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古代欧州に転生したら捨てられたので、魔女の弟子になります〜友人たちの知識で西暦590年を生き延びたら、なぜか聖女扱いされました〜  作者: パラレル・ゲーマー
序・極貧転生者生活編

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第6話 苦い春にも、ごちそうはある

 

 春の陽射しは、日を追うごとにその暖かさを増していた。


 森の入り口付近での採取作業も、すっかり私の日常の一部として組み込まれている。


 村の女たちの後ろをちょこちょことついて歩きながら、私は地面に顔を近づけ、目を皿のようにして緑の点を探し続けていた。


 一度教えられた草の特徴は、脳内の仮想フォルダに「可食」「要灰汁抜き」「毒」といったタグを付けて厳重に保存してある。


 もちろん、まだ完璧なプロフェッショナルには程遠い。


 葉の形が微妙に違うだけの類似種に騙されそうになったり、根を掘り出そうとして途中でちぎってしまい「そこが一番腹にたまるんだ!」と怒られたり、匂いを嗅ぎすぎて鼻腔に強烈な刺激が走り、盛大にむせ返ったりと、失敗も多い。


 それでも、私の「学習スピード」がこの村の基準から見て異常に早いことは確からしかった。


「……これは、食える。煮るやつ」


 私が指差したギザギザの葉を見て、年長の女が顎を撫でながら頷く。


「ああ、そうだ。お前、本当に覚えが悪くないね。昨日教えたばかりなのに」


「ふふん」と鼻息を荒くしたいところだが、そこはグッと堪えて、無表情のままコクリと頷き返す。


 内心では、紙吹雪が舞う大パレードが開催されていた。


「よし! 知能評価、連続で獲得! このままポイントを稼げば、村内カーストでの昇進も夢じゃないのでは!?」


 しかし、そんなささやかな優越感は、家に帰って夕食の器を受け取った瞬間に、木っ端微塵に砕け散るのだ。


「……いただきます」


 心の中でそう呟き、器の中身をすする。


 薄い、色のついたお湯のような粥の中に、今日私たちが必死に集めてきた若芽や名もなき草が浮かんでいる。


 泥を落とし、水で洗い、ただ煮ただけのそれ。


 口に入れた瞬間、青臭い泥の匂いと、舌がビリビリと痺れるような強烈な苦味が、容赦なく味蕾を攻撃してくる。


 噛めば噛むほど、ゴワゴワとした硬い繊維が歯の間に挟まり、飲み込むのを全力で拒否してくるようだ。


「食べられる……! 確かに毒じゃないし、食べられる草なんだろうけど……! 美味しいかどうかという次元で語れば、これは完全に罰ゲームの部類だわ!」


 私は涙目になりながら、無理やり喉の奥へ流し込んだ。


 もちろん、そんな文句を口に出すことは絶対にない。


 飢え死に一歩手前の状況で味に文句をつけるなど、この時代では即刻神罰が下るレベルの贅沢なのだから。


 周りを見渡す。


 母親や父親は、顔をしかめつつも、無言でそれを胃袋に詰め込んでいる。


 彼らにとって、これは「食事」ではなく、ただ命を明日へ引き延ばすための「燃料補給」なのだ。


 だが、大人たちは我慢できても、小さな子供はそうはいかない。


 小屋の隅で、別の家の子供が母親からその苦い草粥を口に運ばれ、激しく首を振って吐き出そうとしていた。


 我が家の赤ん坊も、母親が草の煮汁を少しだけ口に含ませようとしただけで、顔を真っ赤にして泣き叫んでいる。


 歯の抜けた老人は、硬い繊維をいつまでも噛み切れず、苦しそうに喉を鳴らしていた。


 その光景を見て、私はハッとさせられた。


「そうか……『食べられる草』を見つけてくるだけじゃ、駄目なんだ」


 いくら毒がなくて腹の足しになるとしても、それが「食べづらい形」であれば、弱った人間は量を口にすることができない。


 量を食べられなければ、当然、体力は戻らない。


「人がちゃんと、無理なく飲み込める形に整えなきゃ、結局それは『命』にはならないんだ」


 私の脳裏に、前世の友人たちの言葉が次々とフラッシュバックした。


『いい? 遭難して救出された直後に、硬い肉とか繊維質の野菜をガツガツ食ったら、弱り切った胃腸がびっくりして腸閉塞とか起こすんだよ。体にいいものでも、受け付ける形に加工しないと意味がないの』


