第二話 謁見
階段を登り切ったソラとダイチの目の前には大きな木製の扉が姿を現した。
大きな扉にさらに申し訳程度に小さな扉が付いていた。
ソラとダイチはその小さな扉を開け中へと入った。
ここが玉座のある謁見の間だ。
玉座にはジョージ王がすでに鎮座しており、軽く目を閉じていた。
ソラとダイチは片膝を立て頭を低くした。
「軍事総隊長のソラ・ブラフォード、第一部隊隊長ダイチ・ブラフォード参りました!」
「うむ。良いから表を上げい。話もしづらい。」
ソラとダイチは、立ち上がり右手を握りしめ、左手で右手首を握った。
これは武器を持たず、手を隠さない事で相手に敵意がなく隠し事もないことを示す、デーシュテル国の軍人たちの習わしである。
「唐突な申し付けではあるが、本日これより二人には引退してもらいたい」
ソラとダイチは驚愕し、目を合わせたのは言うまでもない。
ーどうした?とうとうぼけたか?くそ爺。-
ソラは内心やくたいをついた。
というのも、フラン君主国は軍を編成中と情報が入っているし、
二人が隊長に就いてからの功績は我ながら他に類を見ないとも自負している。
それなのに今日いきなりの引退とは。
これは態の良いクビと何ら変わりはない。
ソラは思案しながらもジョージ王の目を見つめる。
この世界に於いても上位に就くほどの裕福な国の頂点に立つ男である。
威厳のある目つきに腹の内までのぞき込まれているのではないかとソラは身震いをした。
「陛下、仰ってる意味が我々には理解できないのですが。」
幾分兵上がりなものでして、とダイチが困りながら頭を掻いた。
「うむ。順を追って話そうか。ときにソラよ、おぬしは今の世界をどう見る?」
「はっ。近国に於いてはやはり目立つのはフラン君主国の軍の編成。またその南に位置するレードッグ国に至っては彼のフラン君主国との同盟を結んだと聞き及んでます。さらにエルフ族やドワーフの姿もここ数か月、王都でもあまり見かけなくなりました。が、それが?」
急に問われたソラは困惑しながらも、返事を返した。
「左様。此のところの世界の情勢がおかしいのはおぬし等も知っての通りだ。魔の者の干渉も最近頻繁に起きておる。敏感なのはエルフ族だ。最近は表に出ず森に引っ込んでしまった。」
エルフとは、基本森に集落を築きあまり外の世界に干渉しない(やたらと外の世界に関心を持つものもいるが、それは稀に見る例外だ)。
また聖なる書から引用すると、
【神は、世界の記録書の保持の権利をエルフ族に申し付け錫た。嘘を嫌い、理を重んじる彼らにしかできないと、、、、】
なるほど。
とにかく、エルフ族自体が外の世界であまり見かけることはないが、彼らも生きてく上では交易も貿易も必要であり、豊かな国の主要都市では数こそ少ないもののちょくちょくと見かけるものだ。
「そこでだ。お主らには国を離れ、世界を観て廻ってきてほしいのだ。可能であれば魔の者の干渉の原因も探って欲しい。実際にも隣国のフラン君主国に於いても魔の者の姿の目撃も相次いでおる。間者からの情報では、フラン君主国とレードッグ国の同盟も魔の者が暗躍しているらしい。」
ダイチがちらりとソラを見やる。
王の言う魔の者とは、悪魔の事である。
悪魔は基本、魔界に棲家を持ち(ジパング国では地獄と呼ばれる)、基本的にはこちらの世界にはあまり干渉しない。
稀に悪魔崇拝者などによる【血の契約】などがあるが、それは契約を交わした者のみの干渉であり、悪魔自体の目撃が相次ぐということが異例だ。
「お言葉ですが、陛下。ソラと魔の者の因縁をお忘れで?」
ダイチが言葉を返す。
「理解しておる。だからこそだ。今のソラは塞ぎこむことが多すぎる。無論、魔の者との因縁が原因であろう。この広い世界を見渡せば、何故あの時エレナが魔の者の手にかかったのか、何故あの時なのか?自ずと答えは見つかるのでは?と思うのだ。そしてソラを支えれる人間はダイチ。お前だけだ。」
