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部活前の作戦会議

午後の授業は殆ど頭に入ってこなかった。というか耳は外からの情報を拒み、昼休みまでに強制インプットされた情報を処理するので手一杯と言った感じだった。


 ────おうち帰りたい……。


 常に脳内を埋めつくしているのはこれからどうするべきか、と言うこと。


 昨日は雨無朝日の恋愛協力を約束させられて、今日の昼には和泉先輩からの恋愛協力を頼まれてしまった。言うまでもなく雨無朝日は半ば強制的、脅迫紛いであり、かと思えば情に訴えてくる感じ。片や和泉先輩からはギブアンドテイク、物的報酬も貰ってこちらのモチベーションをしっかりと刺激してくる。


 やる気度で言えば断然、先輩の方で、しかしながらあんな半泣きを見せつけられると雨無の方も無下にはできない。なし崩し的とは言え、一度は協力すると頷いたのだ。男に二言は無い。それなりに頑張るしかないのだが……。


「既に雨無の方は敗戦濃厚……」


「何の話だ?」


 たった二日で浮上した莫大な悩みに頭を抱えていると既にホームルームは終わっており、クラスメイトたちは三々五々。大智もエナメルバッグを担いで席を立ち上がっていた。


「……いや、こっちの話」


「なんかおもろい話があるなら教えろよ」


「……モチロン」


 目敏い親友におどけて返答し、僕も席から立ちあがる。


「そんじゃあ、何をするか知らんが部活頑張れよ〜」


「そっちもね」


 お互いに軽く挨拶をして教室前で別れればその足で部室棟へと向かう。


 ────さて、本当にどうしたものか……というかどんな顔をしてあの二人と面と向かって会えばいいんだ……。


 今まで直行していた玄関とは反対の廊下、その足取りは重く、入部二日目にしてもう部活に行く気力が削がれていた。それでも僕に部活をバックれるという選択肢は無い。そんなことをしていてはそもそもの目的を達成することが出来ない。


 二つの問題を抜きにすればこれから楽しい部活が待っている。僕は写真を撮りたくて写真部に入部したのだ。決して人の恋路の手助けをしたくて写真部に入った訳では無い。そのはずだったのに……。


「はあ……」


 思わず気落ちした溜息が吐いて出る。「どうしてこうなった?」と自問自答したところで答えは出てくるはずもなく、強いて言えば自分の弱い意志が招いた結果であり、気が付けば部室前だ。横開きの扉へと手をかければすんなりと扉は開く。


「あっ……」


 中に入ると部室内には既に先客がいたようで、この場合どちらが先客でも気まずいことが確定している。できることならば和泉先輩にいて欲しかった。昨日の今日で流石に負け戦を強いられた悲しき女と二人きりにはなりたくない。しかし残酷かな、中にいたのは雨無朝日であった。


「こんにちは」


「こんちわ……」


 今日は開口一番にどんな毒を吐くのかと身構えてみれば意外や意外、すんなりと挨拶をされる。面食らって少しフリーズしてしまうが、直ぐに扉を閉めて昨日座った椅子へと陣取る。何故か視線を感じてチラリと目を彷徨わせれば雨無と目が合う。


「……」


 その目線は鋭く、確かにこちらを睨んでいる。まるで親の仇を見るような眼力に「なんで不機嫌なんだ」と自分のここまでの行いを省みる。


 ────いや、どう省みても何かした覚えなんてないんだけど?


 思い当たる節はなく、疑問は増すばかり。なんて考えていると件の雨無は口を開く。


「……昼休み、縁先輩と一緒に居たわね?」


「あ……」


 あった。滅茶苦茶あった。その後の衝撃が物凄くて忘れていたが、僕は彼女の機嫌を損ねる理由が一つあった。


 ────何処で見られた? 近くにコイツが居た覚えは無いし……というか、本当に予想通り嫉妬しちゃったよ。


「居たわよね? それでその後、二人きりで何処に行ったっていうの? ねぇ、質問に答えてくれるわよね? ねぇ?」


 なんとも嬉しくない予想的中にげんなりしていると、怨嗟籠った声音で雨無(クライアント)様は詰問してくる。それに若干の恐怖を覚えながらも答える。


「答える! 答えるよ! だからそんな睨むな、圧を出すな! ただ、先輩に部室でお下がりのカメラを貰ってただけだよ……」


 しかし全てを詳らかに話すのではなくだ。正直、雨無に『実は和泉先輩には想い人が居た』なんて話をする度胸を僕は持ち合わせていない。


「そう────」


 妙に疑り深い彼女に若干訝しまれながらも何とか納得してもらう。しかし和泉先輩強火ガチ恋勢の彼女はそれだけで終わらない。


「……は? ちょっと待って、今納得しかけたけど「カメラを貰った」って言ったわよね? どういうこと? なんで先輩は私じゃなくてアンタなんかにお下がりのカメラを上げたの? は? 意味わかんないんだけど? は???」