 白衣を着た医者の友人の、呆れたような声。


『素材の質が最悪な時こそ、処理工程の腕の見せ所なんだよ。切る、洗う、加熱する、混ぜる。このパラメーターを少し変えるだけで、最終的なアウトプットの性質は劇的に変わるからね』


 眼鏡を押し上げながら語る、技術屋の友人の熱弁。


『手持ちの限られた資産を、どうやって最大限に引き延ばして配分するか。それが運用ってやつよ。現金が少なくても、手形と信用の組み合わせで回せるでしょ?』


 ジョッキを片手に笑う、経理の友人の声。


 私の視線は、小屋の隅に置かれた小さな麻袋へと向かった。


 中に入っているのは、麦を石で粗く砕いた、粉と呼ぶのもおこがましいような穀物の欠片だ。


 量は絶望的に少ない。


 これをそのまま明日の薄い粥に放り込んでも、全体の水かさがほんの少し増えるだけで、あの強烈な苦味を打ち消すことはできない。


 だが、もし、この粉の「運用方法」を変えたら?


「お好み焼き……は無理。卵もキャベツもない。パンケーキ……牛乳も砂糖もない。クレープ……油がない」


 現代の美味しい料理のレシピは、ここには何一つ存在しない。


 手元にあるのは、強烈に苦い若芽、少しの水、そして極少量の粗い麦粉。


 あとは、炉で赤く熱された平たい石の余熱だけだ。


「粥にそのままぶち込むから、草のえぐみが汁全体に広がって最悪なことになるんだ。だったら……草を極限まで細かく刻んで、少量の粉を糊代わりにしてまとめて、薄く、とにかく薄く伸ばして焼けば……火が通って香ばしさが出て、あの青臭さをごまかせるかもしれない」


 分厚いパンのようなものを焼くのは不可能だ。


 中まで火を通すほどの強い熱量もなければ、そのための燃料を無駄遣いすることも許されない。


「厚さは敵。とにかく紙みたいに薄くして、石の余熱だけでパリッと焼くんだ」


 私の頭の中で、極限環境におけるサバイバル・クッキングのレシピが、初めて具体的な形を結んだ。


 *


 思い立ったら即行動。


 私は翌日、さっそく行動を開始した。


 採ってきた若芽の処理をしている母親の服の裾を、チョイチョイと引っ張る。


「……あのさ。ちょっとだけ、粉、使っていい?」


 母親は怪訝な顔をして私を見下ろした。


「粉? 何に使うんだ」


「これ、草。細かく切って、粉と水で混ぜて、石の上で、薄く焼く」


 五歳児の拙い語彙力では、お好み焼きの概念を伝えるのは至難の業だ。


 母親は即座に眉間に皺を寄せた。


「駄目だ。そんな遊びに使う粉はない。粉を無駄にするな」


「少し! ほんのちょっとだけ! 美味しく、なるかもしれないから!」


 私が必死に食い下がっていると、横で根の泥を落としていた村の女が、クスクスと笑いながら口を挟んだ。


「やらせてみなよ。この子、採取じゃけっこう役に立ってるじゃないか。それに、もし焦げて失敗したって、どうせその泥水みたいな粥にぶち込んで煮直せば、腹の足しにはなるんだからさ」


