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alexandrite  作者: なち
--第一章--
36/129

05 帰城 1



 朝錬を終了して、朝食の場でルークさんと朝の挨拶を交わしてから、俺は何度も、何度も何度も、本懐を遂げようと努力した。

 けれど呼びかける度にルークさんが晴れやかな笑顔を見せてくれるので、何だか口を噤んでしまう。

 そんな俺の背後では、クリフが隠しもしない大きなため息を吐く。

「どういたしました?」と問われて、俺は「ううん」と慌てて首を振る。

 そんな事の繰り返しだ。

 言えた事は明日ジェルダイン領を発って王都へ帰る、という事だけ。それに対してルークさんは「急ですね」と、残念そうに別れを惜しんでくれた。

 結局俺だけが悶々としながら迎えた昼食の後、ルークさんと二人、村外れの農場へと向かう。

 ルークさんの屋敷から町まで伸びる道は、三本。その通りの両側に均一に並ぶレンガ造りの家々が、点々となる頃、件の農場が見えてくる。一階建ての煙突吐きの住居の脇に馬房と、柵が取り囲んだ楕円形の牧場がある。そこには既に、ルークさんが保護した馬が放たれており、柵の下辺の牧草を食んでいた。

 そして柵にもたれてその様子を見守っている子供が二人。

 二人の内ひょろ長いシルエットが、ルークさんと俺に気付いて大きく手を振っている。

 ルークさんが馬足を速める事で応えて、馬が微かに嘶いた。

 俺とルークさんは柵の一つに手綱を引っ掛けると、子供達に近づいていく。

 ひょろながで、鼻の頭にそばかすがあるのが特徴の、ひょうきん者のアッシャーと、背丈は小さいが小猿のような軽やかさと、獣のようなしなやかさを持った、生意気なガジン。二人とも耳には黄金色のフープピアス、そして額から後頭部にかけて馬の尻毛を三つ編みに編んだ紐を巻いている。

 アッシャーとガジンは俺が始めて農場を訪れた頃から、毎日飽きもせずに現れる。両親には農場には近づくなと言われているようなのに、どうにも馬の様子が気になって、内緒でやって来ているのだという。

 初めは俺の容姿に驚いた二人は警戒心を見せていたが、どうやら外国人だと思った俺と言葉が通じる事に感動して、そこからは急激に仲良くなった。彼らは時々「何て言ったのか分かる?」と俺に言葉を投げかけては、それが俺に通じると「すげぇ!」と喜ぶという、意味不明の会話を楽しんでいる。

 グランディアの公用語はあちらの世界の英語と同じ様に大陸の共用語であるから、大体通じると思うのだが――きっと訛ってでもいるのだろう。俺だって同じ日本語でも東北や沖縄の訛り方は理解出来ない。

