空はいつだって脳天気過ぎるんだ!
空は気まぐれに晴れて、気まぐれに曇る。
そして思い出したように雨を降らせる。
そこに一喜一憂する必要もないし、晴れ男、晴れ女なんてモンですら、単なる迷信だなんて事はとっくに分かってる。
それでもあまりにも青い空は、なんとなく考えさせられるんだ。
いい事も、悪い事も。
彼女がいた頃は、天気など考えなかった。晴れても眠い時は寝てたし、出かける時は出た。
「天気いいよー」と言われても、「ふーん」とだけ答えて、部屋でごろごろしてた。呆れてコンビニに行かれたこともあったが、僕らの時間はそんな感じで流れていた。
ゆっくりと。
お日様の光を気まぐれに浴びて、なんとなく流れていた。浪費していた。
彼女が部屋を出てから、逆に僕は空を見上げるようになった。
晴れてるなぁ
曇りだなぁ
それで僕の行動が決まるというワケではない。
だけど、なんとなく眺めてしまう。
思い出したいんだ。あの頃の欠片を。
僕がその日動物園に出かけようと思ったのは、台所から彼女の古い歯ブラシを見つけたからだ。ピンクの歯ブラシ。女の子用の歯ブラシ。彼女がウチに泊まる事になった二度目の夜、途中寄ったコンビニで僕が薦めた歯ブラシ。
真新しい歯ブラシに歯磨き粉をつけて手渡した時、にっこり笑ってありがとうと答えた。
そしてにこにこ笑いながら、ふたりで歯を磨いた。
二晩目の出来事。
この歯ブラシはもう役割は終えてしまった。
歯ブラシは別の用途への再就職の予定もなく、今はただ、キッチンの引き出しの奥でひっそりと眠っている。
僕はひとり、日の光が差し込むキッチンで、そのピンクの歯ブラシを眺めた。
ぼんやりと。
捨てられない自分を、脳天気なまでにまぶしい日の光が責めて立てるような気がした。それは過去だ。もはや遺物だ。
だけど僕は、その限りなく天文学的にゼロに近い、彼女がもしかしたら戻って来てくれるかもしれないという可能性を、今だ捨てきれずにいるのだと思う。
ありもしない現実。
居心地のよい空想。
都合の良い空想。都合の良すぎる空想。
そんな事、あり得ない。絶対にあり得ない。
ただ、捨ててしまえば、全てが消えてしまうような気がするんだ。
ここにあるという現実だけが、僕と彼女との思い出や日々を、単なる夢や空想と隔ててくれている。妄想とは違う、手触りのあるリアルな現実として。
僕はまだ消したくない、消し去りたくない。
それが出来る程、僕はまだ大人じゃないし、そこまで強くない。
そして時間という地層は十分に積もっていない。まだリアルなんだ。"彼女がここにいない" という重苦しい現実が。
(続きます!)