 その言葉に、母親は渋々といった様子で、手のひらに乗るほどの僅かな粉を私に分けてくれた。


 初めての試作品作りだ。


 私は尖った石を使って、若芽を必死に細かく刻んだ。


 そこに粉を入れ、水を垂らして混ぜ合わせる。


 そして、炉の脇にある、まだ熱を持った平たい石の上に、そのドロドロの塊を乗せた。


 ジュッ、と微かな音がした。


 だが、次の瞬間、私は悲鳴を上げそうになった。


「ああっ、水が多すぎた!」


 水気が多すぎた生地は、石の上でべちゃーっと不格好に広がり、完全に石の表面にへばりついてしまった。


 慌てて木のヘラ代わりの木の枝で剥がそうとするが、無惨にもボロボロに崩れ去る。


 おまけに、石の温度が高すぎた真ん中の部分だけが真っ黒に焦げ、端のほうはまだ水っぽい生焼け状態だ。


「ほら見ろ! だから粉を無駄にするなと言ったんだ!」


 母親の怒鳴り声が飛んでくる。


 私は地面に頭を擦りつける勢いで平謝りした。


「ごめんなさい! 次は失敗しないから!」


 内心では、冷や汗をかきながらも脳内で激しい反省会を開いていた。


「ぐっ……初回プロトタイプ、見事に大失敗! だが、貴重なデータは採取できた!」


 技術屋の友人の『試作一号機が爆発するのは仕様だよ。大事なのは、どこがどう駄目だったかのログを拾うこと』という言葉を胸に、失敗の要因をリストアップする。


 水が多すぎた。


 草の刻み方が荒かったからまとまらなかった。


 石の温度分布を読んでいなかった。


 焦ってひっくり返そうとした。


 粉が少ないのに広げすぎた。


 原因が分かれば、改善できる。


 私は、自分の取り分として与えられたさらに少量の材料を使い、二度目の試作に挑んだ。


 今度は、草をもっと、ドロドロになる手前まで念入りに叩き潰すように刻んだ。


 そして、ここで一手間加える。


「苦味の強い汁を、少しだけ捨てる」


 沸かしたお湯に一瞬だけ草をくぐらせ、その青緑色に染まったお湯をほんの少しだけ捨てるのだ。


 母親が「水も熱ももったいない!」と怒りのオーラを放ったが、私は「絶対に美味しくなるから!」と念を送りながら強行した。


 そこに粉を混ぜる。


 今回は水滴を垂らす程度。


 べちゃべちゃではなく、少し柔らかい泥団子くらいの硬さに調整する。


 それを手のひらで丸め、炉の石の中で、赤黒く落ち着いた熱を持っている場所を選んで乗せた。


 そして、上から別の平たい葉を被せ、体重をかけて限界まで薄く、薄く押し広げる。


「厚さは敵。中まで火を通すんだ……」


 私は息を詰めて、その薄い緑色の円盤を見つめた。


 今度は焦って剥がさない。


 待つ。


 ひたすら待つ。


 石の熱が生地に伝わり、水分が蒸発していく微かな音が聞こえる。


 少し待ちすぎたか、端の方がわずかにチリチリと焦げ始めた。


 だが、その時。


 フワリと、小屋の中に今まで嗅いだことのない匂いが漂った。


 いつもの、泥と青臭い草と獣の脂が混ざったような不快な匂いではない。


 麦が熱で焼かれ、草の繊維が火を通されたことで生み出される、わずかな「香ばしさ」。


 前世の記憶にある、焼きたてのパンや、お祭りの屋台の煎餅には遠く及ばない。


 だが、間違いなく、それらと同じ系統の、人間の食欲を根源から刺激する「調理された食べ物」の匂いだった。


「……香ばしい」


 私はゴクリと唾を飲み込み、木の枝で慎重にその薄焼きを石から剥がした。


 今度は崩れなかった。


 パリッとした感触とともに、緑色にところどころ茶色い焦げ目がついた、手のひらサイズの薄焼きが完成した。


 小屋の空気が、ピンと張り詰めていた。


 母親も、村の女も、鼻をヒクヒクさせながら、私の手にある謎の物体を怪訝そうに見つめている。


 私は、毒見役として、まずその端っこを少しだけちぎって口に入れた。


「……っ」


 苦い。


 相変わらず苦いし、繊維は硬い。


 焦げた部分の苦味もある。


 だが、あのお湯に浮かんだだけのドロドロの草に比べれば、劇的に食べやすくなっていた。


 まず、手で持てる。


 前歯でパリッと噛み切れる。


 石の熱を閉じ込めたそれは、お腹の底から温まるような熱を持っていた。


 そして何より、麦が焦げた香ばしさが、草の強烈なえぐみを見事にマスクしてくれているのだ。


「固形物だ……! 咀嚼して、味わえる固形物だ……!」


 私は感動のあまり、危うく本泣きしそうになった。