「ルーク、さっきこいつ、ガジンを乗せて走ったんだよ」

 アッシャーは開口一番、まるで自分の事のように嬉しそうに言いながら馬を指した。ガジンの目つきも優しい。

「落ちてた筋肉も戻ってきてるし、もうすぐかな!?」

「……そうですね。もうしばらくすれば、険しい山道も難なく登れるようになるでしょう」

 ルークさんも嬉しそうに、腕に纏わりつくアッシャーに答えている。

「ルークのお陰だな!!」

 屈託無い笑い顔と見詰め合う、ルークさんの優しい眼差し。うーん、和む。

 連れてこられた時の馬は、本当に死の危険さえある具合だったらしい。それから二月が経った今でも、歩けるようになったのは脅威の回復力といえるようだ。

「ウージの馬だ。当たり前だろ」

 ガジンはルークさんのお陰、という言葉が気に食わないのか、可愛くない事を口にしている。

「ところで、ウージって何?」

「ヴェジラの馬という事ですよ。厳しい山岳地で生まれ育つ馬ですから、強靭なのです」

「ああ。成程」

「グランディアの上品な馬たちとはわけが違うぜっ!!」

 ――そこで何故ガジンが誇る。胸を張るガジンを不思議そうに見つめていると、ルークさんが「ところで」と口を開いた。

「ガジンにアッシャー。ブラッド様は明日、この地を離れる事になりました」

「え、そうなのか!?」

 あ、そうそう。それをこの子達にも話しておかなければ。見上げてくるアッシャーに頷きを返す。

「そうなんだ。どうせならこの馬を最後まで見守りたかったんだけどね。明日、王都へ帰るんだ」

「まだちょっとしか居ないじゃん!!」

「これでも長く居た方なんだよ」

 何せ最初はとんぼ返りの予定だったのだから。

 俺が眉根を寄せると、アッシャーは憮然と唇を突き出して「ちぇ」とか何とか悪態を吐いている。

「また、来るか?」

 少しだけ表情を曇らせたガジンも、寂しいと思ってくれているのだろうか。そう思うと何時も生意気な返答しか寄越さない相手でも、可愛く見える。

「出来たらまた遊びにくるよ」

 本当は居付きたいんだけどね、という思いをため息で隠し、ガジンの小さな頭を撫でると手を振り払われた。

 その拍子で俺の指に絡まった額の紐が、ガジンの頭から離れてしまう。するり、解けた紐を落としそうになって、慌てて両手で掴み直す。

「やる」

そんな俺に、ガジンが意味不明の言葉を投げてきた。

「え?」

「あ、ずるい! オレのも!!」

 何がずるいのか、アッシャーも己の頭から紐を取ると、俺にずいっと差し出してきて。

 鈍色のガジンのそれとは異なり、黒い色に青の毛が混じったアッシャーのそれ。二本を強引に掌に握りこまされ、俺は戸惑う。

「餞別っ!」

 二人の頭に良く似合っていた紐。嬉しいが、こういうものを頭に巻く洒落っ気は俺には無い。それに、俺には何も返すものが無いし。

 そんな俺の逡巡に気付いたのか、ルークさんが間に割って入った。

「彼らの友愛の証なんですよ、ブラッド様。私も、以前彼らとそのご両親にもらって、お守り代わりに肌身離さず……」

 懐を探っていたルークさんの手には、四本の、同じ様な紐。

「家に、一杯あるから!」

 屈託無いアーシャ。恥ずかしいのか顔を逸らすガジン。二人を交互に見つめてから、俺は深く頷いた。

「ありがと」

 友愛の証、なんて言われると何だか照れくさいが、嬉しい。我知らず表情筋が緩む。

 俺が今度は二人の頭を撫でると、両者に煩わしそうに振り払われてしまったけれど。


 そんな感じで、元気に駆け回る馬と子供達を眺めていたら、どこからか馬の蹄の音が響いてきた。

 俺が「ん?」と思う前に、ガジンとアッシャーが「やべ!!」と叫びながら、建物の影へと走っていく。

 二人の背が消えるのを見送ってから、俺は音の方向へ顔を向けた。

 ――何故。

 思考が一瞬、停止した。遠目にも分かる、クリフを先頭に、居るはずの無い人と、その隣の見た事の無い人。

 何時もより質素な服で決めているが、その威厳は隠しようも無い。

「……まさか……グランド・ゲオルグ?」

 うろたえるのはルークさんも同じ。

 彼らが目の前にやってくるのを、呆気に取られたまま見守ってしまう。

 俺より先に覚醒したルークさんは、膝を折って頭を垂れたけれど、俺は直立不動のまま。

 快活に笑んだゲオルグ殿下は馬を従者らしき男性に任せた後、

「久しいな、ブラッド!」

 身体に巻きついていた長衣を後方へと翻した。孕んだ風が、膝をついたままのルークさんの髪を靡かせる。

「それに、ルーク・クラウディ」

「ご機嫌麗しゅう、殿下」

 緊張した声音のルークさんが、殿下に促されて立ち上がる。

 困惑気味の俺たちなんててんで無視。ゲオルグ殿下は顔を巡らせて、「空気のいい所だ」なんて感想を口にしている。

 ――っていうか。

「何で、貴方がこんな所に!?」

 目立つから、危険だから、という理由で、暇人だからと俺の供に立候補した際には満場一致で否決されたゲオルグ殿下。

「お前が帰るのが遅いのだ」

 確かに、最速の予定である10日を5日も過ぎてはいるけれど。

「それに、お前の馬鹿な顛末もクリストフから聞いたぞ」

「いやいやいや、そうでなくて――殿下、まさか……」

 チラリ、クリフの横に並んだ男性に視線を走らせれば、小さく頭を下げられる。

「他の、従者は?」

「そんなもの、赤の騎士たるスチュワート一人で十分だ」

 赤の騎士って、そんなものしりませんよ!! ルークさんとクリフは驚愕に目を見開いたが、それがどれだけ凄いのか分からない。

 一歩前に進み出たスチュワートさんは確かに逞しい体つきをしているようだが、クリフとそう変らないように見える。俺の従者はクリフ一人で事足りるだろうが、腐ってもゲオルグ殿下は王族なのだ。常の移動も大移動だと言われる人が、大丈夫なのかと心配になってしまう。

 だってゲオルグ殿下は俺の何倍も、この国に必要な人なのでしょう!?

 しかし俺の動揺なんて、ゲオルグ殿下は気にもしてくれないのだ。

 落ちてきた前髪を煩わしそうに掻き揚げながら、殿下はもう一度、農場に視線を巡らせる。

「ところでな」

 その視線と、スチュワートさんの視線が、ある一点で止まるのを不思議に思って、俺も数秒送れて彼らの目線を追った先。

「何故、ウージ=ナムンの子がここに居る?」

 そこは、先程アッシャーとガジンが隠れた樽の陰だった。






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