第一話 ソラとダイチ
ふと目をあけると未だ真っ暗な世界がそこにあった。
感覚的には夜明け前といったところか。
太陽よりも先に起きてしまったな。
そんなことを思うと暖炉に向かう。
まだ燻っている小さな火が灯となり部屋を淡く照らしている。
その火の上に掛けてある(常にお湯を絶やさないようにしてるんだ)やかんをとり、煎じたコーヒー豆を入れたカップに注ぐ。
すぐにコーヒーの(いやあるいは大人の)香りが鼻をつついた。
ずずっとコーヒーを一口口に含み、紙煙草に火を付けた。
暖炉の淡い光の先に青白い煙がゆっくりと上に登って行った。
目覚めに効くカフェインと寝起きの身体には刺激の強い紫煙が体に浸み渡り、体が一瞬宙に浮く(気がした)。
もうすぐ日の出だ。
ここでようやくソラ ブラフォード(現・軍事総隊長)は窓に目をやった。
東の空がうっすらとだが確実に明るくなっていく。
窓ガラスは外の寒さと部屋の気温差で白く曇っているのが、外の寒さを物語っている。
ソラは窓を軽く手でこすり、しばし外の光景に黄昏た。
手に持つカップからは湯気がたっているし、たばこからは煙が上がっている。
その二つが混じり合いながらソラの鼻の奥へ大人の香りと化して侵入を試む。
ソラはそんな侵入を拒まず、いや受け入れまたコーヒーと煙草の煙を体内に取り込んだ。
吸い込んだ煙草の炎が明るくなり窓ガラスに映った。
今日も外は寒そうだ。
窓ガラスは磨りガラスの如き曇っている。
俺の心もそんなものだ、、、
ソラは未だ失ったものを追い続けている。
最愛の人エレナを。
亡くなってからもう数年も経つのに彼の心の中にはエレナが存在し続けている。
もうこの世に存在しない事は理解しているし、戻って来ない事も理解出来ているものの、彼女の存在を過去には出来ないでいた。
そしてこうやって1人になると考えてしまう。
センチメンタルで女々しい奴だと笑う奴は笑えばいい。
そんな事を言った奴もいた。
そして無理に過去になんかしなくてもいいとも。
ふぅ、、、と自嘲にも似た息が溢れる。
こんな事じゃエレナにどやされる。
ソラはバシっと両手で顔を叩くと残りのコーヒーを一気に煽った。
また今日が始まった。
もう一度寝るには遅いし、今日の予定を確認する。
今日は国王との謁見が朝一番からある。
彼の相棒で同僚のダイチ ブラフォードと共に。
同じブラフォードの性だが血縁関係はない。
というのも、同じブラフォード孤児院の出だからだ。
2人共が戦争で両親を失い、ブラフォード孤児院はそんな孤児を保護する国立の孤児院であり、また英才教育を施し兵士を作りあげる施設でもあった。
だが、大人になった孤児達全員が兵士になるというわけではなく、孤児達の意思や夢も尊重される。
それもこの世界各国の中で、上位の豊かさと治安の良さが大きく関係しているのは言うまでもない。めでたしめでたし。
とにかく兵士として、もちろんそれ以外にもすべてのジャンルに精通して孤児を育て上げるブラフォード孤児院にて2人は幼少期から育ち、優秀な兵士
ー隊長だよ。二人共。そこは間違えないでもらいたいー
として国を守っていた。
そんな2人が揃って王の謁見を(しかも王からの要望で)する事は何か重要な事に間違いない。
なんて1人考え事をしているともう朝日が地平線の向こうから顔を出していた。おはよう。
ソラは空になったカップを置いて、騎士の服装に着替える。
今日は城に赴く必要がある為、鎧やチェーンメイルなどの格好はしない。
綺麗な折り目の付いた麻の服を着て、ビロードのマントを羽織った。
頭に真紅のフード。ガーター、星章を付ければ準備完了だ。
そしていつも御守り代わりに(いやこのご時世じゃ護身用だ)いつも腰に差してる小刀をマントの下に差した。
小刀は遥か東に浮かぶ島国ジパングが誇る侍と言う騎士達(騎士と呼ぶのが相応しいのかどうかは知らないが)が愛用し、また常に持ち歩く護身用の刀である。
刀と同じ少し反った刀身に鍔が付いてあり、組紐で装飾された柄が特徴だ。
この国で刀を好んで使う人間はそうはいない。
達人でもなければ刃こぼれはするし、手入れを怠ると斬れ味はすぐに落ちてしまう。
だが達人であれば鉄をも斬ることができる。
そしてソラは居合いという剣術をマスターし、充分に達人と呼べる域に達している。なるほど。
もう一度窓から外を見やれば冬の晴天気らしい暖かな日差しが彼を包み込んだ。
踵を返し、ドアに手をかけ手を翳し(この時親指と人差し指を軽く付けるのがコツだ)
横へスライドさせ家から出た。
その仕草を待っていたかのように、まだ暖炉で燻っていた火は音もなく完全に消え失せた。
この世において魔法というのは切っても切れない物で暖炉の火起こしや部屋の照明の様な日常生活から、さらに様々な分野で魔法という存在は必要不可欠なものである。
魔法の発展こそが人々の生活を豊かにさせ、それに着いて行く様に科学も発展していった。
魔法を使える者がどの分野においても重宝されるのは想像に難しくないだろう。
戦争であれば弓や大砲以上の殺戮も可能であるし、魔法を扱う者が道具に魔力を込めればそれは立派な魔具となり人々の生活にも役立つ。