ソラはそんなジョージ王とダイチのやり取りに一人思案する。
ーそうだ。何故エレナは殺されなければならなかったのか?-
ー何故魔の者は俺を生かしたのか?-
ーその答えを知りたい。-
ー願わくば復讐を果たしたいー
あの悪魔をこの手で殺したい。
エレナは首を切られた。なら俺は奴の四肢をすべて切り落としてやる。
そして、、、
「ソラ!?」
ソラはダイチの呼び声で思案の世界から引き戻された。
「あっ悪い。」
ソラはバツが悪そうに謝罪の言葉を吐く。
「ワシにもあの時の事件には疑問を思うことがある。それを探るにもソラとダイチ。おぬし等しかおらん。」
どうだ?引き受けてくれんか?とジョージ王が問いかける。
「陛下。」
ソラがようやっと言葉を発した。
「俺、、いや、私は過去の事件に蓋を出来ずに今まで生きてきました。もし、国を離れ世界を観て悪魔、魔の者との関わりを持てる事は、過去の事件の核心をつけるのではないかと私も思います。この申し出、快く引き受けさせて頂きます。」
ソラはダイチをちらりと見やる。
「ですが、陛下。引退とは言っても兵務の引継ぎはどうなされるので?なにぶん唐突な話でして何の準備も出来ていないのですが。」
ダイチも観念したのか、ふぅーと息を吐きジョージ王に問う。
「心配はない。もう引き継ぎは完了しておる。おぬし等には身支度が整い次第、すぐにでも出発して欲しい。」
重ね重ね申し訳ない。と王が頭を下げる。
「それでは一日ばかしの猶予を頂きたい。我々にも挨拶をしたい人たちがいるので。」
ダイチはソラを見ながら答えた。
「引き受けてもらえるか。一日くらいの猶予は許そう。それでは頼んだぞ。」
その後は、ジョージ王と今後の打ち合わせを行い、
路銀として金貨10枚ずつと商人としての通行書を貰った。
この世界の通貨であるが、国々同士の交易や貿易などはやはり盛んであり、世界共通の価値である、金、銀、銅、鉄のグラム数で取引される。
そのグラム数をより簡易にしたのが貨幣であり、下から鉄貨、銅貨、銀貨、金貨と分けられる。銅貨約30枚で銀貨1枚に相当し、また銀貨約300枚で金貨1枚に相当する。
銅貨1枚で一般成人の一食の飯代に相当すると考えると、金貨10枚という価格は7年は飯(本当に飯代に限るが)の心配をしなくて良いということになる。
商人としての通行書だが、商人とはどの国へ行っても優遇されるものだ。
飢饉を救う(金があるのが前提だが)こともでき、武具の調達、疫病を抑えることも(何度も言うようだが金があればだが)できる。
商人としての通行書があれば各国の関所が通りやすくなる。
また身分証明としての絶大な信用を得ることもできる。
こと高水準のデーシュテル国の商人としてならなおさらだ。
カモフラージュとしての馬車などの貨物(商品)も必要だが。
「唐突な申し入れを聞き入れてくれて済まなんだ。」
とジョージ王が締めくくった。
ソラとダイチはその言葉に右手を後ろにして、左手を握りしめて頭を垂れた。
「ああ。そうだ。まずはローデン辺境伯領に赴くと良い。ローデン辺境伯の所有する馬車は大きく立派だ。この封書には馬車を譲るようにと記してある。」
ローデン辺境伯に渡せばよいとソラとダイチに手渡した。
「ありがとうございます。それでは身支度が整い次第ローデン辺境伯領へ赴きたいと思います。」
その言葉を聞き、ジョージ王は二人を見つめながら一つ頷く。
「今日これより、軍事総隊長ソラと第一部隊隊長ダイチの両名の兵務を解任する!さらに両名は国を離れ我が与えた重要な任務を遂行すべく、世界に旅立つ!二人の崇高なる旅に敬意を表して皆の者敬礼!!」
ジョージ王の威厳ある声が王の間、いや城中に響き渡った。
その声を待ってましたとばかりに王の間の扉が開き、甲冑を着た何百もの兵士たちが一斉に入間し、整列した。
