悪役令嬢、処刑前夜
何が悪かったのか、どこを間違えたのか。
考えれば考えるほど、私が生まれてきてしまった事が間違いだったのだと思ってしまう。
地位と権力を持つ家の娘に生まれ、派手な容姿に、自分が正義と信じて疑わない性格。誰かを陥れる事はしたことがないが、結果的にそうなった出来事はあるだろう。
第一王子の婚約者として、貴族の頂点に立つ者として恥ずかしくないように振舞ってきたつもりだ。背伸びをして、誰にも弱さを見せずに、必死に立ってきた。
だが、それが過剰な忖度を生み、真に私を思いやる人間を遠ざけてしまった。
「君がやったのか……」
「違います、私ではありません!!」
その私の否定は、私を陥れようとする人間によってかき消される。
婚約者である第一王子暗殺未遂。謂れのない罪。
彼の飲み物に毒物を入れ、殺害しようとした容疑で私は投獄された。
「……君は高潔な人だ。悪い噂はいくつも聞いていたが、それでも私は君を信じている」
面会にやってきた殿下の表情は私を蔑むものではなく、悲しみに満ちていた。
私を信じてくれていた事に、私は救われ、この人の為に最後に出来ることはなんだろうかと思考を巡らせる。
「ありがとうございます、信じていただけた事を嬉しく思います」
「けれどね、調べれば調べるほど君が犯人だという証拠が積みあがっていくんだ」
「そう、でしょうね……」
「用意周到に君を陥れる為に用意されたシナリオだ。私の暗殺未遂を契機に、君の悪事として様々な事が世間に公表され、世論は君の処刑を望んでいる。おそらく明日には処刑が確定し、即時実行される」
「殿下、全ては私の責任です。あなたが思い悩む必要は何もございません」
「だが!」
「”盃”をいただけますか?」
「っ……!ダメだ、私がなんとかするから……!!」
「大きく燃え上がった炎を消すには多くの人の協力が必要でしょう?けれど、私を助けるために殿下に力を貸すものは皆無でしょう。私はこれ以上あなたのお手を煩わせるのは嫌なのです」
「ミリー、私は君の為ならどんな事でもすると誓っただろう!?」
「ええ、私もあなたの為ならどのようなこともすると誓いました、ウィリアム様」
初めて口づけを交わした時、お互いに誓った事だ。
天にも昇るほどの幸せの中、この人の為ならどんな事だって出来る、して見せると。
「だからって、どうして……」
「早いか遅いかの違い、でしょう?」
「君が幸せになる工程が抜けている」
「あなたに出会ってからは幸せでした」
「……だったら簡単に捨てるなよ!!」
その言葉に微笑み、檻の中から彼の頬に手を伸ばす。
彼の零れる涙を親指で拭い「ご尽力に感謝いたします」と告げた。
「ミリー、ダメだ。絶対にダメだ。諦めないでくれ、頼むから……!」
「もし、もしも、私の容疑が晴れたとしましょう。けれど私とあなたの道は交わらない。このような問題を起こしたのですから、ウィリアム様との婚約は破棄される。利用価値のない私は家から追い出される。その先は、静かにあなたの幸せを祈る為に修道院に行くのもいいかもしれませんね」
私の手に手を重ね、益々泣いてしまう彼を抱きしめることはもうできない。
容疑段階で罪が確定していない今夜なら、まだ私は第一王子の婚約者であったミリエルとして死ぬことができる。
「あなたの婚約者として死なせてください、ウィル様」
「……諦める理由はなんだ」
「え?」
「君は高潔な人だ。悪事は許さない人だ。今、君は陥れられているにも関わらず、諦めている。その理由はどこにある?許してはいけない悪があるのに」
「だって、私が生まれたことが間違いでしょう?」
私は父の愛人から生まれた子供だ。他家に嫁ぐという利用価値があったため、生まれてすぐ父に引き取られた。本当の出生については伏せられおり、第一王子の婚約者としても問題ないと扱われている。