 現代のカフェでこんなものを出されたら即座に店長を呼び出すレベルの代物だ。


 だが、今の私にとっては、三ツ星フレンチのメインディッシュにも等しい最高のごちそうだった。


 私が美味しそうに咀嚼しているのを見て、母親が恐る恐る手を伸ばしてきた。


 私は無言で、小さな欠片を渡す。


 母親はそれを口に入れ、ゆっくりと噛んだ。


 無言。


 そして、私の手からもう一口分を奪い取るようにして食べた。


 横で見ていた村の女も、「私にも寄越しな」と端っこをちぎって口に放り込んだ。


 彼女は眉を深く寄せ、何度も顎を動かした後、ポツリと言った。


「……ただの草を食うよりは、ずっと食いやすいじゃないか」


「よっしゃあああ!!」


 私は内心でガッツポーズを決め、脳内でサンバのリズムを刻んだ。


「ただの草より食いやすい! ミシュラン星三つ、いただきましたァ!」


 この世界に来て初めて、私の工夫が他者の胃袋を、そして味覚を納得させた瞬間だった。


 *


 実はこの時、私は気づいていなかった。


 生地を手のひらで薄く押し広げている最中、私が心の中で必死に祈っていたこと。


「どうか、あの強烈な苦味が少しでも抜けますように」


「これを食べた人が、お腹を痛めませんように」


「お母さんが、吐き出さずに食べられますように」


「弱り切った赤ちゃんを抱えている人が、少しでも元気になりますように」


「焦げずに、ちゃんと中まで火が通って、人間の食べ物になりますように」


 その強烈な祈りと生存本能が、私の小さな手のひらから、ごく微弱な「魔力」となって生地に染み込んでいたことに。


 もちろん、アニメのように生地が黄金に光り輝いたわけではないし、食べた瞬間に病気が治るような奇跡のポーションになったわけでもない。


 ただ、草の硬さや青臭さが、魔力によってほんのわずかにほどけ、えぐみが丸くなった。


 火の通りが少しだけ均一になり、焦げにくくなった。


 そして、消化器官に負担をかけるえぐみが、薄い布で包まれたように、わずかに弱まっていたのだ。


 村人たちから見れば、「なぜかこの子が触って焼いたものは、他の大人がやるより少しだけ食いやすい気がする」という程度の、些細な変化に過ぎない。


 だが、その些細な変化こそが、この先の私の運命を決定づける重要な魔法の顕現だったのだ。


 完成した薄焼きは、本当に手のひらサイズが数枚分しかない。


 家族全員で分けても一口ずつだ。


 私は、試作の途中で崩れてしまった不格好な欠片を持って、小屋の隅でうずくまっている子供に近づいた。


 昨日、採取の時に草の根を全部引き抜こうとして、私に止められたあの子だ。


「これ、食べる?」


 私が差し出すと、子供は警戒心を剥き出しにして睨んできた。


「苦い草だろ。もう嫌だ」


「でも、これなら食べられるよ。あったかいし」


 空腹には勝てなかったのだろう。


 子供はひったくるように欠片を受け取り、恐る恐る口に入れた。


 一瞬、草の苦味に顔をしかめたが、すぐに目を見開いた。


「……草よりは、いい」


 ボソッと呟いて、あっという間に飲み込んでしまった。


「二件目の高評価レビュー獲得! 草よりはいい、いただきました!」


 私は感無量だった。


 子供の顔に笑顔は浮かんでいない。


 だが、いつも張り詰めていた、泣き出しそうな絶望の表情が、ほんのわずかだけ緩んでいるのが分かった。


 食べ物が、人の心を一瞬だけほぐしたのだ。


 ふと視線を横に向けると、村の別の若い女が、ガリガリに痩せた赤ん坊を抱いて壁によりかかっていた。


 彼女は自分の分の粥を、食べる気力もないのか、ただぼんやりと見つめている。


「あの人が食べなきゃ、母乳も出ないし、体力も戻らないのに……」


 私は自分の手元に残っていた、一番うまく焼けた端っこの部分を見つめた。


 今すぐ自分の口に放り込みたい。


 胃袋が「それをよこせ」と悲鳴を上げている。


 だが、私はその欠片を持って、若い女の前に立った。


 母親が「自分で食え」と止めるかと思ったが、母親は何も言わず、ただ黙って私を見ていた。


「これ。少しだけだけど」


 私が差し出すと、女は驚いたように私と薄焼きを交互に見た。


 震える手でそれを受け取り、ゆっくりと口に運ぶ。


 彼女は何も言わなかった。


 ただ、それを咀嚼して飲み込んだ後、虚ろだった瞳の奥に、ほんの少しだけ生命の光が戻ったように見えた。


 その一部始終を見ていた年長の女が、私を見て低く呟いた。


「……本当に、変な子だね」