真ん中に二人が通るであろう幅3メートルほどの道を作り、兵士達は向かい合わせに整列する。そして右手を後ろにして左手を握りしめて頭を垂れた。
「なんと大袈裟な。」
ダイチはそっぽを向いた。
ソラはそんなダイチに苦笑いして、その兵隊が作った道を歩く。
ダイチもソラに続いた。
二人の歩く様は堂々として、隊長の座を降りるには勿体ないとその場に居た者は後に語ったと言う。
そんな二人の背中を王デーシュテルは見送りながら、ため息を吐いた。
その日の夜。
ソラもダイチも身支度を整え、二人の父替わりであったトーマス・ブラフォードのもとへと赴いた。
他の誰よりもこの国で挨拶をしておきたかった人物である。
「久しぶりだな。二人とも。」
トーマスはグラスにワインを注いでソラとダイチに手渡した。
「もう会えなくなるけどな。」
ダイチは渡されたワインを一気に煽った。
「話は聞いた。どうだ?心境は。」
空になったダイチのグラスにワインを注ぎながらトーマスは二人に問う。
「これも運命だと、受け入れてます。ダイチはどうかわからないけど。」
ダイチをちらりと見ながらソラが答えた。
トーマスもそれに倣いダイチを見やる。
ダイチは二人の視線を引き受けたままグラスのワインを眺めた。
「俺は、正直この国の兵隊であることに満足したつもりはない。ソラが兵隊に志願したから俺も成り行きで志願しただけだ。」
ダイチは話しながら煙草に火を点けた。そして続ける。
「今回の事は急だったからふざけんなとも思ったが、今じゃこれが良いと思っている。あのくそやくたいもない事件からソラが変わった。あまりいい意味じゃなくてな。それなら思い出のあるこの国を捨てて二人でやり直すには丁度良いと思った。」
タバコの煙を吸い込んだ。煙草の先の明かりが強くなった。
「ほんにお前はソラを慕っているな。陛下の内心は俺にもわからんが、あの方の事だ。なにか考えがあるとは思うのだが。」
どんな考えかはわからんがなとトーマスは締めた。
その後、3人は夜更けまで呑み続けた。
今後の事や施設での思い出の話、話す事は尽きない。
親子が酒を酌み交わす様に、3人は今日という日を楽しんだ。
燭台の火がゆらゆらと照らす中、煙とアルコールの匂いが部屋を彩る。
そうして夜は明けていった。
ジョージ・デーシュテル5世。
現デーシュテル国の王である。
聡明でまた武術にも長けた、この世の強者であった。
だがそんな彼にも大きな悩みを抱えていた。
それは王であろうとも人では解決しうる事が出来ないほど大きな悩みであった。
ソラとダイチは急な(しかもあまりにも非常識な)命令をしたところだ。
いきなり兵務を投げうって世界へ出ろなどと一国の国王が放つ言葉ではない。
ソラとダイチは先刻、人知れず王都を発ったと報告を受けている。
ー仕事が早いものだー
それもそうか。とすっかり陽も落ち、燭台の火の光の下、自室のダイニングで茶を啜る。
ジョージ・デーシュテルも世界の異変にはいち早く気づいていた。
世界の記録者である、エルフ族の報告(お抱えのエルフの族長と親しい)によれば、異界の者の干渉がここ数年著しく増えているという。
その報せを受け、ジョージ・デーシュテルは王直属の諜報部員に世界の情勢を調べさせた。
そこで一つの仮説へと思い至った。
それは世界を脅かすほどの仮説でもあった。
世界4大国の一つ、亀を示すデーシュテル国としての責務を全うしようと考えた矢先に、、、
「ご苦労であったな。」
ジョージ・デーシュテルの肩に黒く長い爪を保した手が置かれた。
「災厄めが。あの二人を旅立たせ何を企んでおる!」
ジョージ・デーシュテルは肩越しに威厳を放つ眼を向けその手の持ち主に叫んだ。
「ふふふ」
不気味な笑い声だけが木霊し、その者の姿はとうに消え失せてしまっていた。
「許せ。ソラとダイチよ。」
ジョージ・デーシュテルのつぶやきがむなしく燭台の火の下に溶け込んでいった。




