアノのレッスンを好む事は出来なかった。

『どうして言う通りにしてくれないの!!』

 そう泣き叫ぶ母親に対して思ったのは、自分が完璧ではないからいけないのだ、という事だけ。

 その完璧とは、女の子として、ではなく、男の子として、だった。

 もっと逞しくなれば、もっと男らしくなれば、もっと強くなれば――そう思い込んでがむしゃらになればなる程、母親の不興を買っていると気付きもしなかった。

 小学校からの帰り、母親が知らない男の車に乗ろうとするのを呼び止めた。鬱陶しそうに、振り払われた手。心の無い、冷たい睥睨。

『お母さん』

 震えた声に応えたのは、かつてない程平淡で静かな声。

『あんたなんて知らない』

 走り出した車を必死で追いかけたのに、泣き叫んでも、転んでも、母親は振り向いてくれなかった。

 それから、その記憶は忘れられないトラウマになった。


 過ごした時間も違えば、顔も、声も、似た所なんて一つも無い。

 それなのに国王陛下の全てが、母親と重なる。


“―――っ!!”


 思いは何時も声にならず、だから誰にも、届かない。




 倒れていたのは数分だったのか、それとも数十分だったのか。

 騒がしさに目を開ければ、部屋の中にはルークさんの姿があった。ただしルークさんの隣でゲオルグ殿下と睨み合っているのは、浅黒い肌の大男だった。その男の額には誰かを彷彿とさせる紐の装飾、耳には黄金のフープピアス。重たげなでっかい輪。

 ぼうっとした視界でクリフが「大丈夫か」と問い掛けてくるのに頷いて応える。

「それより、」

 入り口付近で睨み合っている彼らを、ソファに座りなおしながら見つめる。

 大男の横には、何故か帰った筈のガジンの姿がある。

「何、これ。どういう事……?」

「それが今しがた、ロード・ルークがお連れになったのです」

 クリフの耳打ちに重なるようにして、ゲオルグ殿下の口が開く。

「ナムンの族長がおいでとは、これはどういう事か」

「ルーク殿に無理を言ったのは、こちらだ。そのような視線を向けないでもらおう」

 まるで火花を散らすかのように、厳しい顔の二人。

 完全に蚊帳の外の俺とクリフ。それを幸いと、クリフが早口で説明をくれる。

「ナムンというのはヴェジラ山脈に住む民族の古い一派です。どうやらあの方は、その族長殿であらせられる様子。農場でゲオルグ殿下が仰いましたが、グランディアでは法律で、ウージの民の間では掟で、双方それぞれ不可侵である関係なのですが……ロードと彼らは顔見知りのよう、ですね」

 困惑顔のクリフにつられるようにして、俺も眉を下げた。

 つまりガジンもアッシャーも、村の子供ではなく、山岳民族の子供だったのか。額の紐も黄金のピアスもナムン族の証、らしい。

「わたしはナムンが族長、ギジム。それで、そちらは何方か」

「余は、ゲオルグ・アラクシス=グランドだ」

「ほう。身分ある方だとは息子の話から知ってはいたが、かような名のある方とは」

 しかも話を聞く限り、ガジンはその族長の息子らしい。

 ばちばちっと、火花の勢いが強くなる。

 二人には見えて居ないのかもしれないけれど、またガジンが蒼くなってしまっている。

 父親に叱られて蒼くなっていた弟を思い出して、居た堪れない気持ちが沸いてきた俺は、

「あのー……」

控え目に、言葉を挟んでいた。

 結構小さめな声だったんだけど、二人とも、ぐりっと顔を向けてきた。

「とりあえず、座って話したらどうですか?」

 お菓子も一杯あるしね、と付け足したら、ギジムと名乗ったガジンの父親が、眉間の皺を深めた。

「息子の話を聞くに、そちらはブラッド殿かと思われるが……何処で、ナムンの言葉を覚えられた?」

「――は?」

 提案に対する答えじゃない、意味の分からない問いかけに首を傾げれば、再度尋ねられる。

「見たところグランディアの人間でもない、異国の者が――何故そこまで流暢に、ナムンの言葉を話す。ルーク殿とて完璧には程遠いというのに、」

「――あの、」

 聞かれている意味が分からなくて視線を巡らせても、クリフとスチュワートさんは呆気に取られて固まっているし、ルークさんは嘆いているのか困っているのか判別つかない表情だし、ゲオルグ殿下に至っては、納得顔なのにフォローの一つもくれない。

 何がおかしいのか、ちっとも分からないけれど。

「ブラッドは、信用できる人だよ、親父!!」

 ガジンの懇願に近い叫びも意味が分からないけれど。

 ……俺は最初から、日本語しか話してないのだが、グランディアの言葉もナムンの言葉も、勝手に日本語に変換されて聞こえているという事だけは、その時やっと理解した。そして俺の話す言葉も、彼らに通じるように勝手に変換されているのだと。

 どうやら今の俺の提案は、ナムンの言葉で紡がれた、らしい。

 これは説明してもいいものなのか、と思案顔をゲオルグ殿下に向ければ、殿下が軽く頷いたので、俺は自分の素性を露にする。

「俺は最初から、自分の国の言葉しか喋ってませんし、自分の国の言葉にしか聞こえてません。それで通じるのは、どうやら俺が異世界人だから、で」

「ブラッドは余の身内になる者、とだけ言っておこう」

 驚愕に塗れた族長親子に届いたか分からないゲオルグ殿下の付け足しを、俺は心中で否定しておいた。






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