第4話 堕ちる螺旋、愛の完成
父の書斎に響くのは、二つの鼓動だけだった。
私が与えた冒涜的なキスは、父の中の最後の矜持を焼き尽くし、私の中の歪んだ愛をさらに深く加速させた。父は椅子に縛られ、私が作った首輪に繋がれている。その姿は、かつて私が軽蔑していた、ただ優しいだけの弱い男とは似ても似つかなかった。彼は今、私の前で、私だけの「ご主人様」であり、同時に、私の最も忠実な「犬」でもあった。
「お父様、あなたのお望みは、何?」
私は、父の耳元で囁いた。父は、言葉を発することができない。ただ、その瞳に宿る熱狂が、彼の心のすべてを物語っていた。彼の視線は、私が唇を重ねた場所から、私の首、そして私の腰へと、熱い視線を這わせる。
「私のことを、もっと知りたかったでしょう? 母の代わりに、あなたのすべてを受け入れる私のことを」
私は、ゆっくりと自らの衣服に手をかけた。一つ、また一つと、宝生家の女としての仮面を剥がすように、服を脱ぎ去っていく。白い肌が、父の視線に晒されるたびに、父の呼吸が荒くなっていく。その反応が、私の心を震わせた。この支配の連鎖は、私が与える快楽によって、より強固なものになる。
私は、父の膝の上に跨るようにして座った。父の体に伝わる私の肌の温もり。その官能的な刺激に、父は身悶え、縛られた腕を震わせた。私は彼の口元に指を当て、静かに微笑んだ。
「静かに。あなたは、私に躾けられているのよ」
その言葉は、私自身が過去に父から受けたものだった。私が父にかけた呪いは、今、父を蝕んでいた。父の瞳には、屈辱と快楽、そして私への底なしの愛が混じり合っていた。
私は、父の首にかけられた首輪に触れた。父が母に与えた支配の象徴。今、それは私と父を繋ぐ、倒錯した愛の鎖となっていた。
「この首輪は、母のものでしょ? 私の首輪は、あなたのために作ったもの。あなたのご主人様である、私がね」
私は、父の首に、優しく、そして強くキスをした。その感触は、私が父の唇に感じたものよりも、ずっと官能的だった。父は、私の行為に耐えられず、小さな悲鳴のような声を上げた。
その夜、私たちは書斎の床の上で、互いの魂を貪り合った。それは、肉体的な行為というよりも、精神的な、そして存在そのものを賭けた戦いだった。私は、父を完全に支配し、彼の心の隅々までを私の色に染め上げていく。父もまた、その支配に身を任せることで、私という存在を完全に独占しようとしていた。
「ああ、美咲……」
父の声が、私の名前を呼んだ。その声は、かつて私を「当主候補」として見ていた声ではなかった。それは、ただ一人の女性、ただ一人の「愛しい人」を呼ぶ声だった。
私は、父の胸に顔を埋めた。父の心臓の鼓動が、私の頬に伝わってくる。その鼓動は、狂おしいほどの愛と、歪んだ幸福で満ちていた。
「もう、離さないから。あなたも、私を離さないで」
私は、父の首に回した腕に力を込めた。父の支配を望んだのは私だった。しかし、今は違う。私は、この愛の螺旋を、自らの手で完成させようとしていた。父という存在を、私の支配下におくことで、私は母を越え、父の愛を独占し、そして、私自身の存在を確立しようとしていた。
翌朝、私は父の部屋で目を覚ました。隣には、疲れた顔で眠る父の姿があった。彼の首には、私が作った首輪がまだ巻かれている。私は、そっとその首輪に触れた。冷たい革の感触。それは、私たち二人の秘密、そして、永遠に続く呪いの証だった。
私は、その日も妖魔討伐へと向かった。しかし、もう以前のような虚しさは感じなかった。私の心は、父の存在によって満たされている。そして、この歪んだ愛こそが、私を最強の宝生家の女へと押し上げていくのだと確信していた。
だが、その日の夕方、私はとある噂を耳にした。
「宝生家のご当主が、女中の部屋で……」
メイドたちが、ひそひそと囁きあっている。その視線は、憐れみと嘲笑に満ちていた。
「当主候補の美咲様が、おかわいそうに」
父が、他の女と……?
私の頭の中は、一瞬にして真っ白になった。父は、私だけの「ご主人様」ではなかったのか? 父は、私だけの「犬」ではなかったのか?
激しい怒りと、言いようのない絶望が、私の心を支配した。父の愛は、私だけのものではなかったのか。母が死んだ後も、彼は他の女に、あの「支配」を与えていたのか。
私は、足早に屋敷へと戻った。父の書斎は、静まり返っている。私は、父の部屋へと向かった。ドアを開けると、そこには、私が与えた首輪を外し、安らかに眠る父の姿があった。
私は、父のベッドの横に立ち尽くした。私の手は、妖魔を討伐する剣を握りしめ、震えている。
「なぜ、他の女に?」
私の心の中は、問いかけでいっぱいだった。父の愛を独占したと思っていたのに。父の支配は、私だけのものだと思っていたのに。
私は、父の首に巻かれていた首輪を手に取った。それは、私が作った、父の「犬」である証。
そして、私は、その首輪を、自分の首にかけた。
冷たい革の感触。それは、父が与えてくれた、支配の温もりではなかった。それは、父から与えられた、残酷な裏切りの感触だった。
その夜、私は、父に殺される夢を見た。父は、私に与えた首輪を強く締め付け、私の呼吸を奪っていく。その瞳には、かつて私に向けられていた熱狂的な愛ではなく、冷たい、無表情な光が宿っていた。
目が覚めると、私は、自分の首を、自分の手で強く締めていることに気づいた。そして、私は、自分の首から首輪を外し、それを、まるで獲物を狩るかのように、父の首に強く巻き付けた。
「お父様。今夜は、あなたに、私を殺させてあげる。その代わりに、あなたは、私だけのものになりなさい」
父の瞳が、驚きと、そして、恍惚に満ちた光を宿した。
私は、この歪んだ愛の螺旋の、最後のピースを埋めようとしていた。それは、互いを殺し合うことでしか得られない、究極の支配。そして、永遠に続く、二人だけの愛の完成だった。




