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初撮影

一概に写真を撮ると言っても色々ある。


 人を撮る、料理を撮る、夕焼けを撮る、星を撮る、夜景を撮る、果てには動画を撮る……と、軽く上げただけでもたくさんだ。


「被写体やその日の天気、光の具合によって色々とカメラの設定や撮影の仕方に工夫が必要になってくる。その瞬間にしかその画は撮ることが出来ず、二度と同じ画を撮ることは叶わない。そんな刹那的で普遍的な尊さが写真にはあると俺は思ってる」


「なるほど……」


「理知的な先輩素敵……」


 和泉先輩からの写真を撮る為の心構え……もとい、説明を聞いて僕は頷く。ただ「写真を撮るぞ!」と漠然に考えていたけれど、自身の考えの甘さを思い知る。


 ────二度と同じ写真は取れない……当たり前の話だけど失念していた。


「まあ、それっぽく講釈を垂れてみたけど写真を撮るのは誰にだってできるしやり方を覚えちゃえば良い写真は取れるようになる。何よりも楽しむことが大事だね」


 照れくさそうに笑う先輩は慣れた手つきでカメラを構えてパシャリと一枚写真を撮って見せる。カメラの背面にある液晶モニターには今しがた撮ったばかりの写真────僕と雨無のツーショットが映し出されていた。


「おぉ……!」


「綺麗に撮れてますね!」


 何気ない一枚ではあるが素人目から見てもその写真はよく撮れていると分かる。背景のぼかし方や光の加減なんて絶妙である。


「それじゃあ次は2人が撮ってみようか」


「「はい!」」


 先輩の言葉に僕と雨無は返事をする。いつまでも人が撮った写真に感心している場合ではない。写真部の部員ならば自分で写真を撮ってナンボだ。僕は昼休みに先輩から譲り受けた物的報酬……一眼レフカメラをバックから取り出す。


「レンズマウントにレンズの接点部分を合わせて……そうそう、カチッと嵌る感触がすればOK」


「はい……」


 先輩に間違いがないか確認をしてもらいながらカメラのセッティングをする。簡単にカメラに関する知識を付けようと色々調べてみたが、カメラというのは専門用語が多すぎる。


 ピントフォーカスから始まって、彩度やF値、シャッター速度などなど呪文の嵐だ。すぐにでも憧れのマジックアワーを撮れると思っていたが、最初の時点でもう頭がパンクしそうだ。


「この絞りがズームで、こっちがフォーカス……まあ最初はオートでピントが合う設定にして、何も気にせずに好きに撮ってみようか」


「りょ、了解です」


 想像よりもずっしりと重量感のあるカメラに驚き、落とさないように気をつけながら先輩の指導を受ける。


「……」


 背後から物凄く睨まれているような気がするが無視だ。変に気を取られてカメラを落としでもしたら洒落にならない。


 ────今はカメラに集中……。


 ファインダー窓に片目を軽く近づけて中を見る。視線を彷徨わせるようにしてカメラと体も動かしながら視界に収まった自分のカバンに焦点を合わせる。


 ────カシャッ。


 子気味良いシャッターを切る音に妙な快感を覚える。身がぶるりと震えて、すぐさま液晶モニターに映された写真を確認する。


「おぉ……」


 カバンの写真が撮れている。当たり前だけれどスマホで写真を撮った時では全く感じることのなかった感動がその小さな液晶モニターには詰まっていた。


 ────なんか……いいな。


 良くも悪くも僕はカメラと言うものに親しみがなく、適当な写真を一枚撮れただけでも一入の喜びだ。先輩の談では今のカメラは色々と操作が簡単になっており、初心者でも扱いやすくなっているとの話だ。


 なるほど確かに、適当に撮ったにしては上手く撮れている……ような感覚に陥る。先輩の写真と比べると全く足元にも及ばないが初めて一眼レフで撮った写真はとても輝いて見えた。


「~~~ッ!!」


 再びファインダーを覗き込んで、僕は片っ端から写真を撮っていく。窓の景色に、机や椅子、電気ポットにお茶の入った湯呑、机の上にころがったボールペン……そして不意にレンズが捉えた先は学校一の美少女────雨無朝日だ。


