『災い避けの令嬢、無自覚のまま王子の観察対象になる
騎士団見習いの実技演習を見学していたとき、ひとりの令嬢が妙な動きをしていることに気がついた。
隊列の後ろにいたはずが、急に「気分が悪いので少し外させてください」と申し出て、演習場の端まで下がったのだ。直後、隊列の中央で訓練用の魔剣が暴発した。数名が吹き飛ばされ、演習場は騒然となった。
(さっきの令嬢、いいところで抜けたな)
なんとなく気になり、近くの騎士に聞くと「フェリシア・ラングレー侯爵令嬢ですね」と教えてくれた。
ラングレー……半年前、王都で「古代武具の複製品」への出資話が流行り、多くの貴族が飛びついたが、最終的に商会が姿を消し詐欺だったと判明した事件がある。その中で唯一出資しなかったのがラングレー侯爵家で、理由を聞くと「娘が頑として反対したので」とのことだった。
あの令嬢が反対し、今日も事故の直前に抜けた。直接話を聞きたくなり、彼女を呼び出した。
「わ、私にご用でしょうか、殿下……!」
出資話について尋ねると、あっさり答えが返ってきた。
「あの商会の代表、なんだか嫌な感じがしたんです。それだけです」
「では今日、演習を抜けた理由は」
「急にお腹が痛くなって……偶然です、ほんとうに」
にこにこと否定する彼女が怪しくて、密かに監視をつけることにした。
結果としてわかったのは、未来を見通す力があるわけではなく、ただ異様なまでに「悪いもの」を避け続けているという事実だった。
食堂で焼き菓子を選ぼうとして、なぜか手が伸びず隣の皿を取ったところ、後にその焼き菓子から異物が見つかった。彼女は災いそのものから逃げ回っているようだった。
私は興味を惹かれ、やがて婚約を申し込んだ。侯爵家は快諾し、フェリシアは私の婚約者となった。
「フェリシアと呼んでいい?」
「は、はい……! レイン様……!」
真っ赤になって俯く姿がひどく愛らしかった。
婚約が公になると、嫉妬した令嬢たちの嫌がらせが始まった。
廊下でわざと足を出して転ばせようとした令嬢がいたが、直前で彼女が「あっ、靴紐が」としゃがみ込み、相手は自分の足に躓いた。「わざわざ躓いてくれるなんて、優しい方ね」とフェリシアは呑気に笑っていた。
濡れ衣を着せようとする令嬢も後を絶たなかったが、訴えのたびに彼女には複数人の目撃者付きの完璧な予定があり、いつも無傷で「私だけ何も起きないの、申し訳ないわ」と本気で困っていた。
そんなある日、実母が遠方の村で流行っていた疫病で急死した。
「お母様が知人にお会いすると聞いて……お土産をねだってしまったんです……」
自分のせいだと泣く彼女を慰めながら、密かに調査させた。判明したのは、実母が会おうとしていた「知人」が隣国の密偵であり、機密漏洩寸前だったという事実だ。フェリシアが土産を頼んだせいで、実母は密偵と会う前にその村へ立ち寄り、密会は不成立に終わり、密偵はほどなく捕縛された。
彼女の異能は本物だった。「なんとなく」と口にするとき、それは必ず災いを退けている。
喪が明けた頃、父侯爵が後妻を迎えた。フェリシアだけは「お父様とお母様は仲良しでしたから」と、後妻の連れ子が父に似ていることにも気づかず信じて疑わなかった。
後妻とその娘は、あからさまにフェリシアを害そうとした。毒入りの茶、細工された馬車――しかしそのすべてを、彼女は無自覚のうちに躱し続けた。証拠はすべて侍女に記録させてある。父侯爵は見て見ぬふりを続けており、私はいずれ後妻ともども処断するつもりでいた。
婚約者として迎えに行ったある日、フェリシアがおずおずと言った。
「レイン様、今日は観劇のお約束でしたが……なんだか無性に果実酒が飲みたい気分になってしまって」
「わかった、では店を変えよう」
すぐに劇場の警備を強化させ、私たちは酒場へ向かった。
その夜、劇場では何も起きなかった。ただ、王妃である母が「息子の婚約者と内密に話がしたい」と、観劇後の彼女を待ち伏せていたのだという。
つまり彼女が避けたかった災いとは――。まあ、無駄骨に終わっただけなら、それに越したことはない。
完




