1.最終決戦始めました
「よく来たな、勇者よ」
小柄な身体に不釣り合いなマントを翻す。
大きな音を立てながら、小さな身体が立ち上がる。
巨大な角を覗かせる、灰色の長い髪がサラッと揺れる。
「もう既に知っているだろうが、自己紹介をしておこう。
我こそが、魔王クラリーチェ・ノクターン。
ここまで来たこと、褒めてやる」
セリフの間に、白髪の女性が玉座を回収していった。
「……丁寧にどーも。
僕が勇者、ノエル・グレイフォードだ。
でも、覚えなくても……いいよ!」
ダッ
茶髪の男は自己紹介を終えると即座に、魔王へと詰め寄った。
魔王はニヤリと笑うと姿を消した。
「アイシャ!探知を!」
「う、うん!」
うちの補助系魔法使いは魔王の居場所を探す。
「いた!あの柱の影!」
「そこか!」
柱ごと両断する。
「やはり使ったな、探知魔法を」
どこからともなく、声が聞こえた。
すると、奥にあった魔王の影はふっと消え、魔法陣が飛び出す。
魔力の逆流が発生し、後方の味方まで巻き込むような大爆発を起こす。
「こんなもの……いつの間に……!」
どうやら柱に罠が仕掛けられていたらしい。
探知魔法を使ってくるのを見越していたのだろう。
僕の体は6メートルほど後方へ飛ばされた。
「アイシャ!もう一度だ!」
「ほぅ?コイツがアイシャっていうのか」
魔法使いの首筋に、キラリと光る爪が伸びていた。
「おっと、寄るでないぞ?
寄ってきた瞬間どうなるかは、分かるな?」
カハハと勝ち誇った笑みを浮かべている。
爆発のせいで僕とアイシャの距離はかなり離れてしまった。
「……ノエル……」
「すまんアイシャ!」
世界のため。
僕は迷うことなく魔王に突撃し、剣を大きく横に振った。
そこから先は……いや、そこから先も一方的だった。
次々に僕の仲間が倒されていく。
あの小柄な体のどこに、こんな力があるのだろうか。
「フハハ……他愛ないな。
もうお前しか残っておらんし、お前もボロボロじゃないか。
今なら見逃してやっても良いぞ?」
「……僕は……僕は!
世界の平和を……任されたんだ……!」
多くの約束と、祈り。そして犠牲。
僕はそれらを背負って、ここに立っているんだ!
「だから!僕が負けるなんてこと!
逃げるなんてこと!
あってはならない!」
突如、身体に謎の力がみなぎってくる。
魔王はそれを交戦の意志ありと判断したのか、あの爪で僕の心臓を貫いた。
「ワシの力を貸そう」
それはこの力を与えてくれた神様の声。
そう、僕は世界平和のために、死ぬことは許されない。
例え痛くとも、苦しくとも、この魔王は倒さなくてはならない。
「う……うおぉぉぉおお!!!」
「お前……まさか不死身か!?」
魔王は、今なお動ける僕に呆然としていたため、反応が遅れた。
急いで僕から爪を引き抜こうとしたが、それでも僕の剣のが早い。
「刺し違えてでも……!」
神様の力が宿る剣が、魔王を貫いた。
「……みんな……やったよ……」
振り返るとそこには誰もいなかった。
そこにあったのは、魔王からドロップしたアイテムだけだった。
「そっか、あたし、死んだのか」
思えば長い長い時間だった。
あたしは魔王の血筋として生まれた。
ただ、魔王の血筋だからって誰もが魔王になれるわけではない。
魔王の名は、その血筋の中でも選ばれたものだけが引き継げる。
あたしは魔王になるように育てられた。
魔族の長命種、セレナ・ハートウッド。
特別、戦闘技術も知能も優れた彼女によって、あたしに文字と世界を教え込んだ。
あたしが魔王になったのは20歳の頃だった。
あたし専用の玉座も用意された。
父も母もあたしの邪魔になりたくないと、あたしの元を去っていった。
邪魔だなんて、思ったことないのに。
凄かったのは、先代、あたしの曽祖父だ。
彼は誰にも負けなかった。