 彼女も和泉先輩のカメラを借りて、先輩から写真のレクチャーを受けている。その姿はとても楽しそうで普段学校で見かけるつまらなさそうな様子とは掛け離れている。


 ────デレデレだな……。


 やはり素材が良いからだろうかファインダー越しに見る彼女はとても映えて、既に一つの作品として完成されているように思える。


『カシャッ』


 無意識にシャッターを切り、子気味良い音が鳴る。そこで我に返る。


「やば……」


 咄嗟にファインダーから目を離し顔を引き攣らせる。そのまま肉眼で雨無を捉えれば、彼女は当然と言うべきかなんの断りも入れず写真を取られたことに明らかに不機嫌そうだ。


「ご────」


「おっ! 俺たちを撮ったね? どれどれ上手く取れたかな?!」


 すぐに「ごめん」と謝ろうとするがそれを和泉先輩が遮る。そして先輩は僕の側まで寄ってきて撮った写真をはじめから確認し始めた。改めて見返してみると、その殆どが微妙にピントがズレていたり、手ブレで写真が変なことになっている。


「うっ……下手くそだなぁ……」


 我ながら写真を撮るということ自体が楽しすぎて変に勢い付いてしまった。最初は「うまく撮れた!」と思っても見返してみるとなかなかに酷い。


「まあ最初はこんなもんだよ……それにこの写真はよく撮れてる」


 しかし唯一、無意識に撮った雨無の写真だけは綺麗に撮れており、先輩は雨無にも写真を見せて「ね、綺麗だよね」と同意を求める。


「き、綺麗!? 私、写真……えっ? えっ?」


 それに彼女は敏感に反応する。言葉の流れ的に写真が綺麗に撮れてると先輩は言ったのだが恋する乙女には関係ない。


「ほら、朝日ちゃんも綺麗に撮れてるって」


「はぁ……」


 不満げな表情なら一転、雨無は「よくやった」と言わんばかりに機嫌を直す。


 ────現金なヤツめ……。


 呆れつつも内心はホッと胸を撫で下ろした。


 ・

 ・

 ・


 そんなこんなで色々と先輩に師事を受けながら写真を撮っているといつの間にか完全下校時間になってしまった。楽しい時間はあっという間とは言うが全くその通りだ。


「じゃあ夕夜くん、また明日ね〜」


「はい、お疲れ様です」


 本日の部活は終了。部室前で僕は先輩と雨無と別れる。なんでも部屋の鍵は二人が返しに行ってくれるとのことだ。


 流石に新参者で雑用を先輩だけに任せるのはどうかと思い、僕もついて行こうとしたが雨無に無言の圧力で「お前は来んな」と言われた気がするので素直に帰ることにした。


「いや、あの目は確実に言ってたな……」


 流石は強火ガチ恋勢、少しでも二人きりの時間を邪魔されたくないらしい。ぶれない彼女にもはや関心すら覚えながら帰路に着く。


 足取りは軽やかで思わずスキップしてしまいそうだ。今日の部活を振り返って、正直こんなに写真を撮るのが楽しいとは思わなかった。加えて肩にぶらさがったショルダーケースのカメラの重みが更に僕を興奮させた。


「ふふふ……」


 名実ともに僕のカメラとなった一眼レフ。帰ってからも何か写真を撮ろうと今からワクワクだ。思わず気持ち悪い笑みも出てきてしまう。


 無意識に足取りも早くなり、気が付けば家に到着していた。その勢いのままな玄関に入ると、僕よりほんの少し早く帰宅していた姉がリビングから出てきたところであった。


「あ、ゆうくんおかえり〜」


「ただいま」


 反射的に返せば姉の陽乃は楽しそうにこちらを見て微笑んだ。


「今日はいつもより遅かったね?」


「まあ、ちょっとね……」


 こちらまで寄ってきて姉はわざとらしく尋ねてくる。


 ────そういえばまだ部活に入ったことを話してなかったな。


 わざわざ教えることでもないが隠すほどのことでもない。僕は素直に理由を話そうとするが、


「部活は楽しかったかなぁ?」


「え? なんで知ってるの?」


 どうしてか姉は僕が写真部に入ったことを知っていた。それに対して僕は首を傾げると姉は得意げに笑みを深める。


「お姉ちゃんはゆうくんの事ならなんでも知ってるんだよ」


「そういうの良いから……で、なんで知ってるの?」


 ダル絡みしてくる姉を鬱陶しく思いつつ僕は再度聞き返す。すると姉は「ゆうくんのいけずぅ〜」と不貞腐れながらも素直に答えてくれた。


「和泉くんに教えて貰ったんだよ」


「……和泉先輩?」


「そ、写真部の部長から」


 思わぬ情報の出処に僕は面食らいながらも、しかしながら納得する。


 ────どうやら先輩は早速僕をダシに使ったらしい……。


 随分と素早い行動力に内心で苦笑しつつ、僕はそんな先輩に絶賛片思い中の雨無を思い出す。


「この牙城をアイツは切り崩せるのだろうか?」


 やはり敗戦濃厚では?

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