第三話 旅立ち
陽が昇ると王都に再び活気が戻る。
市が連なり、採れたての野菜や果物が並び、アクセサリーやスパイスなどの香辛料が目に映る。
通りを歩く人々にうちの野菜が安いや新鮮だと休む間もなく店主達は声を張り上げる。
そんな声に釣られて通りを歩く街の人々は、店先に並んだ商品を吟味する。
ここには平和がある。
それも我がデーシュテル王国の豊かさの賜物だ。
ああそうなの。
その賑わいを確認したかの様に街への出入り口である門が開放された。
3メートルはある石煉瓦の塀の先には、黄金色に色付いたススキだかなんだかの植物が360度パノラマ広がっている。
一般成人の腰の高さにまで育った植物が、豊穣の大地である事を物語っている。
黄金色一色に染まった平原を風が走って、腰まで伸びたススキを撫でた。
そんなススキ畑の間を一直線に続く道をソラ・ブラフォード(元デーシュテル軍軍事総隊長)がダイチ・ブラフォード(元デーシュテル軍第一部隊隊長)とともに西に向かっていた。
右隣に歩いてるダイチがこめかみに指を置いて、「あの時間からのウィスキーが駄目だった」などと1人泣き言を呟いている。
ソラはダイチを見やり苦笑いを1つ。
思えば、ダイチとは本当に長い付き合いだ。
産まれたての赤ん坊の頃からの施設での幼なじみであり、共にブラフォードの性を授かり今日まで至る。
俺に付き合って国を捨ててまでまだ一緒にいてくれる。
どこまでも広がる青の冬の晴天をソラは見上げた。
ローデン・マルク辺境伯領は王都から徒歩で約5日程度で到着する。
途中南へ下りれば旧王都があるが、今は寄る必要がなさそうだ。
5日の徒歩の旅と聞けば大変そうではあるのだが、そこはデーシュテル国。
道は土ではあるがしっかり舗装されているし、各要所には宿屋町が点在しており、資金と時間さえ余裕にあればそこまで大した旅にはなるまい。
多分最初の宿屋町まで陽はくれるであろうが、今日中に到着できるだろう。
幾分ダイチは二日酔いの為、そんな憶測も確実かどうかは疑わしいが。
心配の要であるダイチだが、皮袋に入った水をぐびぐびと口に運んでいる。
未だアルコールが体内の血液中を駆け回り、脳みそへとダメージを与えているのであろう。
あれだけ呑んだのである。当然だ。
「なあソラ。二日酔いに聞く回復魔法かけてくれ。」
頭の痛みが取れなくてとダイチがソラに泣きつく。
一つだけ言おう。
魔法は万能ではない。
魔法で出来ない事の方が多い。
だから魔法研究者達が存在するし、
国を挙げて研究者達を支援する。
血液中のアルコールを飛ばす魔法など存在しうるはずがない。
研究をすればそのような方法も見つかるだろうが、誰が好んで二日酔いに効く魔法などを研究するものか。
「そのうち抜けるだろう。そもそも、今日旅立ちというのにしこたま飲むほうが悪いだろう。我慢しろ。」
ソラが窘めた。ごもっともである。
ダイチはちぇっと舌打ちをしてまた皮袋に口を付けた。
この分だと昼過ぎにはアルコールも抜けるだろう。
陽が真上の位置に来たら少しばかり休憩を取ってやろう。
予定より到着が遅れるが旅とはそんなもんだ。
ソラはそう思うことにした。
後ろを振り向けば未だ、デーシュテル城のトンガリ帽子は高い位置にある。
まだまだ始まったばかりの旅だ。
それは少しばかりの不安と確かな希望が入り混じったとても奇妙な旅の始まり。
ダイチも同じ気持ちだろうか。
いやそれはないな。
ソラはかぶりを振った。
初日の旅は順調に進んでいるようだ。
外には魔界の瘴気に充てられた魔物も彷徨いてはいるが、こと王都へと続く道なりである。
魔物もあまり見かけないし、盗賊の類(山賊など)も見かけない。
それはやはり王都の騎士達の働きが多分に影響している。
ソラもダイチも入隊当初は魔物討伐や盗賊討伐に駆り出されたものだ。
出世してからはそういった事もしなくなったが、これからは討伐も資金稼ぎになってくるだろう。
予定通り、昼頃(時計がないので陽の位置で大体の時間を割り出す)に休息を取り(固い干し肉と乾パンを頬張った)、陽がくれて夜が更けた頃に最初の宿屋町テナー宿屋街に到着した。
テナー宿屋街の松明の火が遠くから見えた時にはソラもダイチも嬉しさのあまり、小走りになってしまった。ーうん。これはここだけの話。ー
いくら元隊長の二人で身体は常日頃鍛えてるからとて、一日中歩けば疲れも出る。
そうなれば身体を癒したいし、野宿ではなく簡素ながらもベッドの上で横たわるのは地面の(一応草は敷くけどな。)上で寝転がるのとは天と地、月とスッポン程違う。
ようやっと着いた宿屋街の一番安価な宿場に宿を取り、各々が一時の我が城に入っていった。
一人一部屋は贅沢?
誰が好き好んで男と二人相部屋で夜を明かす?