50万の軍勢に無傷で勝利したなんて逸話もある。
曽祖父は100歳を迎える頃、天寿を全うした。
魔王と言えど、人間とさほど寿命は変わらないのである。
「その曾孫はコロッと負けたわけだけど」
ふと、あの勇者を思い出す。
勇者ノエル。
田舎生まれの一般人、だったのだが、神はコイツに力を与えたらしい。
コイツの力がなんなのかよく分からなかったが、戦って分かった。
不老不死だ。
よくよく見るとセレナ以上に見た目に変化は無かった。
他の冒険でも、それなら説明がつく。
あるときは、カマキリ型モンスターに首をザシュッてされても戦闘に復帰していたし、
クマ型モンスター相手にのしかかられても、即座に戦闘態勢に入っていた。
「……危なっかしいんだよ、アイツ」
先頭で敵に向かっていき、その攻撃を全て自分が受け、危険をかえりみずトドメを刺しに行く。
いつもいつも、覗いていた時はヒヤヒヤしていた。
もちろん、やられてくれた方が好都合ではあるのだが……。
「なんだかなぁ」
先代魔王の最強装備を譲り受け、セレナからは多くの戦闘技術を教わってきた。
よくよく考えれば、あたしが戦ってた時、アイツ何してた?
「……あ」
思い出した。
あたしの後ろを、気配を消しながら横切る白髪。
アイツ、あたしより先に玉座の避難を優先させていた!
あたしが負けるはずないと思った信頼ということにしておくが……。
あの世に来たら問い詰めてやろう。
「まったく、長命種ってあと何年生きるんだ」
その場でゴロッと寝転がる。
寝心地は悪くなさそうだ。
寝転がって気づく。
遠くに光が見えた。
「ふむ、あの先は地獄かあるいは……」
まぁ、行くしかないだろう。
報いを受けに行こうか。
あたしは光に向けて歩き出した。
「戻りましたか、リーチェ」
「は?え?は?」
目が覚めると、そこは玉座の上だった。
セレナは当たり前のようにそこにいた。
「……ごめん。取り乱した。
……つまらないことを聞くけど、今のあたしは何歳だ?」
「今のリーチェは20歳です」
なるほどな。
全て理解した。
あれだ、よく聞く話だ。
死んだから、次はこの運命を回避するためにやりなおすんだろ?
そしてあたしの世界征服が始まるってわけだ。
「セレナ、今からおかしな事を言う」
よく聞くのは、死に戻りの話をしたら何か代償があるっていう話だ。
しかし、あたしはそんな事は恐れない。
だって魔王だから。
「あたし、34歳の頃、一度死んだんだ」
「……?そうですね」
あたしの身体に異常はない。
でも、セレナの反応が少し思っていたのと違う。
ふと周りを見渡す。
「な、なぁ、ここはどこだ?
玉座の間じゃなさそうだが……」
「玉座の間ならリーチェが暴れたせいで現在修復中です。
ここは魔王城4階の会議室3です」
言われてみれば、見覚えも無くはない。
というか、暴れた?
「お、おい、今は何年だ?」
「今は……」
あたしが死んだ年から5年が経過していた。
「お、おい。
どういうことだ?
死に戻りとか、そういうのじゃ無いのか?」
「何を言っているのですかリーチェ。
たった一人で勇者パーティを壊滅。
不死身まで引き出したあの立ち回り、今でも覚えてます」
突如、けたたましい警報が鳴り響く。
「ひぃっ!」
バンっと隣の部屋で扉を蹴破る音がした。
中に人がいないことを確認していたのか、一瞬の沈黙のあと、足音はこちらへと向かってくる。
「また復活したのか!魔王め!
平和のために、何度でも倒すまでだ!」
そこには、見覚えのある、茶髪の男が立っていた。
あの時の勇者だ。
とはいえ、装備がやや変わっていた。
その背中の装備には見覚えがあった。
勇者はバサッとそれを翻す。
今、あたしも同じように、バサッとそれを翻した。
「あ、ぁぁ……あたしのマントー!!!」




