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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

お手を拝借


行き倒れの男


冷たい秋風が、山間の古い神社を吹き抜けていた。紅葉が舞い散る境内には、ひび割れた石畳が続き、その上に一人の男が倒れていた。みすぼらしい着物は泥と埃にまみれ、腰に差したボロ刀は鞘が欠け、まるで使い物にならないように見えた。男の顔は土気色で、息も絶え絶えだった。


「旅のお方、大丈夫ですか?」


澄んだ声が、男の意識を呼び戻した。目を開けると、目の前に白と紅の巫女装束をまとった若い女性が立っていた。彼女の名は結衣。神社の巫女として、この小さな山里の社を守っていた。結衣の目は心配そうに男を見つめ、手には水の入った竹筒を持っていた。


「いやぁ、助かりました。あやうく死ぬところでしたよ」男は弱々しく笑い、身を起こした。結衣が差し出した水を一気に飲み干し、男は名を名乗った。「人之手借手ひとのて かりて、よろしく。まぁ、ろくな名前じゃないですが。」


借手と名乗った男は、瘦せこけた体に不釣り合いな明るい口調で話した。だが、その目にはどこか深い疲労と、隠し切れない鋭さが宿っていた。


神社の神主である老翁、宗右衛門が現れ、借手の姿を見て眉をひそめた。「そのような姿で旅をするとは、色々と大変だろう。暫く泊まっていきなさい。この山は夜になると野党が出る。無防備な旅人は格好の餌食だ」


「はは、そいつはありがたい。私は人の手借りないと生きられない甲斐性無しでして」借手は軽く笑い、頭を下げた。結衣はそんな借手をじっと見つめ、どこか不思議な予感を抱いていた。


丑三つ時の襲撃


その夜、月は雲に隠れ、神社は闇に沈んでいた。丑三つ時――死魂が彷徨う時刻。突然、境内の静寂を破るように、複数の足音が響いた。黒装束に身を包んだ野党の一団が、松明の炎を手に神社に踏み込んできた。彼らの目は獣のように光り、刀や槍を握る手には殺意がみなぎっていた。


「金目の物は全部持ってけ!神主は殺せ! 女は連れていけ!」リーダーらしき男が叫び、野党たちは一斉に動き出した。


結衣は神主の宗右衛門と共に本殿にいた。異変に気付き、結衣が刀を手に取ろうとした瞬間、野党が本殿の戸を蹴破った。宗右衛門は結衣を背にかばい、老いた体で抵抗しようとしたが、野党の刃が無情にも彼の胸を貫いた。


「神主様!」結衣の叫びが夜を裂いた。彼女は刀を握り、襲い来る野党に立ち向かおうとしたが、力の差は明らかだった。野党の一人が結衣の腕をつかみ、地面に叩きつけた。


その瞬間、風が動いた。ボロ刀を手に、借手が本殿にゆらりと現れた。「おや、これまた物騒な。」彼の声は低く、しかし鋭く響いた。


『なんだこのひょろっちい奴は?』

野党が嘲笑しながら振り向く。

次の瞬間、野党の一人が放った刃が借手の右目に当たり、鮮血が飛び散った。だが、借手は動じず、右目を覆い、静かに呟き、そして深く息を吸う。

借手の動きが一変する。


「ーーお手を拝借。独眼竜、伊達政宗」


空気が震えた。借手の姿が一瞬にして変わった。みすぼらしい着物は黒と金の甲冑に変わり、ボロ刀は鋭く輝く名刀へと変貌した。右目を覆う眼帯から、まるで龍の気配が漂う。借手の全身から放たれる圧倒的な存在感に、野党たちはたじろいだ。


「な、なんだコイツ、姿が!?」野党のリーダーが叫んだが、言葉を終える前に借手の刀が閃いた。一閃。血飛沫が上がり、野党たちは次々と倒れていった。借手の動きはまるで舞のように優雅で、しかし無慈悲だった。数分後、境内は静寂を取り戻し、野党の亡魂だけが風に漂った。


結衣は呆然と立ち尽くし、借手の姿を見つめた。「あなたは一体...」


借手は元の姿に戻り、右目を押さえながら苦笑した。「人の手を借りないと何もできない、ただの甲斐性無しですよ。」


借手の力


翌朝、結衣は神主の亡魂を鎮めるため、境内で祈りを捧げていた。宗右衛門の死は彼女の心に重くのしかかり、涙が頬を伝った。だが、彼女は決意を固めていた。この神社は彼女が守るべき場所であり、野党の襲撃の裏には何か大きな陰謀があるはずだと感じていた。