だそうだ。
テナー宿屋街は街と名が付いているが、宿場が3軒ほどしかなく、後は呑み屋と簡素な道具屋がそれぞれ1軒ずつあるだけ。
なぜ街と名が付いているのか。
それは国内最大級の宿屋(ここはホテルと呼んだ方が相応しい)リオンがあるからだ。
リオンはデーシュテル国内に35件の宿を有する主に貴族(それも伯爵以上)御用達しの高級宿屋である。
一泊金貨一枚ととてもではないが一般人に敷居の高い宿だ。
基本少し大きな街や港に建っているのが普通だが、ここテナー宿場街は小さいながらも王都への最後の宿場であるし、地方の貴族たちが王都へ向かう際に必ず使うため、需要がある。
その為、町ではなく街と付く宿場なのだ。
もちろん、ソラもダイチも肩書はただの旅の商人(そのくせ商品なんかこれっぽちもない)である為、一番安価な宿に宿泊するのは当然だ。
まあとにかく、野宿じゃなくて簡素ながらも小さなベッドがあるだけで御の字である。
ソラは部屋に入り早速、身に着けていたものをすべて脱ぐことにした。
ベッドに座り、皮のブーツの紐を緩めると麻のフード付きのマントをハンガーに投げ掛けた。
腰に差した二本の刀をベッド脇に立て掛け、
ー何があってもすぐ対応できるようにすぐ横だ。当然ー
麻の服とズボンを脱ぎ、濡らしたタオルで今日一日の身体の垢を丁寧に拭き取った。
そこでようやく煙草に火を点け一息ついた。
ランプの灯の暖かいオレンジ色の明かりが部屋を映し出す。
備え付けなのかベッド脇のサイドテーブルの上にはガラス瓶に入ったラム酒が置いてあった。
ゆらゆらと照らすランプの明かりでは銘柄まではわからないがこの際だ。一杯頂こう。
グラスに注ぎぐびっと一口煽った。
いつの間にか口先にまで近くなった煙草の煙を名残惜しそうに吸い込むと灰皿の上でぎゅっと押し付けて火を消した。
身体は嘘を吐かない。思っていた以上に疲れを溜めていたようで気づけばソラは深い眠りの中に旅立った。
ダイチも全く同じ行動をしたようだ。
どちらの部屋もサイドテーブルの上にはグラスの中、半分ほど残ったラム酒が忘れられた自分の存在を主張するかの様にランプの揺らめく光に照らされていた。
翌朝、二人は示し合わせたかのように宿場街の呑み屋で鉢合わせた。
「よう。しみったれた顔のソラ君、しっかり寝れたか?」
「おはよう。木偶の坊。おかげさまで。」
軽口をたたき合い向かい合わせにテーブルに着く。
すぐさまウェイトレスが注文を取りに来た。
ソラはハムエッグトーストとコーヒーを注文し、ダイチはラムの骨付き肉とワインを注文した。
朝からワインはこの世界では普通である。
というのも、飲み水は大量に保存するシステムは存在していないのが現状だ。
また大陸に於いては水は硬水が多く、蒸留・煮沸しなければ飲用に適さない。
その為、コーヒーやワイン、また探検家や旅の商人などに関してはラム酒などの保存の効くアルコール類を摂取する場合がほとんどである。
ワインとコーヒーが届き、二人は今後の計画を練る。
「クレタを通るルートでこの先、ローデン・マルク辺境伯領に向かうのがいいんじゃないか?」
ダイチは真剣な表情で提案する。大きな身体に似合わずワインを優雅に口に含んだ。
「一般的なルートだな。道も舗装されているし、危険が少ない。でも日数がかかるだろう。」
ソラは少し思案する。
「このまま西に向かってゴルガド大森林を迂回するか?町や村も少ないぞ。」危険じゃないか?とダイチは忠告した。
二人の話の様に、ローデン・マルク辺境伯領に行くためには二つのルートが存在する。一つはダイチが言った通りクレタと言う街を経由したルートであり、路も舗装されていて危険が少なく一般的な旅人が経由するルートだ。ただ一度真南へ下り西へ折れる為に日数がかかってしまう。
もう一方のルートはゴルガド大森林を迂回するルートだ。このルートは、彼のフラン君主国が我がデーシュテル国に侵攻してくる際、兵士たちが王都からローデンマルク辺境伯領に向かう際に使用する。日数は大幅に短縮できるが、このゴルガド大森林は森が深く、多種多様の生き物が存在する。
生き物とは言っても動物だけでなく、魔物の種類の方が多く存在する。
その分、資源もこの地では豊富に採れるのだが、命の危険を晒してまでゴルガド大森林に向かう命知らずなバカはそうはいない。
ここでは捕食者も簡単に被捕食者に成り下がる。
「急ぐ旅じゃないけど、国を離れる前にはあそこも見て廻りたい。」
いいか?とソラはダイチに意見を求めた。
注文していた食事がテーブルに並べられる。
「お前の決定には従うつもりだから構わないが、二人じゃ心許ないか?」
ダイチは骨付き肉に齧り付いた。
滴る油とラム肉の豊潤な香りがソラの食欲を刺激する。
今になってトーストを頼んだ事に少しばかりの後悔を感じたが、そこは悔やんでも仕方ない事だとソラはトーストを頬張る。
ハムと卵の上にどっかりと居座る溶けたチーズが、糸を引く様に伸びた。(うん。これはこれで旨い。)
「まぁ森の中に入るつもりもないし、横切るだけだから大丈夫だと思う。」
何度か通った道だから勝手もわかるだろうとソラは更にトーストを頬張った。
「なら今日は野宿だな。これを食ったら横の道具屋に立ち寄ろう。そのルートだと猫の町イグルを経由するな。」
ダイチの提案にソラは相槌を打ちながらも今度は俺もラム肉にしようなどと全く違う事を考えていたのはここだけの話。