 私はビクッとして肩をすくめた。


「えっ、今のはどっちの評価!? 褒められてるの? それとも不気味って怖がられてるの!?」


 内心で冷や汗をかいていると、年長の女は焚き火の炎を見つめながら続けた。


「魔女様から許しをもらった春の恵みを、人が食える形にする。……大したもんだ」


 その言葉の重みに、私は息を呑んだ。


 春の挨拶で、私は「魔女様に見られたかもしれない子」になった。


 そして今、私は「魔女様の恵みを、人の口に入る形へ加工できる子」へと、村の中での認識が一段階シフトしたのだ。


 夕方。


 炉の火が落ちかける頃、母親が私の前に無言で座った。


 そして、自分の分として確保していた薄焼きの中から、全く焦げていない、一番綺麗な部分をちぎって、私の小さな手に握らせた。


「お前が作ったんだ。お前が食え」


 その一言に、私は全身の血が沸き立つような感動を覚えた。


 これまでの報酬は、「結果的に粥が少し濃くなった」とか「若芽が一枚多く入っていた」という、あくまで間接的なものだった。


 だが今回は違う。


 母親が、明確に私の「仕事の成果」を評価し、対価としてこれを渡してくれたのだ。


「母の評価、明確に上昇……! 報酬、一番いいところの端っこ。私のOL人生を含めても、最高のボーナスだ……!」


 私は泣きそうになるのを必死でこらえながら、その欠片を口に含んだ。


 苦い。


 硬い。


 青臭い。


 でも、たまらなく温かくて、香ばしい。


 自分の頭で考え、自分の手で作り出し、他人に認められた、世界で一番美味しいごちそうだった。


 *


 翌日以降、私の生活には明確な変化が訪れた。


 村の女たちが、採取してきた草の一部を、私の前に無造作に置くようになったのだ。


「おい、これも細かく刻めるか」


「これは焼いた方が食いやすいか?」


「こっちは苦すぎるから、お前のやり方でなんとかならないか」


 もちろん、私がすべてを現代風に美味しく調理できるわけではない。


 水分が多すぎてどうしてもまとまらない草もあるし、焼いた途端に吐き気を催すような悪臭を放つ根っこもあった。


 明らかに腹を下しそうな毒々しい色のキノコめいたものを持ってきた時は、全力で拒否した。


「これは駄目。苦すぎる。お腹痛くなる」


 私が首を横に振ると、女たちは舌打ちしながらも、素直にそれを捨てた。


「出来ないものは出来ないと、ちゃんと駄目出しできるなら、まだ信用できる」


 それが女たちの評価だった。


 無理に有能さをアピールして失敗するより、自分の限界を正確に把握していることのほうが、この生存競争の最前線では重宝されるのだ。


 私は村の中で、「採取で役に立つ子供」から、「草を覚え、それを食べられる形に加工する方法を考える子供」という、極めてニッチだが重要なポジションを獲得しつつあった。


 まだ小さくて、変な目をする不気味な子。


 でも、確実に「使える」子。


 その夜。


 少しだけ満たされた胃袋と、それ以上に満たされた承認欲求を抱いて、私は藁の上で微睡んでいた。


 ふと気配を感じて目を開けると、炉の微かな明かりに照らされた土間に、あの黒猫が座っていた。


「あ、猫」


 私は念話で、少し誇らしげに語りかけた。


「聞いてくださいよ。今日は私、ちょっとだけ、本当にちょっとだけですけど、人の役に立ちましたよ」


 猫はしなやかな尻尾を足に巻きつけ、翠の瞳を細めた。


『そうじゃな』


 私は目を丸くした。


「えっ、珍しい! 素直に褒めましたね!?」


『勘違いするな。ワシは事実を述べたまでじゃ』


「現代社会では、そういうのを『褒める』って言うんですよ」


 私がふふん、と胸を張ると、猫はヒゲをピクリと動かして言った。


『お主は今日、そのままでは食いにくいものを、人間が口に入れられる形へとうまく寄せた。強烈な苦味を少しだけ逃がし、熱を均等に通し、弱った腹を壊しにくい形に整えてみせたな』


「……えっと、それって私のサバイバル料理の腕前の話ですか? それとも、魔法の話ですか?」


 猫は、ニヤリと笑ったように見えた。


『両方じゃ』


 私は背筋がピッと伸びた。


「えっ、ちょっと待って! 私、またあの謎のエネルギー漏らしてたんですか!? なんか料理にヤバい放射性物質みたいなの混ぜちゃってません!?」


『大げさな奴じゃな。安心せい、毒ではない。むしろ逆じゃ。……どうやら、お主の魔力の性質は、食い物を「人の身体が受け取りやすい形」へと整える方向へ流れやすいようじゃな』


