雲。
「不幸そうだから声かけたw」と次のメールには書いてあった。
僕らは毎回お互いの携帯を見せ合うのも面倒だという事で、メールアドレスの交換をしたのだ。お互いの会話はこのメールで行うと。
それにしても、へ???オレってそんなに不幸に見えた??
僕はそれを送信した。
「うん、不幸に見えたw不幸を体全体に背負った男が、空に話しかけてたw」と彼女。にこっと。僕を見て笑う。
僕は苦笑いをした。
「だろうねw」と彼女。
「ひとりで動物園に来る男なんて二種類だけ!失業中の中年と、失恋後その思い出にひたる男ぐらいw 君は後者!だから声をかけた!」と再びメール。
当たってる。
基本的にここは幸福な人が訪れる場所。家族、カップル、幸福じゃない人は例外。僕はその例外の中のひとりだ。
「ちょっと天使でしょ?」と彼女。
そうだ。ちょっとだけ天使だ。ありがとう。
「君は何の為にこの場所にいるの?」僕は聞いてみた。
彼女は体に不釣り合いなサイズのカバンを背負っていた。全体的にかわいらしい服装をしてるのに、カバンだけがいやにゴツく、そこだけが「男物」だった。
栗色の長い髪が風になびく。そしてふわふわした一枚布のような大きめの生成のワンピースを着ていた。着ているというより、身に纏っているような感じ。
時折吹く風に、やわらかに揺れる。小さな風をとらえ、そのまま浮かび上がりそうな感じ。
スカートの裾は斜めに不規則にカットされ、そこからよく手入れされた仕立てのよさそうな長めの茶色いブーツが見える。
コントラストの強いカラフルな動物園の中にあって、そこだけが異空間のように感じた。現実離れしていた。
市販の服ではなさそう。
デザイン科の学生?
一瞬そう思った。それにしてもこの子、歳はいくつなんだろう?学生といえば学生に見えるし、27歳と言えば、27歳にも見える。全体的な透明感。
つかみどころのない不思議な浮遊感と共に、倒れそうな華奢な体が重そうなカバンを支えていた。
そこからごそごそっと何かを取り出し、僕に見せた。
一眼レフカメラだ。それもかなり大きめの。小柄の彼女には不釣り合いなサイズのカメラ。
「目的は二つあるの」と彼女。
「ひとつは、写真でみんなを幸せにする事!」
「もうひとつは?」僕は聞いてみた。
「ナイショw」
ふーん。
僕はまだ彼女の名前を聞いていなかった。赤外線でメールアドレスの交換をした時、名前の欄だけは、何故か空白だったんだ。
僕は聞いてみた。「ところで名前は?」
「それもナイショw」
ふーん。ま、いいや。
雲みたいな彼女がふわりと歩き始めた。
「さ!どこに行きましょうか!」
彼女からのメールが届く。そして振り返り、にこっと笑う。
気まぐれな雲につられて、地中から這い上がったカエルのような…、今の自分をそう思った。
そうだ、季節は春だったんだ。
空は青かったんだ。
(続きます!)