第四話 猫の街イグル
道具屋に寄っても旅支度の際に必要最低限の物は揃えていたので大して買う物など無く一度宿屋に戻った。
刀を差してマントを羽織り、皮のブーツの紐を結んだ。
旅の道具を纏めた大きな袋を肩から下げて部屋を後にする。
その前に一度部屋を見渡し、親指と人差し指をつけて手を横にスライドさせた。
燭台の火が一本の細い白い煙を上げて消えた。
宿場街の入り口に向かうとそこにはもうダイチが待っていた。
皮のベスト、皮の籠手、皮の腰巻と皮一色で統一している。
そしてその背中にはこれまた大きな戦斧を携えていた。
ダイチが扱う武器である。
更に腰にはダガーナイフが差されている。
「じゃあ行くか。」
ダイチはソラに並び歩き出す。
馴染んだ皮がギュッと啼いた。
「いつも思うが、それ重くないか?」
ソラはダイチの戦斧を指差して聞く。
「鍛え方が違うからな。平気だ。」
にかっと笑って答えた。
「ただデカいだけだろ?」
「この精悍な腕を見てどの口が言う。」
デーシュテルの冬は厳しい。
そして向かうのは魔の森と称されるゴルガド大森林が鎮座する辺境だ。
時には雪が舞い二人の行く手を阻む。
陽が日中滞在してくれるのも大分短い。
二人は陽が暮れる前に野営の準備を始めた。
ソラは食用の野草を集め、ダイチは焚き火用の木を集める。
二人が腰を据えたのは陽が暮れて少ししてからだった。
薪木を星形に並べ、ソラは
「イグナイテッド」
と魔法の名前を詠んだ。
星形の薪木に小さな火が灯り、間もなく燃え盛る炎となった。
ダイチが薪木を折って投げ入れた。
火が着くとソラは小さな鍋を二つ用意して、一つは野草を入れたスープともう一つは香草(途中で見つけたからお茶にするんだ)を煎じた飲み物を作っていた。
食べ物など(生の食材などは以ての外)の保存方法はまだ確立しておらず、ビタミンを多く含む野菜などを旅に持ち歩く事が出来ない。
その為、旅に壊血病が付き物であり旅人を悩ます。
そこで必須になるのがサバイバル術の知識である。
ソラもダイチも兵士訓練でその辺りの知識も多く取り入れている為、道中も食べれる物は拾いながら歩いている(決して貧乏性ではない。決して)。
そしてダイチはテナー宿場街で買っておいた羊の干し肉をダガーナイフで切り分けていた。
今日の献立は、野草のスープにサラダ、干し肉と野宿にしてはわりかし豪華な食事となった。
食後には香草のお茶も用意している。
ソラは最終の仕上げと乾パンを手で千切ってスープに放り込んだ。
ブイヨンの香りが立ちのぼるスープに柔らかくなった乾パンはスープの旨味をたっぷりと含んでいる。
ダイチはひゅーっと口笛を一つ吹くと乾パンを口に入れた。
はふはふと白い吐息を吐きながら飲み込んだ。
ソラもそれに倣う。
干し肉もスープに入れれば水分が戻り、スープにも旨味が増すのだが、例え野宿の簡素な食事でも彩りを加えたいと二人の拘りで別々にした。
干し肉も味が濃縮されて噛むほどに旨味が広がるので、少し固くてもあっさりな野草のスープで流し込めばこれはこれで良い。
贅沢な(といってもこのシチュエーションに限って)食事を堪能した二人は香草のお茶を飲みながら魔法の理について話をし始めた。
「魔法の理がさっぱりわからん。」
ダイチは頭も良く、戦いに於いてはその豪傑ぶりを発揮するが、こと魔法に関してはからっきし無知であった。
「確かにしっかりと理解するまではとても難しい。頭で創造し、それを現世に干渉させるわけだから。」とソラが答えた。
「例えば、手の平の上で待機中の酸素を振動させて摩擦で酸素を熱する。これを木や燃料なんかに当てると火が着くって寸法さ。ホラ」