「し、知るかよ……僕は先輩からカメラを譲り受けただけだ。詳しい理由は先輩に聞けばいいんじゃないか?」


 妙に鋭いところを突いてくる雨無にボロが出ないように全ての説明責任を先輩へと丸投げする。雨無も先輩の名前を出されると弱いのか、それ以上の追求は止み、嫉妬と憎悪の半目を向けられるだけで済んだ。


 ────やはりこの女、タダでは終わらないな。


 どっちにしろこうなる運命だったと僕は項垂れる。そしていつまでも恨みがましい視線に充てられていてはこちらの精神衛生上よろしくないので何とか話題を逸らす。


「そ、それで、昨日の話だけど……協力するのはいいとして、具体的に何か計画とか考えたのか?」


 その質問に雨無は少し考えて「ないわね」と淡白に答える。


「それを考えるのも協力者の役目でしょ」


 仕舞いにはこんなことを言う始末。


「おま────」


 余りの無茶振りに噛み付こうとするが、既のところで思いとどまる。ここでまた何か言ったところで倍返しで罵詈雑言が飛んでくるだけだ。


「すぅ……はぁ……」


 ここは一旦落ち着いて、大人の対応。アンガーマネジメントってやつだ。……違うか? まあいい。相手は敗戦濃厚で可哀想な乙女、そう考えれば少しは優しくなれるしこちらから歩み寄ることも出来る。


「……例えばの話だ。雨無はいつまでに先輩と恋人同士になりたいとか、そういう未来への展望はないの?」


 和泉先輩は三年生であり、来年の三月には卒業してしまう。実際問題として残された時間は少ない。それを指摘してみると雨無は今までの仏頂面から一転して頬を赤らめて恥ずかしがりながら答えた。


「夏……とか? 海とか花火大会? とか一緒に回りたいし……」


「あっ、そすか……」


 なんとも純真で乙女らしい発言をする彼女にこちらまで恥ずかしくなってくる。それを誤魔化すかのように僕はとりあえずの目標を設定する。


「それじゃあ夏休みに入る前かその期間中に告白して思いを伝える・あわよくば付き合う、を目標にしよう」


「そ、そうね」


 僕の提案と確認に彼女は素直に頷く。これで大元の部分は決まった。ではさらに具体的にどうアプローチをしていくかという話だ。


「参考として聞きたいんだけどさ、雨無はこの一週間で先輩にどんなアプローチをしてきたの?」


「は? なんでアンタにそんなこと────」


「言いたくないなら別にそれでもいいけど、その場合はそれ相応の協力しかできないからな」


「うっ……わかったわよ! 言えばいいんでしょ!」


「それで?」


「ふ、普通に部活中に積極的に話しかけてみたり、積極的にお茶入れたり……昨日は初めて手作りのお菓子を持ってきて食べてもらったり……」


「なるほど」


 まだ入学してから一週間ちょっと、ざっくりと話を聞くに彼女がこれまで実践してきたことはまだ始まりの部分であり、これからの行動しだいな所が大きい。


 ────口ぶりや昨日の様子を見るからに上手くは行っていない。ならまずするべきことは……。


「情報収集か」


「情報?」


 手堅いがこういう地道な下調べが大事だ。攻略するべき相手の事を微塵も知らないのではそもそもお話にならない。誠に遺憾ではあるが初っ端から僕の出番であるわけだ。いまいち話の要領を得ない雨無に僕は説明をする。


「先輩の趣味嗜好を知ろうって話だよ。そこんところ、どうせ全く知らないんだろ?」


「ムカつく口ぶりだけど……その通りよ」


 珍しく己の評価を認めて悔しがる雨無に僕はカバンからルーズリーフ一枚と適当なペンを出して尋ねる。


「それじゃあそこんところ僕がさりげなくリサーチしておくから、雨無が先輩のどんな情報を知りたいのかざっくり教えてくれ」


「っ! ほ、本当!? 本当に、なんでも聞いてくれるの!?」


「なんでもは流石に無理だけど……できる限り要望には答えるよ」


「……っ! そ、それじゃあ────」


 今日一の嬉しそうな彼女の表情に不覚ながらもグッときてしまう。この女、顔は普通に良いのでこういう素直な反応をされると困る。


「いやー遅れちゃってごめん!」


 次から次へと出てくる彼女の質問リクエストを箇条書きで纏めていると不意に教室の扉が開け放たれる。少し焦りながらもさりげなくメモ用紙を隠し、扉の方へと視線を流すとそこには和泉先輩の姿があった。


「委員会長引いちゃってねさ、本当にごめんね〜」


「ぜ、全然大丈夫でしゅ!!」


「気にしないでください」


 遅れてきたことを謝罪しつつもどこから満足げな先輩に僕達は平静を装う。


「……いやー良かった! 二人ともすっかり仲良しだね!!」


「「……は?」」


 そんな僕と雨無を見て和泉先輩は何をどう思ったのか変な勘違いをする。意図せず重なった声に先輩は更に「息もバッチリだ」と何処か嬉しそうに勘違いを加速させていく。


 ────勘弁してくれ……。


 お互いにそう否定したかっただろうがマイペースな先輩に対して何も言えず、そうして本日の部活動が始まった。

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