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4話 「グラン・マナフ」

「……ここは」


 目が覚める。

 しかしそれが現実世界における意識の覚醒ではないことを、なんとなく察していた。

 これは――『本の中の世界』へ入ったときのそれだ。


「やあ、マリウス」


 後ろから声がして振り返る。

 満天の星空。

 その下に悠然とそびえたっている『マナフィード王城』。

 今の王城と比べてどこか新しさを感じるそれは、外壁が青いクリスタルのような物質で覆われている。

 この世のものとは思えない美しさを放つその城を背景にして、一人の男が立っていた。


「あなたは……」


 白い髪。どこまでも深く吸い込まれそうな青い眼。

 年若い風貌だが佇まいは老練な魔導士のようで。

 ……ただ、その悠然としたたたずまいを除けば、その男はある者によく似ていた。――ほかの誰でもない、自分と。


「こうして会うのは初めてだね」


 男はその美しい面皮に柔和な微笑を浮かべ、片手を差し伸べてくる。

 マリウスはその手を見つめ、ゆっくりと自分の手を伸ばしながら、ふと、口が勝手にその名を紡いだ。


「――〈グラン・マナフ〉」


 彼の手に自分の手が触れた瞬間、無意識的な自分の判断に、マリウスは確信を持った。


◆◆◆


 グラン・マナフ。

 およそ四百年前にこの世界を生きていた史上最高の〈魔法使い〉。

 マナフィード王国の建国の祖でもあり、彼の魔法は魔導世界を一変させ得る可能性を秘めた、曰く『至高の魔法』であったという。


「これは……夢?」


 マリウスが思わず口にした言葉に、グラン・マナフはまた小さく笑う。


「そうでないことは君自身が一番わかってるはずだよ」


 今までも『本の中の世界』に入ってしまうことはあった。

 というか、むしろ最近はほぼ毎夜本の世界に入ってしまっている。

 だから、今回のこれも、そのうちの一つなのだと頭の片隅では理解していたが、しかしいつもと大きく違う点もあって、それがマリウスの確信にわずかばかりの疑念を抱かせた。


「――『本の中の世界』で、俺は常に俺ではない他の誰かだった」


 そう、マリウスは本の中の世界で目が覚めたとき、いつもそれは別の誰かとして目が覚めた。

 入った本に登場する誰か。たいていは主人公だったが、本の内容が自伝や論文的なものであるときは、著者の側に入ることもあった。

 しかし今、こうして考えている自分は、いつもの自分の姿をしている。


「魔導書じゃない本の世界に入るときは、なるべくしてそうなるのだろう。でも、魔導書は少し趣が違う。特に、その最初の一冊――『原本』とされる魔導書の中に入るときは」


 目の前の男――グラン・マナフが言う。


「魔導書には、その魔法を持っていた人物の魂が入っているからね」

「それは、比喩ではなく?」

「そう。だから、魔導書に関してはこうなることもある。つまり――『対話』ができるんだ。……っと、いろいろ積もる話はあるけれど、立ち話もなんだ、城の中へ入ろうか」


 そう言ってグラン・マナフが踵を返す。

 すると、彼が何歩か歩いてから思い出したように振り返り、今度は心底嬉しそうな顔でこう言った。


「ようこそ、僕らの城へ。――遠い未来の僕らの末裔よ」


 言われ、ふとマリウスの体をこわばらせていた緊張がどこかへと消える。

 遠い未来の僕らの末裔。

 そう言われ、また顔をあげたとき、視界に映った美しい青水晶の王城のそこかしこに、マリウスはゆらゆらと漂う楽しげな人影たちを見た。


◆◆◆


「これはこれは、王子殿下みずからお越しいただくとは、恐縮でございますな」

「あなたは私たちの末弟――マリウス・マナフィードの命の恩人です。あなたのご助言のおかげで、マリウスはつい先日死地から生還することができました。そんなあなたの再訪とあらば、本来であれば父王も同席のもともっと盛大に行いたいくらいですが――」

「いえ、お気になさらず。この根無し草の老体に、そこまでのお気遣いは不要です。それに、マリウス殿下の復調も、私の助言というよりアルフレッド王子殿下をはじめとしたご家族の尽力によるところが大きい」


 離れた地で、虫の沈んだ酒をあおりながらマナフィード領内を天に昇る例の魔力の柱を見た老魔導士は、もともとの予定をすべて白紙にしてマナフィード王国を再訪していた。

 老魔導士が最初に驚いたのは、マナフィード王国の敷居をまたぐや否や、まるでそれを見越していたかのように迎えの使者がいたこと。


 ――険しい情勢にはあれど、跡継ぎには恵まれたようだ。


 そうして使者に連れられたどりついたのはマナフィード王城である。

 そして中では一人の王子が側近と共に待ち構えていた。


 ――アルフレッド・リンザー・マナフィード第一王子。


 またの名を〈マナフィードの明星〉。

 日の光を受けてきらびやかに輝く金糸の髪に、同じ色の瞳。

 そこに宿る光もまた、理知的な輝きを放ち、その立ち振る舞いには王族の名に恥じぬ優雅さが宿る。

 永世中立を掲げるこの魔導新興国は、昨今の剣呑とした国際情勢と、父王の衰弱がうわさされる中でなかなかに難しい立ち位置にいるが、そんな中でもマナフィードの民が大きな不安を抱かずにいられるのは、この跡継ぎの存在によるところが大きい。

 

「差し支えなければ、マナフィードを再訪してくださった理由をお聞きしても?」

「無論です。――実は先日、私は四つ隣の国の小さな酒場にいたのですが、そのときふと、虫の知らせを聞きまして」

「ほう」

「もしやマリウス殿下の御身になにかあったのでは、と。さきほどの殿下のお言葉にてマリウス殿下が復調された、というのは確認できましたので、虫の知らせというのもこれに起因することは今を持って知ったところではありますが」

「……」


 その言葉を聞いて、アルフレッドがほんの少し沈黙する。

 表情に変化はなかったが、次の出方を悩んでいるようでもあった。


「老師エルドリック」

「はい」


 アルフレッドが老魔導士――エルドリックの目をふいにまっすぐ見据えて訊ねた。


「あなたは〈魔文失読症スペル・ディスレクシア〉についてどの程度の知見をお持ちですか?」

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