目が覚めると
朝起きて、目が覚めると異世界にきていた。
その世界では家で飼っている金魚が人魚になっている世界だった。
もといた世界で飼っていた金魚は橙色が薄れて白が混じっていて大きさは、おはぎ位の琉金1匹だった。長さは尾びれも入れると16cm位。60cm×30cm×35cmの水槽に1匹だけ飼っていた。もともとは4、5匹いて何となく飼っていて、次々に老衰等で死んで今は1匹だけになっただけで特に思い入れもなく、名前もつけていなかった。
この世界の人魚は金魚だった時と同じく話は出来ない。なので何が食べたいとか聞いても答えないためわからない。
餌は金魚の時にあげていた餌と同じものを数種類あげている。フレーク状の餌だったり、丸い固形状の餌だったりする。餌は黄土色一色の餌だったり、赤や緑系の色が数種類混ざっている餌だ。水換えが必要になるアンモニアを抑える作用が働く餌だったり、金魚の色あせを抑える働きがある餌だったり、金魚が消化、吸収しやすい餌だったり、金魚のお腹から健康にする作用のひかり菌、梅エキス、納豆菌、乳酸菌、酵母菌が入っている無着色の餌だったりもする。あとは、乳酸菌、納豆菌、酵母菌と汚れ分解菌が入ったビタミンが配合された餌もある。最初は1種類の餌と水草を金魚に与えていたが、次第に色々な種類の餌が売っていることを知り、面白そうだから様々な餌を与えることにした。金魚も同じ餌ばかりでは飽きると思ったからだ。
空気は昔ながらのぶくぶくを使っている。ぶくぶくも安くはないので、今はぶくぶく専用交換の物を使わずに、上部フィルター用のろ過マットを綿がわりにちぎってほぐして四角いぶくぶくの透明ケースにふわっと入れて使っている。
人魚の大きさは金魚だった時と同じくおはぎ位の大きさの16cmで全体像に丸々っとしている。風貌は白すぎる肌にギョロっとした真っ黒な目。じっと見てると目だけはギョロギョロと動く。口は閉じたり開いたりと表情は金魚だった時と同じだ。ただ、顔は人間のように薄い白っぽい金の髪を頭部から3cm位生やしていて小さく耳っぽいのもある。上半身は人間の体っぽい部分(首、両手、胸)があり、下半身は金魚のヒレがびっしりついていて長く艶やかなヒレは金魚の時と同じだ。
人魚も金魚の時と同じく泳いでいる時もあるが、普段は水槽の床にただじっと物想いにふけった老婆のように佇んでいる。歳をとっているのだろう。確かに10年近く飼っている。
私はすぐに、一緒に暮らしている父と母に金魚が人魚になってしまった話をしたけれど、何を言ってるんだという顔をされ、相手にされなかった。この世界では人魚ではなく、逆に金魚がファンタジーの生き物となっているのだ。(金魚いがいのさんまなど他の魚は前の世界と同じで普通に食事の時のおかずとしての認識だ)
おかしいのは私なのか?
信じられなくて、自身のスマホから、YouTube動画を観てみた。YouTube動画なら、人魚についての認識が正確にわかるだろうと思ったのだ。
するとそこには、水槽内で人魚を育てるYouTubeの人が数人いた。吹き替えている疑惑を持った人魚が話をするYouTubeチャンネルもあった。あと、海に行くとノラ人魚がいたというYouTube動画もあった。ノラ人魚は、水槽内で人魚を飼いきれなくなった人が海にこっそり人魚を逃がしてそれがノラ人魚になったというのだ。ノラ人魚はめちゃくちゃ狂暴で人間に対して攻撃的だ。それらを何とか捕まえて水槽で再び飼っているYouTube動画もあった。動画内では人魚を飼う人への注意喚起もしていた。
お祭りで『人魚すくい』をしている動画もあった。
金魚釣りの人魚版という感じで、1ヘラ300円で、沢山人魚をすくうやり方を説明していた。手でヘラをよけようとする人魚をうまく隙をついてすくうのだ。ヘラは、実際の金魚すくいのヘラとは違ってパン生地などをこねるときの白いヘラを少し大きくしたようなものだった。
そのように動画を観ているうちに私も、もともと飼っていたのが金魚ではなく人魚だという意識になってきて、この世界を受け入れるようにはなってきていた。
しかし、まだ信じたくなくて、近くの図書館へ行ってきた。(仕事は休みの日だったのだ。基本的に、金魚が人魚になった他は特に前の世界と変わりがないように見えた)すると、なんと人魚図鑑まであったのだ!
内容は金魚図鑑の人魚版という感じで、ランチュウ、琉金、出目金などの金魚の見た目が人魚の下半身だけそうなっていて、種類がそれぞれ違うという感じだった。上半身の人魚の見た目は、目が飛び出たようにみえる出目金の他は、顔は大体一緒だった。髪の毛の色は多少違う個体もあったが。
私の名前は柚子野にしき。名字が「ゆずの」、名前が「にしき」だ。
黒髪のボブカットの27歳だ。
父と母と私の3人家族。この歳までゆったりと両親と暮らしている。彼氏なし。
男性を紹介してもらったこともあったが陸なことにはならなかった。今は雨風しのげて心も穏やかに過ごせているならそれで良し、と思っている。
親の扶養に入っているため仕事は家から歩いて近くのスーパーの4時間の品出しのパートに行っている。週に5日のペースで行っている。
給料の1万は家に入れているが後は自分の小遣いに使っている。貯金は少しはしているが微々たるものだ。
同級生は親から自立して独り暮らしだったり、結婚をしたり、故郷から遠く離れて生活をしていたりするが、私は親と死ぬまで暮らすつもりだ。両親もそれで良いと言ってくれている。うるさく言う親戚や外野とは付き合っていない。とにかく私は一生あくせく働くことなくゆったり過ごしていきたいのだ。
家の掃除や洗濯、料理など大体母がやっていたし、母もパートをしていたため、私も時々手伝っていたがほとんど母がしていた。
ただ、親は私に家の金魚の管理は任せていて、小さい時から世話をする役は私だった。
水換えをしたり、金魚の餌を買ったり、水草を買ったり、金魚が病気になったら薬を買ってくる係は私だった。
今はその金魚が人魚なのであるが。
私はこの、名前もつけてもらっていない、あわれな魚類(図鑑では魚類だった)に【おはぎ】という名前をつけた。おはぎのような大きさだからだ。