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情報収集

「ふわぁ……」


 こんなにも睡魔に襲われる朝はいつぶりだろうか? そう考えてしまうほどに今日は異様な眠気に襲われていた。


 大きな欠伸をして力なく机の上へと突っ伏す。何とか学校へと登校してきたまでは良かったが到底勉強なんてする気も起きなくて、今すぐにでも惰眠を貪りたかった。しかしそんな我儘を言えるほど偉くもないし、行動力がある訳でもない。


 やはり僕は不満を抱えながらもこうして学校に来てしまっているわけで……何が言いたいのかと言うと────


「力が……欲しい……」


「なんだ? 古傷の再発か?」


 この世の理不尽(?)を妬んでいると頭上から聞きなれた声がする。首だけを動かして見ればそこには呆れたようにこちらを見下ろす友人殿……。


「てか、隈すごいな……どうしたんだよそれ?」


「ああ、これね……」


 大智のご最もな指摘に僕はどう答えたものかと思案する。


 いつもよりかなり少ない睡眠時間、それに比例するかのように目の下には明らかに睡眠不足を訴える黒い隈があった。今朝、洗面台の鏡でそれを確認した時は自分でもその異様な黒さには驚いた。


 この隈の理由は至って単純だ。説明もそれほど難しくは無いのだが……如何せん、素直に話すとはしゃいでるように思われるだろうから嫌だ。いや、実際はしゃいでいたから今回の結果を産んだわけであって……ああ、もう面倒だ。


「ちょっとカメラで写真を撮るのが楽しくてさ……気がついたら朝になってた……」


 うだうだと渦巻く思考を放棄して僕は素直に理由を語る。


 そもそも睡眠を削ってまで何をしていたのか。勉強? そんなわけがあるか。答えはもっと欲望に忠実……僕は夜が開けるまで新しく手に入れた一眼レフ(ニューギア)で遊んでいたのだ。白状すれば僕はカメラ……写真を撮るということにかなりハマっていた。


「随分と気に入ったんだな」


「お恥ずかしながらどっぷりとね」


 揶揄うような友人殿の言葉に僕はしぶしぶ頷くしかない。本当にその通りなのだから。


「今度そのカメラで俺のことも撮ってくれよ」


「……気が向いたらね」


 今のやり取りで何故かご機嫌な大智がそんなリクエストをしてくる。適当に返事をしたのと同時に教室に担任の鮫島先生が入ってくる。気がつけば朝のホームルームが始まる時間まで時計の針が進んでいた。


 ・

 ・

 ・


 何とか午前の授業を耐えきりようやく待望の昼休みがやってきた。これでようやくまともな睡眠が取れると歓喜したのも束の間────


「夕夜くーん、一緒にお昼でもどうだい?」


「……よろこんで〜」


 僕は和泉先輩から昼食に誘われて写真部の部室へとやってきていた。


 どうして約束もしていないのに急に先輩が昼食に誘ってきたのか? その主な理由と言うのはもちろん仲持ちの件であり、昼食を食べながら色々と姉────陽乃のことについて聞きたいらしい。

 まあ色々とお世話────主に物的報酬の件等で────になっている先輩のお誘いを断るわけにもいかず、僕は睡眠を諦めて部室でお昼を食べていた。


「真中さんって普段はどんな事をしてるのかな? やっぱり軽音部だから家でも楽器の練習とか?」


「あー、確かにいつもギターの練習はしてますね。後は普通にリビングでだらりとテレビとか見てますよ」


 異様にテンションの高い先輩の質問に僕は若干気圧されながらも答える。こんな事を聞いて何になるのか……とは正直思わないでは無いが本人は嬉しそうなのでまあ良しとしよう。


 好きな食べ物から始まり、趣味や普段の姉の様子、好きな場所や芸能人の好みなど……本当に様々な質問が先輩から投げかけられる。それらを僕の知り得る限りの情報と主観で答えつつ別件について脳をフル回転させる。


 ────ついでにもう一つの依頼も遂行しておくか。


 その別件とは言わずもがな雨無朝日の件であり、先輩から女の趣味や好みを聞き出すと言う任務である。


「やっぱり家でもキッチリとした良いお姉さんなのかな?」


「え? あー、どうですかね〜、そんなことないと思いますけどね〜」


 怒涛の質問攻めを喰らいながらふと部室に来る途中に鳴っていたスマホの通知を思い返す。


 何事かと簡単に通知を確認をしてみればメッセージの相手は雨無(クライアント)だった。同じ部活であり、協力者という事でメッセージアプリの連絡先を交換してはいたが、まさか実際に彼女からメッセージが届くとは思っていなかった。


 ────まあ、実際に来たメッセージの内容はドン引きモノだったんだけど……。


『おい、なんでまた先輩と一緒にいる?』


『しかも一緒にお昼だと?』


『おい、私を差し押して生意気だな?』


『いいご身分だな?』


『なあ?』


『おい?』



『むししてんじゃねぇよ』



 ……怖い。普通に怖い。スマホのロック画面に大量の通知が来てるのを見た時はホラーか何かかと勘違いしそうになったよ。メッセージの圧も去ることながら、近くに雨無は見当たらなかったのに何故か先輩と一緒にいることがバレているという事実が怖い。


 ────もうここまで来るとストーカーじゃん……。


 トラウマレベルの恐怖を振り払うように無駄な思考を放棄する。


 まあ、結局のところ雨無の要望は色々と情報を仕入れてこいと言ったもので、今回のミッションの成果をこの後の部活で提出しなければいけないらしい。


 ────のんびりと昼飯も食べていられないとか何処のブラック企業だよ……。


「えーと、逆に質問なんですけど先輩は普段何をしてるんですか? カメラ以外に趣味とかあるんです?」


 内心で気落ちしながらも任務を遂行するべく、話題を変えてみる。


「俺?」


「いやその、今後の参考にというか……先輩のプライベートなことが分かれば姉さんと合う部分も分かるかなぁって……」


「ああ、なるほどね! そういうことならじゃんじゃん答えるよ! 趣味はカメラ以外にもあるよ、それこそ音楽とか────」


 急な話題転換に首を傾げた先輩だったが、姉のことを引き合いに出すとすんなり納得した。その疑いようの無さに僕は罪悪感を覚えながらも「嘘は言ってない……はず」と自分を無理やり納得させる。


 そして、雨無の知りたそうな情報を聞き出すことに注力していたら昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。


「────おっと、もうこんな時間か……どう? 参考になりそうかな?」


「えーっと……はい、ありがとうございます」


 朗らかに笑う先輩に僕はぎこちない笑みを返し、急いで後片付けをして部室を後にする。先輩とは途中で教室の方向が変わるので別れて足早に教室へと戻る。その最中、再びスマホに通知が届く。


「ん?」


 教室に着いた頃にそれを確認してみれば、またも雨無から無数の妬みメッセージが届いていた。


『そんなに羨ましいならお前から先輩を昼に誘ってみればいいだろ』


 流石に執拗いその内容に腹が立ったので僕はメッセージを返す。すると今しがた送ったメッセージにすぐ既読が付く。


「既読はや……」


 ────まさかずっと返信がないことを根に持ってトーク画面を監視してたわけじゃないだろうな?


 有り得なくもない可能性に恐怖しつつ、しかしてメッセージの返信が返っては来ない。鳴りを潜めたスマホを見るにどうやら論破できたらしい。


 胸のすくような面持ちで自席へと座り、腹が満たされ更に眠くなった体で午後の授業へと望む。

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