ソラは魔法を扱うのにも長け、どの分野も卒なくこなす事ができる人間であった。
(だから現・軍事総隊長なんだよ)
街は朝だというのにとても賑やかだ。
通りという通りに市が立ち、食材や魔具、アクセサリーなどが売っている。
どの店も陽気で冬の寒さなど感じさせないほど活気溢れてた。
黒白黄の人々に、耳が尖った人種や背が低く髭もじゃな人種、耳や鼻など顔の一部が動物の特徴を持つ亜人。
全ての人種が分け隔たりなくこの街では商売に勤しみ、生活をし笑う。
その光景を当たり前であるかのようにソラは城へと真っ直ぐに歩を進めた。
この国、ソラ達の住むデーシュテル国は大陸の北に位置する。
南の国に比べれば気温はやや低いが、しっかりと四季があり、四季折々の景色が楽しめる。
また産業も盛んで、魔法の使えないものも技術さえあれば重宝される。
国民の生活水準も他国に比べ高く、貧富の差も小さい。
王都は国のほぼ中心(やや西)にあり、その王都のさらに中心に王の住む城が堂々と聳え立つ。
城は本殿の周りに4つの塔があり、近づけば見上げても城の天辺は見れないほど高い。
屋根はとんがり帽の様に三角形を型取りピンクの色が白を基調にした外壁にマッチしている。
門も10mああろうかと高く、ずっしりとした扉はどの様な外敵からも城を守る事が出来るだろう。
そんな門の前に、ダイチ・ブラフォードは立っていた。
正装であるビロードやフードなどは一切身につけず、ぴっちりとした麻の服のみを身につけている。
2mを越す巨体に、その巨体に負けない程大きな戦斧を背負い腰にはこれまた大きなダガーナイフを携えていた。
そんな彼がソラに顔を向け、手を挙げ挨拶をしてきた。
「よう。しみったれた顔の総隊長さん」
にかっと笑ってみせるその顔に皮肉の色は全く見えない。
ソラは苦笑いを一つし、彼に歩み寄った。
「よう。木偶の坊」
こんなやり取りは彼らにはごく自然に当たり前の日常だ。
「はっ。小男に言われちゃ世話ねえや。ところでフラン君主国がまた国境を越えて軍隊を編成したらしい」
「ってことはやっぱり今回の謁見もフラン君主国の事か?」
フラン君主国とは現在デーシュテル国において最もの脅威と言っても過言ではない。
何故ならデーシュテル国とフラン君主国は戦争中であり、布告理由も曖昧で幼稚である。
一節によると
【南の国の我が国の敵デーシュテルは我々の領土である土地を勝手に占領し、我が物顔でその土地に住み着いた。これは我らが土地を取り返さんとする聖戦である。-以下略ー】
言いがかりにも程がある。
そういった事実は存在しないが、フラン君主国民はその言葉を信じてやまない。
(フラン君主国王も暗愚だが、その煽りに沸き立つ国民も暗愚だ)
だが国境を越えてくるのはバカでは済ませれない。
近国との交易にも差し支えてくるのはもちろん、何よりデーシュテル国民に不安が蔓延するだろう。
小虫が足元をうろつくのは構わないが、目の前をブンブン飛び回るのであれば叩き落とすしかあるまい。
「だが、いつになったらこの戦争に終わりが来るのかね?」
ソラはダイチと共に城内へと足を運ぶ。
「まあ向こうにいるスパイからの情報じゃ国庫も底をついたらしい。民衆からの税金を増やして何とか軍事にお金をかけてるんだとよ。ほらこの国も難民を受け入れてるだろ?」
人が良いというか国が良いというのか...とごちりながらダイチはため息をついた。
「じゃ国営が崩れるのも時間の問題って訳か。そうであってもこうもちょっかいばかりかけてこられるとどうもなー。」
互いに隊長であるが故にこの手の話題には暇がない。
なにせ国を。兵士を。数多の命を背負って戦前に立つのだから。
二人はそんな話をしながら門をくぐった。
門をくぐるとそこは息を飲むような光景に旅人や各要人たちは心を和ませる。
「妖精の住む庭」と称される程の美しい庭があるのだ。
庭の真ん中には綺麗に装飾された道が城内へと誘う。
白を基調にバラの木が道に沿う様に並べられ、バラの花の下には赤や黄の花々がバラの花の美しさを引き立たす。
道を進めば池があり、池には綺麗な魚たちが来客者を喜ばしてくれる。
さらに道を進むと広場があり、隅には先ほどの池に負けないほど美しい噴水が設置されている。
噴水の前にようやく城への扉が姿を現し、そこに二人の兵士が門番をしている。
背筋をきちんと伸ばして身動き一つしない姿は、甲冑の置物と見間違える程だ。
兵士たちがソラとダイチを見つけると、左手を後ろに右手は強く握りしめたまま胸へと持っていく。そして首を垂れる。
これがこの国の正式な挨拶の習わしだ。
ソラとダイチもこの姿に倣う。
規律を重んじるデーシュテル軍は、兵務中に軽々と言葉を交わさない。
これで挨拶と労いの意がこもっている。
ソラとダイチは二人の兵士の間を通り、城へ入城した。
天にまで届きそうな吹き抜けのエントランスには備え付けられたステンドガラスから日光を浴び、神秘的な光景を作り上げている。
上を見上げると「聖なる書」のワンシーンを描いた絵画が目に映る。
ソラもダイチも駆け出しの頃は、この絵に魅了されたものだ。
ソラとダイチもその思い入れのある絵を一瞥し、正面にある大きな階段を上っていったのだった。




