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7話 「生き方」

 好奇心と挑戦心。

 そう言われ、不思議とマリウスは内心で腑に落ちていた。


「……ああ、もしかしたらそうかもしれません」


 好奇心。

 それはこの世界へ対するものでもあるし、人に対するものでもあるし、あるいはかつての物語に対してのものでもあるかもしれない。


「わたしは境遇柄、よく物語を読みました。ここではないどこかの物語。その世界はどんな世界で、どんな人がいて、気になった人物がどのような人生を歩んでいくのか、とても興味をそそられていました」


 そして同じことが、今の自分にも言える。

 生まれ直したこの世界を、自分はまだなにも知らない。

 ここがどういう世界で、どういう人々がいて、そして自分の好きな人たちがどういう物語を辿るのか。

 願わくば、それがハッピーエンドであってほしいとも思っている。


 ――だから、おれにはなにができるのか、知りたい。


「――ああ、そういうことか」


 ふとそこでマリウスは気づいた。

 自分の中にある、エルドリックの言う『挑戦心』に。


「あなたの好奇心と挑戦心は、あなたの献身と両立する。要はバランスなのです、殿下。あなたにはそのバランスをうまく取れる器量がございます。それに――」


 するとそこで、それまで静かに話を聞いていたアルフレッドが、我慢できないとばかりに口を挟んだ。


「マリウス、僕らは君に、第六王子としての献身を求めて接してきたわけじゃない。そしてそれと同じように、君が義務感から良き第六王子を目指そうとしているわけではないこともわかっている。でも、だからこそ根深いんだとも思う」


 アルフレッドは言った。


「僕らは王家だ。立場がそうさせないこともある。けれど覚えておいてほしい。君がそうであるように、僕らは君が、君の心のままに人生を歩み、そして願わくば、最後は笑って終わってくれることを願っている」


 アルフレッドのまっすぐな目と言葉を受けて、マリウスは一度頷き、それから目をつむる。


 ――バランス。


 言うは易いが、存外難しい問題だ、とマリウスは正直に思う。


「マリウス、たとえばの話だけど、君が今、第六王子ではなく一介の平民で、家族もなく、まあそこそこ生きていけるだけのお金があったとしたら、まずなにをする?」

「んー……」


 前半は前世とほぼ一致する。

 そう考えたとき、かつて覚えた羨望を、マリウスは思い出した。


「外に出たいですね。――部屋の外、城の外、街の外、国の外。そうして旅をするのも、いいかもしれません」


 みずからの足で世界を見て回り、その先々で一期一会の物語に出会えたら面白そうだと思う。

 書物の中の物語も、きっと先々で手に取るだろう。

 ここにはない物語が、きっと世界にはまだまだたくさんあふれている。


「いいね。じゃあそんな君が、魔導書を手に取ることでその魔法にまつわる物語を体験できる〈魔法使い〉だったとしたら、どうする?」

「旅の先々で、触れたことのない魔導書を探すと思います」


 すべての魔法には、物語がある。

 どんな些細な魔法であっても、それが今に残っているのであれば、それはその魔法を生まれ持った誰かや、それを魔導書に残そうとした誰かの思いや物語があったからにほかならない。


「その世界には〈至高の七書〉と呼ばれる、魔導書の中でも特にすごいと言われる七冊の魔導書があった。歴史に名を遺すような偉人の魔法が込められた魔導書だ」

「偉人の物語は好むところですが……というか兄上?」

「なんと君はそんな〈至高の七書〉の元になった魔法使いたちと対話ができるらしい! しかもそうすることによって理屈はわからないが彼らの魔法を使えるようになると! いったいどんな素晴らしい魔法が君を待っているのかッ‼︎」

「兄上、兄上ー、おーい」


 いつの間にか人気舞台劇の幕間を彩る狂言回しのような口調になってきたアルフレッドをマリウスが制止する。


「……ふう」

「一仕事終えた感じがすごいですね、兄上」

「うん。でもさ――つまりはそういうことだよ」


 居住まいを正したアルフレッドが楽しげな笑みを浮かべる。


「マリウス」


 そしてアルフレッドはおもむろにマリウスの頭に手を置き、いつかそうしてくれたように、優しくマリウスの頭を撫でた。


「君はいずれ旅に出る。これは君の思いがそうであるというだけではなく、さっきエルドリック卿が言った政治的な問題も絡む話だ」

「と、言うと?」

「ここからはとても民たちには言えない話だから内密にお願いしたいんだけど――」


 言いながらアルフレッドはエルドリックをちらりと見る。

 対するエルドリックは心得ているとばかりに目をつむって小さくうなずいていた。


「君が今言ったような魔法を持っているとして、それが仮に他国に――たとえばあのアラストル王国なんかに知られたとしよう。おそらくそうなったときアラストルは今のお上品な居住まいを崩して、なりふりかまわず君を奪いに来る」


 アルフレッドは真面目な表情をして言った。


「そして僕らには今のところ、そうなったときに君を守り切れる力はない。あればよかったと、強く思うけれど」


 それが兄姉の中でもっとも理性に優れ、抜け目がなく、祖国において『明星』と謳われる自慢すべき兄の、いずれ王を継ぐ『第一王子』としての率直な言葉であることをマリウスもわかっていた。


「できるかぎり君には準備の時間を稼ごう。でも、これもまたバランスの話になるけど、時間をかければかけるだけ、マナフィードとアラストルの力の差は広がっていく。そしてその差が一定以上になったとき、君が魔法使いであろうがなかろうが、やはりマナフィードはアラストルの手に落ちるだろう」


 そのことをマリウスもわかっていた。

 いつも兄姉たちとあの家族会議で議論していた話題だ。


「――抑止力」


 マリウスはそこでふとつぶやいた。

 同時にその瞬間、これからの生き方がはっきりと見えた気がした。


「末弟に頼る不甲斐ない兄を許しておくれ」


 腹など立てるものか、とマリウスは思う。


「おれが、〈至高の七書〉でもなんでも、マナフィードがこれから先も生き残るために必要な力を身に着けたり、持ち帰ったりしてくればいいんですね」


 それはマリウスの第六王子としての望みと、マリウス個人としての望みが一致する生き方。

 そのことに気づいたとき、マリウスは自分の視界がぱあっと開けたように感じた。


「その旅路がはじまるまでに、まずは君が無事に生きていけるよう、現役の旅人であり、三百年を生きる百戦錬磨なエルドリック卿に、君を鍛えてもらおう。それでいいかな、エルドリック卿」


 それはマリウスとは違って強い意志のこもった問いかけであった。

 まさしくそれこそが、一国の王として、時にあるべき姿であることを、マリウスもこのとき実感した。


「喜んで、お引き受けいたします。我が師にもそのように言われてしまいましたからね」


 そう言いながら、エルドリックはにやりと笑っていた。

 たぶん、グラン・マナフの伝言がなくともこの老人はアルフレッドの『お願い』を断らなかっただろうとマリウスは思った。


「――三年だ、マリウス。近いうちに私は王になる。私が王になってから三年は、なんとしてもマナフィードを持たせよう。だから君は、その間に今までの後れを取り戻せ。君の前世も含めて、取りこぼしてきたものを可能な限り拾いなおし、そして備えるんだ」


 アルフレッドはマリウスの両肩に手を置き、目線の高さを合わせるように少しかがんで言った。


「――やがて君は、マナフィードの救世主になる」


 マリウス・マナフィード十二歳。

 その日、とある怪物の生き方が決まった。

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