風と天使と動物と。
写真の彼女からメールが届いたのは、それから一時間ほど経った後だった。
その一時間僕は何をしてたかとゆーと、ぼんやりベンチに座って鴨を眺めていた。日は傾き始めていた。
何を考えるでもなく僕は座っていた。脳が思考を拒絶していたのかもしれない。
「そのまま立ち上がって、左斜め後ろに振り返ってみるのだ!」とメールが届いた。写真の彼女からのメールだ。
振り返ったが、誰も居なかった。
「ちゃう!ちゃう!そのまま上を見上げる!ヘンな形したビルがそこにあるでしょ!」と再びメール。確かにヘンなビルがある。台形のブロックをそのまま上に積み上げたよーなビルだ。
「そこのビルのてっぺんに今から来る事!命令!」とメールには書いてあった。
そんな遠くない。僕は重たい腰を上げ、そのままビルに向かった。
そのビルは信じられない事にエレベーターが無かった。ワリと高いビルなのに。僕は仕方なく、長い階段をひたすらに登った。
てっぺんって事は屋上か?
僕は思った。屋上って入れるんだろうか?鍵は?
かなり段数の多い階段を僕は登り切り、ようやく屋上に辿り着いた。
鍵はかかってなかった。僕は扉を開けた。視界が一気に広がる。
誰もいない。
背後から声がした。
「元気だせ!」
声?
写真の子は声が出ない筈だ。けど声がしたんだ。そしてもう一度聞こえた。
「元気だせ!」
僕が振り返り見上げた先に、居た。写真の彼女が。
彼女は屋上の中にある、もう一段高い場所にいた。
平べったい屋上の上にある、ちょこんと置かれた四角い箱のような。まぁそれは長い長い階段の出口の扉の一部なんだけど。その横に小さなはしごがあって、上まで続いてた。
彼女はそこに居たんだ。
彼女の白い服が夕日で朱色に染まり、柔らかいスカートの裾が風と踊っていた。
ふんわりと。今にも優しく浮かび上がりそうなぐらいに。
彼女はチョイチョイっと、下を指さした。
?
彼女はその小さな建物から、ひらっと飛び降り、カメラの望遠を最大限にして僕に渡した。
カメだ。。カメが見える…。。
日が傾きかけて、ぼんやりとしか見えないが、確かにカメが見えた。確かにカメがいた。
「約束は守れよな!」と写真の彼女からメール。すぐ隣にいる写真の彼女から。そしてもう一度声が聞こえた。
「元気だせ!」
声?
僕は彼女の方を見た。彼女は手に小さなうさぎのぬいぐるみを持っていた。大きめのキーホルダーぐらいの、手のひらにちょうど乗るぐらいのサイズの。そして背中を押す度、元気だせ!元気だせ!と声が聞こえた。
声の正体はコレだ。昔ちょっとだけ流行った録音出来るぬいぐるみだ。ただ、もう黒ずんでボロボロになっていた。
「この声はね、ワタシがまだ声を出せた頃の声。舞台女優目指していた頃のワタシの最後の声。」
ふわふわした彼女の重苦しい過去を、僕は突きつけられたような気がした。
僕は何も言えなかった。僕は想像した。舞台女優を目指す人間が声を失うという絶望がどれほどのものかを。それまでの努力を一瞬にして無にするような残酷な現実がどれほどのものかを。僕にはその一部しか想像はできない。それもほんの一部。それも想像のレベルだ。
「言う程苦しくは無いよ。」と彼女からメールが届く。僕の気持ちを見透かすように。
「このセリフの後、パタッと声が出なくなっちゃったんだ。病気で声が消えるって事は前から分かってたんだけどね。けど、このセリフまではギリギリで声が出た。どうしてもセリフだけは言いたかった。だけど、この声を最後に声が終わっちゃったんだ。この声が最後の声。ワタシの最後の声。」
僕は何も返せなかった。
「だから記念として、こうして持ち歩いてるの!そして元気がなくなった時は、この声聞いて元気だすようにしてるの!元気だせ!って!」
僕は何も返せない。
「さっきの猿山の法則憶えてる?」と彼女。今日一日がそうだったように、僕の顔を見ながら手元だけで携帯を操作し、僕に送ってきた。
もう一通届いた。
「現状を深く考えない方が幸せになれるって」
…そうだね。。彼女の現状と、今の僕の状況とでは比較にならないって事は、僕にも理解出来る。ただ、時として現状を深く考えすぎない方が幸せになれる、悲観的になり過ぎない方がいいという点では、微かに共通しているかもしれない。
比較するには対象が違い過ぎるけど。
「元気出た?w」と彼女。
僕が「うん」とメールを返した時、彼女は再び、屋上にある一段高い建物の上にいた。いつのまにか。
そして立ち上がり、僕の方を向いてメールを送ってきた。
「ちょっとだけ天使だろ?w」
…そうだね、ちょっとだけ天使だね。。。
その時彼女の白い服が、ふわりを羽を広げた。風に舞うように。そして彼女の姿が消えた。ふわっと。空に溶け込むように。何かに吸い込まれるように。
僕は彼女にメールした。「配信不能」のメールが届いた。
僕は慌てて彼女の立っていた小さな建物に登った。そこには錆びついた古いバケツと、ぺしゃんこにつぶされた空き缶があるだけだった。
彼女は本当に消えてしまったんだ。
何かに吸い込まれるように。
- - -
翌週の日曜も青空だった。
ピンクの歯ブラシは、まだそこで申し訳なさそうに日の光を浴びている。
僕は捨てられなかったんだ。彼女との思い出を。楽しかった日々を。ただ、それでもいいと思ってる。僕は現状をあまり深く考え過ぎない事にしたんだ。
捨てたい時に捨てればいい。捨てたくなければ、捨てなければいい。
いつか本当に彼女の事を忘れる事が出来た時、その時、お別れすればいい。
ありがとうって。
最後に、ひとつ。。
何か悲しい事があったら、動物園に行ってみてください。
もしかしたら天使に会えるかもしれませんよ。
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