とソラはダイチに自分の手の平の上の方に手を翳す様促した。
ダイチは促されたままに手を翳すと
「熱っち」
と手を振った。
「なっ。これが魔法の基礎のイグナイテッドだ。攻撃用に火を放つのにはまた違う方法だけど、これが出来たら後は応用だ。」
やってみとソラはダイチに薪木ではなく火口を手渡した。
ダイチは火口を受け取るとそのまま手の平に置き、イメージした。
まずは大気中の酸素が振動し始める。五分ほどダイチは自分の手の平の上の火口を凝視した。
すると、なんて事でしょう。火口に煙が上がり小さな火が着いた。素晴らしい。
当の本人であるダイチの額には無数の汗の玉が浮かび上がっていた。
たったこれだけの事でも慣れなければ、かなりの精神力と集中力が必要となる。
ダイチは火のついた火口を焚き火に放り込むと
「理解した。だが、魔法を使いたいとはこれっぽっちも思わない」
と断言する。そして
「じゃ雷はどうするんだ?」
お前の代名詞みたいなもんじゃねーかと聞いた。
「雷に関してだが、誰でも体内にはちいさな電気が流れてるみたいなんだ。それを大きくするイメージを持ってそのまま手の平まで持って行くんだ。」
これは説明するのが難しいと答えた。
「体内に電気が?」
ダイチは更に、疑問を広げる。
「まあ、これも感覚的な事だから本当に電気が流れてるかわからんよ。でもそんなイメージを持ったから試したら手から雷が走ったんだよ。」
と曖昧に返事した。
「へぇ」
「聞いといて関心ないのか…」
ソラは小言を言いながら爆ぜる焚き火に薪を足した。
ソラの言う通り、人間が扱う魔法とは頭の中で創造した理を外へと干渉させる働きのことを言う。
理を無視した魔法を扱う者もいるが、今は置いとこう。
ソラが例えた事がその限りではないが、まあそんな所である。
ダイチを見てもわかる様にずば抜けた精神力と集中力の持ち主でないと、魔法を扱う事はできない。
それでもダイチだからこそ少しの講釈だけで点火の魔法が使えたのである。
後は、向きや不向きも左右されるのは間違いない。なるほど。
まあとにかく、二人は交代で火の番をしながら眠りへ誘われた。
ツンとした冷たい空気が辺りに纏わりついて深い眠りにつけなかったが太陽が東から顔を覗かした頃には、ソラもダイチも荷物をまとめて歩を進めていた。
もう少しで目的地のローデン・マルク辺境伯領に足を踏み入れるだろう。
そうなると雄大なゴルガド大森林も目に映るに違いない。
これからは旅に魔物の脅威も同行することになるだろう。
二人は一層気を引き締めて歩を進めた。
猫の町イグルに向けて。
とある魔物が人間達に執拗に追われ続けていた。
今まで町では同類達の大将であって同類達が人間に悪さをしない様に取り仕切っていた。
それは自分達は人間と共に生活を続けないと生きていけない事を充分に理解していたし、その事を肝に銘じて生きてきた。
だが、ある時を境に人間から迫害を受ける様になってしまった。
自分には理解が出来ない。
なぜなら自分は他の猫達より身体が数倍デカいただの猫だと思っていたからだ。
ー人間は何故自分を襲う?
周りの仲間達は受け入れられてるのに、何故自分だけ?ー
この魔物ライガンは自分の今の境遇を信じられずにいた。
少し前までは、他の仲間たちと共に人間たちに受け入れられ、軒先で寝ていようが、庭を横切ろうが、人間たちは微笑んでくれた。
今はどうだろう?
身体が大きくなってからと言うものの逆に傷つけられる様になってしまった。
だけど帰る場所はここしかない。
人々が寝静まる頃、町の片隅に戻ってきてひっそりと眠りにつく。
そう。自分は猫だと信じて。




