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アメリカバイソンと自由。

「トラとライオンはね、対照的なの」と彼女。



僕は彼女に連れられるまま、トラとライオンの前に来た。この二つのオリは隣接している。


共に、食物連鎖の頂点にいるのだが、(ちなみにトラとライオンは生息域が違うから競合してません。トラ=主にアジア、ライオン=主にアフリカ)

このこの二種、動物園では、なんだか対照的だった。


落ち着きなく、ひたすら辺りを警戒し続けるトラと、全てに対して関心を示さず、ぼんやりあくびするライオン。



「頂点を極めるとね、神経質になるか、全てに対して無関心になるのかの、どちらかだと思うの。」と彼女。



最後に「たぶんね。」と付け加えられていた。



少なくともオレは頂点を極めた事が無いから分らないや。



ライオンは全てに対して、本当に無関心に見えた。何も気にしない。何も考えない。あたりを警戒する必要がないから、骨抜きになったのだと思う。ここまで来たら、下手すっと、オレでもこいつらには勝てるんじゃないか?いや、それは無いか。


反面、トラはまるで対象的だった。常にオリのまわりをうろうろ徘徊し、外から覗き込む人間をいつも警戒していた。たぶん人間に襲われた事は一度もないと思うのだが、この違いはまるで対照的だった。



「動物園にいるライオンは幸せだと思う?」と、彼女からのメール。



「僕は幸せだと思うよ。だってエサの心配もないし、命を狙われる事もないし。何もしないで、食べ物がもらえるなんて、最高に幸せだと思うよ」と僕は答えた。


「百獣の王としてのプライドを捨ててまで生きていても意味が無いんじゃないか?って人もいるよ」と彼女から返信。


「僕はそうは思わない。平穏なのが一番いいよ。」


「さっきの質問はね、その人自身の考え方を表しているみたいなの。ライオンというより、自分はどういう生き方が幸せだと感じるか?って事。君は平穏なのが好きという事が判明!」彼女は笑った。



うん、穏やかに暮らしたい。競争なんてゴメンだ。甘いよね。うん、甘い。



「ライオンよりももっと達観した動物もいるよ」と彼女に連れられ、行ったところは「アメリカバイソン」だった。



アメリカバイソンはアメリカ大陸中をエサを求めて、数百キロも猛スピードで移動するかなり大型の牛科の動物だ。



そのバイソン、移動どころか、この動物園では全く動かない。ピクリとも動かない。剥製じゃないか?と思えるほど、全く動こうとしない。



ただ、動いてしまうと危険なのだろう。何しろ巨大な生き物だ。首にはしっかりとした鎖がつながり、まるで動く事ができないような状態になっていた。



つまり、彼はここで "生活する" というより、 "生きた標本" として連れてこられたのかもしれない。



「彼はもう、全てを諦めているように思うの。自由を奪われて。最初は何かもがいていたのかもしれない。けど、時間が経つにつれ、それも無駄だと諦めてしまったのだと思うの。全てを諦め、現実をそのまま受け容れた姿が、今の彼だと思うの」と彼女から送られてきた。その横顔は少し寂しそうだった。



「それもひとつの生き方かもしれないね」と僕は彼女に送った。現状を受け容れる事が幸せにつながる事もある。僕はそう感じたからだ。ただ、目の前にいるアメリカバイソンが幸せとは思えないけど。



「ワタシは諦めないから」と彼女から返信が来た。



そうだ、彼女は耳が聞こえないんだ。声も出せないんだ。メールの送受信でのやり取りに慣れてしまっていたせいか、しばらく忘れてしまっていた。



そして僕は彼女が手にしたカメラに再び意識を注いだ。



「なんで写真を撮ろうって思ったの?」と僕は彼女に質問を送った。



「耳がダメでも、目は見えるから。言葉がダメでも、写真なら伝わるから。」



彼女は僕の方を向いて、にっこりと笑った。重たそうな一眼レフを片手に。



「ただ、どんな生き方するのもひとそれぞれって事だと思うの。現実をそのまま受け容れたい人は受け容れればいい、変えたいと思う人は変えればいい、平穏に生きたい人は平穏目指して進めばいいし、人はそれぞれ選ぶ事ができると思うの。」と彼女は続けた。



その通りだ。僕はただ、平凡でいい。何もしなくていい。現状でいい。




「わたしの鎖は二本だけ!残された翼で私は羽ばたきたいの!」彼女のメールにはそう書いてあった。




体に不自由があって羽ばたこうとしている彼女。何不自由ない体で、何も求めようとしない自分。



人間って複雑だね。




彼女は再び、家族や子供達をカメラに納め始めた。そしてときおり話しかけてくる子供に、写真をたくさんプレゼントしていた。


やがて彼女のまわりには、撮って!撮って!という子供達であふれかえってしまった。


その度彼女はイヤな顔ひとつせず、彼らを写真に納め、それをプレゼントして回る。いまどき写真なんて珍しくないのに。子供にも良い写真と悪い写真が分るのかな??それとも単なる興味本位か?ただ、彼女もそのヘンは上手いモンで、子供が喜びそうなもの、例えばシールとかにプリントしてほっぺとか服とかに貼ったりもしてた。子供達大喜びだ。



写真で、人を幸せにしたいの!



そういってたなぁ。少なくとも今この半径5m以内は幸せを振りまいているよ。




彼女の栗色の髪が子供達の歓声と共にくるくると宙に舞った。




残された翼はしっかりと空を捕らえていた。鎖につながれてない、残された翼で。




(もう少し続きます!あと少しです!)

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