「……受け取りやすい形?」


『うむ。ただの草のえぐみを魔力で包んで誤魔化し、熱の伝わり方を助け、消化を良くした。だから、あの赤子を抱えた女も、腹を下さずに飲み込めたのじゃ』


 私は自分の小さな両手を見つめた。


「……それ、すっごく地味ですね。ファンタジーの主人公ってもっとこう、バーンと火柱を上げたりするもんじゃないんですか」


『地味じゃが、強いぞ』


 猫の声が、少しだけ真剣な響きを帯びた。


『何もない空間から火を出すだけの派手な術など、今この飢えた寒村において何の価値がある。家ごと燃やして自滅するのがオチじゃ。それよりも、目の前にある食えないものを、命を繋ぐ糧へと変える力。飢えた者にとっては、そちらの方がよほど神の奇跡に近い』


 私は何も言い返せなかった。


 正論すぎる。


『お主の力は、まだ体系化された「術」と呼べるような代物ではない。形も名もない、ただの「傾き」じゃ。じゃが、その傾きの方向ははっきりと見えた』


 猫はゆっくりと歩き出し、私の足元に近づいた。


『腐りゆくものを遅らせる。毒の気をわずかに和らげる。苦味を散らし、冷え切った身体に熱を入りやすくする。弱った者の胃の腑に、優しく受け入れられる形へと整える。……お主の魔力は、そういう方向へ向かいたがっておる』


 私は真顔になって猫を見つめ返した。


「それって……魔女、みたいですね」


『そうじゃな。その道は、森の女どもが歩く道に近い』


「火の玉は?」


『出せぬし、出す必要もない。お主には、お主の魔法の入り口がある。まずは目の前にある草を、水を、火を、そして人間の腹と、弱った身体の仕組みを深く覚えることじゃな』


「……また生活指導だ。スパルタ教育が過ぎる」


 私はため息をついた。


 でも、不思議と、以前ほどその説教が嫌だとは思わなかった。


 なぜなら、今日、その地味な生活指導の延長線上にある工夫が、間違いなく、誰かの冷え切った胃袋を温め、命を少しだけ明日に繋いだことを実感したからだ。


 これまでの私は、魔法といえば、空を飛び、炎を操り、傷を一瞬で癒やし、食料を無限にポポンと生み出すような、派手で万能な力だと思っていた。


 でも、この過酷な泥臭い世界で本当に必要とされている魔法は、そういうものではないのかもしれない。


 食べ物が腐るのを防ぎ、腹を壊させず、弱った赤ん坊が飲み込めるようにし、苦い草をあと一口多く食べられるようにする。


 その、本当に些細な後押しこそが、命の長さを決めるのだ。


「……そっか。魔法って、火の玉を出すことじゃないんだ」


 私は藁の上に身を沈め、目を閉じた。


 翌朝。


 私はいつものように、水汲みの器を持ち、村の女たちと採取に出かけた。


 ぬかるんだ泥道を歩いていると、先を歩いていた年長の女が振り返り、足元の草を指差した。


「おい。昨日の草、覚えているか?」


 私は力強く頷いた。


「うん、覚えてる」


 女は別の、葉の形が似ている草を指差した。


「じゃあ、こっちは?」


 私はその草の葉の縁、茎の色、そして匂いを慎重に確認し、少しだけ考えてから答えた。


「それは苦い。そのままじゃ駄目。よく煮る。……あと、根っこは残す」


 女は満足げに、深く頷いた。


「よし。なら、それを採れ」


 私は小さな手を伸ばし、慎重に根元を残してその草を摘み取った。


 お腹は相変わらずペコペコに減っている。


 春はまだ、私たちに満腹を許してはくれない。


 でも、私は自分の小さな手で、この世界の理不尽な飢えを、ほんの少しだけ変えられるかもしれないという予感を持っていた。


 その夜、私は苦い春の草を噛み締めながら、初めて思ったのだ。


 魔法とは、指先から火の玉を放つことではないのかもしれない。


 もしかすると、この理不尽なまでに苦い春の恵みを、ほんの少しだけ、誰かが食べられる温かい形に変えてみせることも。


 立派な「魔法」と呼ぶのかもしれない、と。


最後までお付き合いいただき感謝します。


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