けれど、家族の愛を与えられてきたわけではない。身体的な虐待こそされなかったものの、父や本妻、その子供からはいないものとして扱われたし、屋敷とは別に住まいを与えられていたから年に数度顔を合せる程度だった。
父に認められたくて、様々な事を頑張って、父に褒められたくて第一王子の婚約者として選ばれるように努力した。
顔色を読むのは得意だった事と、ウィリアム様も同じように孤独を抱えていたという事もあり、彼の意向で私が選ばれた。
そこからずっと幸せだった。
私を大事にしてくれるウィリアム様を大事にしたいと思ったし、注がれる愛情と同じだけ彼を愛したいと思った。
だから、頑張った。
第一王子の婚約者として、ほかの貴族の手本になるように、ずっとずっと頑張ってきた。
でも、間違っていたのだ。
貴族らしくないと他の人間を指摘することも、悪事を暴くことも、風紀を正そうとすることも全部間違いだった。
私が思う正しさを押し付けていただけだった。
「私はミリーに出会えた事が幸せだった」
「はい」
「だから、君が生まれてきた事が間違いだとは思わない」
「はい」
「ほかにも理由があるんだろう?」
「……疲れたのです。私はいつまで頑張ればいいのですか?」
頑張った結果がこれではもう頑張る意味がないではないか。
何をやっても恨みを買い、陥れようとする者が増える。それをどうにかしようと頑張れば、また別のところで恨みを買う。そんないたちごっこをいつまで続ければいい?
「それは死を選ぶほどに辛く、苦しいことだったか?」
「楽になりたい、ただそれだけです。それに、今ならば世間的に罪のない綺麗な私でいられるでしょう?」
「……分かった。明朝、手配する」
「ありがとうございます、殿下」
私の手を取り、唇を落とした彼は何事かを囁いたがとても小さく聞き取れなかった。
#ウィリアム視点
ミリエルが逝った。
私が手渡した毒の盃を、彼女は迷いなく飲み干した。
苦痛にその身を震わせながらも、最期まで私を見つめ、微笑もうとしていた彼女を私は見ている事しかできなかった。
安置所に横たわる彼女の顔は、驚くほどに穏やかで、ようやく苦しみから解放され、深い眠りにつけたかと安堵した。
「ミリー」
冷たくなった唇へ口づけする。
おとぎ話ならばミリエルはここで目覚めるだろうけれど、残念ながらこれは現実だ。
私はずっと孤独だった
そんな孤独を救い上げてくれたのがミリエルだった。
妙に人の心を読むのがうまくて、欲しい言葉を惜しげもなくくれるミリエルに恋をし、愛した。
彼女が婚約者となることに周囲は難色を示したが、私がミリエルでなければ誰とも結婚しないと口にすれば渋々ながらも認められた。
幸せだった。ただ、ミリエルが傍にいるだけで幸せだった。
ミリエルとならどんなことでも乗り越えられると思っていた。
だが、今回のことは乗り越えられなかった。
ミリエルの悪い噂は知っていた。
人の目を引くタイプであるし、正義感が強いので強く他人に当たることも多くあった。
でも、それがミリエルの良いところであるし、いつか周りも分かるだろうと思っていた。
それが甘かったのだ。
気づいたときには手遅れだった。
私の暗殺未遂について調べれば調べるほど、ミリエルが犯人であるという証拠しかでてこない。
ひとつの綻びもない用意周到に実行された計画だった。
そして、ミリエルの悪事として様々な事が世の中に流布し、炎は燃え上がった。
消せなかった。
大事なミリエルを守れなかった。ただ、ただ後悔が募る。
だが……
「待たせてごめんね、ミリー」
”私も一緒に行くから、安心して。”
最後の別れの時、ミリエルには聞こえなかっただろうが、私は彼女にそう言った。
彼女が決意したなら、私に未練はない。
ミリエルのいない世界など意味がないのだから。
ポケットに忍ばせていた小瓶の液体を煽る。
喉を焼くような苦痛すら、彼女と同じものを分かち合えているのだと思うと、ひどく幸福だった。
”ウィル様!”
遠のく意識の中、幸せそうに笑いこちらに手を伸ばすミリエルに手を伸ばした。