借手は境内の隅で結衣の様子を静かに見ていた。「すぐに助けれず不甲斐ねぇ」


結衣は涙を拭きながら振り返り借手の手を掴んだ。

「あなたは悪くないわ、助けてくれてありがとう」


結衣は借手の言葉に何かを感じ、尋ねた。「昨日のあれは……」


借手は一瞬黙るが口を開く。「他人の力を一時的に借りるだけさ。魂を呼び出し、俺の体に宿す。そいつらの技や力、時には記憶まで借りてしまうけどね」


結衣は驚きを隠せなかった。「そんな力を、なぜ……」


「自分でどうにかする力なんてねえから、こうやって他人の力を借りて生きてるのさ」借手は自嘲気味に笑ったが、その目に宿る光はどこか優しかった。


旅の始まり


結衣は決めた。この神社の襲撃は偶然ではない。野党の背後には、もっと大きな力が動いているはずだ。彼女は神主の遺志を継ぎ、真実を突き止めるため旅に出ることを決意した。そして、借手に言った。


「借手様の旅、ご一緒します‼︎」


借手は目を丸くし、笑い出した。「はは、借金まみれの男と旅するなんて、物好きだねえ。」


「あなたは私を助けてくれた。私もあなたを助けたい。あなたは誰かの手を借りないと生きられないって言ったでしょ? なら、私の手を貸すわ」結衣の目は真剣だった。


借手はしばらく黙り、やがて小さく頷いた。「そいつはありがたいや。」


こうして、借手と結衣の旅が始まる。

二人は神社を後にし、山を下り、野党の背後に潜む謎を追う旅に出た。


野党の影


旅の道中、二人は小さな村に立ち寄った。村は荒れ果て、野党の襲撃を受けた痕跡がそこかしこに残っていた。生き残った村人たちは怯え、口々に「黒い影」と呼ばれる存在を恐れていた。


「黒い影? そいつが野党を率いてるのか」借手は村の長老から話を聞き、眉を寄せた。


長老は震える声で言った。「黒い影は人の心を操り、村を襲わせる。まるで悪鬼のようだ。あの者は、神々の力を汚す者だ」


結衣は長老の言葉に顔を曇らせた。「神々の力を汚す……? まさか、借手さんの力と関係が?」


借手は首を振った。「さあ。俺の力は先祖から受け継いだから詳しいことは分からない。ただ、黒い影はゆっと厄介な相手だろうね。」


その夜、村に再び野党が現れた。借手は結衣を守りながら、再び姿を変える。

「お手を拝借――二天道楽、宮本武蔵」


今度は二刀流の構えで、借手の姿が一変。野党を圧倒する速さと力で次々と倒していった。だが、戦いの最中、黒い影が一瞬姿を現した。それは人とも獣ともつかぬ異形の存在で、借手に攻撃を放った。


「くっ!」借手は痛みに耐えながらも、黒い影を追おうとしたが、影は闇に消えた。


結衣の決意


戦いの後、結衣は借手の傷を丁寧に手当てした。「もう無理しないで。あなたの体力は……もう限界なのでは?」


借手は笑って誤魔化した。「はは、俺はこんなもんでは死なないよ。」


だが、結衣は譲らなかった。「あなたはいつも誰かの力を借りるって言うけど、私だってあなたに頼ってる。だから、私も戦えるようになりたい。神主様から教わった剣術と祈祷の術、ちゃんと使えるようにしますから。」


借手は結衣の真剣な目に、初めて本気で向き合った。「...それは頼もしい。」


黒い影の正体


旅を続ける中、二人は黒い影の正体に迫っていく。黒い影は、かつて借手の先祖が封じた古の悪霊だった。それは人の欲望を利用し、野党を操り、各地で混乱を巻き起こしていた。悪霊の目的は、借手の持つ「拝借」の力を奪い、人々を支配することだった。


決戦の地は、かつて借手の先祖が悪霊を封じた古の神社だった。結衣は祈祷の力で結界を張り、借手を援護する。借手は最後の力を振り絞る。


「お手を拝借――第六天魔王、織田信長」


借手の体は限界を超え、血を流しながらも、圧倒的な力で悪霊に立ち向かった。結衣の祈祷と借手の戦いが共鳴し、ついに悪霊を封じることに成功した。


旅の続き


戦いの後、借手は再び旅に出る準備をしていた。

体もボロボロだったが、彼の笑顔は変わらなかった。


「これからもこんな事が沢山ある、それでもまだ一緒に旅をするかい?」


結衣は微笑み、頷いた。「もちろん。あなたは私の手を借りないと生きられないんでしょ?」


「はは、そいつはありがたい」


二人の旅は続く。借手の力と結衣の祈りが、どんな闇にも光を灯すだろう。


「では、お手を拝借。」


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