エピローグ
昨日で一学期で行う全ての授業日程が終了し、今日の終業式が終われば長期夏季休暇へと入る。
『えー学生の本分は学ぶことであり。生徒諸君にはこの夏季休暇こそ有意義な学びの時間となることを、私含め教師陣一同、願っているわけで────』
壇上に立ち全校生徒の前で長々と、ありがたいお話をしてくれる校長にどれほどの生徒が興味を示しているのか。その実態は定かでは無いが、まあ十中八九、殆どの生徒が校長先生の話など微塵も聞いてはいないわけで。それどころか全校生徒の脳内にあるのはただ一つの事、この長ったらしい話の後に待ち構えている夏休みのことばかりなのは道理であって……当然と言えば当然のことであった。
『私の好きな言葉に「夢は大きく、目指せテッペン」と言う言葉があります。これは生徒諸君にはいつでも自由な発想で、のびのびと色んな事に挑戦してほしいと────』
「ふわぁ……」
「いつにも増して話ながくね?」
「もう途中から関係ないこと話してる気がするのは俺だけか……?」
「はよ終われ」
何処か緩慢とした空気が漂う体育館。長ったらしい話が終わったのはその十分後であった。
漸く終業式が終わって、後は各々の教室で軽いホームルームをして、担任から改めて夏季休暇の諸注意などの説明が成されれば生徒たちは解放される。
「そんじゃあお前ら、悪さだけはすんなよォ〜」
「「「はいっ!!」」」
担任の最後の一言でクラスメイトは弾けるように立ち上がった。
部活に向かう者、午前中に終わった為にまるまる自由にできる午後から遊びに出かけようと算段を立てる者、期末試験の結果が散々でこれから補習に連行される者……。正に三々五々、各々がこの後の予定に一喜一憂し動き出す。それは僕も例に漏れずだ。
「よいしょっと……」
勉強道具の入った鞄と黒のカメラバックを肩にかけて、浮き足立つクラスメイト達を見遣りながら席を立ち上がると前の席の昔馴染みが振り向いてきた。
「部活か?」
「まあね。大智もでしょ?」
「おうよ!」
「頑張ってね」
「夕夜もな!」
なんてやり取りをして僕は教室を後にする。廊下に出れば、これまた夏休みに喜び騒ぐ生徒たちの喧騒で満ちていた。いつもより騒がしく感じる道程に僕は自分も心が浮ついてるのを自覚した。それは一つ悩みの種が解消されたお陰かもしれない。
あの一件……雨無朝日の公開告白の日から、僕と彼女の噂は霧散し、何処へ行っても誰かの不躾な視線に晒されることは無くなった。まだ偶にフォトギャリーの写真を譲ってくれとせがんでくる生徒もいるにいるが、それでも噂の解消により僕のストレスはだいぶ軽減された。……それでもまあ、全てが終わった訳じゃあないんだけど。
文化部の部室棟まで来れば周りの騒がしさも控えめになる。それでもここまで来てもまだ夏休みに浮つく雰囲気が漂っているのだから、「夏休み」と言う言葉の魔力は相当なモノだ。そんな雰囲気に充てられて浮足立ちながら、我らが写真部の部室までたどり着けば僕は迷うことなく扉を開けて中に入る。すると中には既に先客……雨無朝日がいつもの席に座ってスマホをつまらなさそうに眺めていた。
「おつかれ」
軽く挨拶をすると彼女は横目で一瞥すると「ん」と素っ気ない返事を返す。少し前までは挨拶なんて碌に返ってこなかったことを考えるとなんとも考え深い。いつもの席に陣取って、荷物を机の上に置きながら流れで彼女に質問をする。
「和泉先輩は?」
「夏期講習の手続き? か何かで職員室に呼ばれたらしいわ」
「へぇ……」
既に国公立の推薦が濃厚で余裕もあるだろうに、真面目に夏期講習を受けるとはとても先輩らしい。自分にはマネできそうもない勤勉さに、関心していると今度はあちらが切り出す。
「あんた、夏休みは何してんの?」
「……は?」
思わぬ切り口に反射的に呆けた声を出す。その反応が気に入らなかったのか、雨無から鋭い視線が飛んでくた。もしかしたら聞き間違いかもしれない可能性を考慮して、僕は改めて聞き返す。
「な、なんて?」
すると、彼女はそっぽを向いてぶっきらぼうに話を続けた。
「……作戦! 夏休みも実行するつもりだから……暇なら手伝いなさい! ていうか暇でしょ!? どうせ写真撮るぐらいしかすることないでしょ!?」
「えぇ……」
なぜ聞き返しただけでこんなに怒鳴られなければいけないのか。それに全くな物言いだ。……だが悲しいかな、彼女の予想は強ち間違いでもない。
「まあ、そうだけど」
なので僕はの素直に肯定した。
「じゃあいつでも私のサポートができるってわけね! それならいいわ!!」
すると彼女はなぜか得意げに慎ましい胸を逸らしてニヒルに笑った。
今の口ぶりからお察しの通り、彼女は和泉先輩への恋心を諦めることは出来なかった。……と言うか、たった一度の告白、たった一度振られたくらいで消えるほど彼女の想いは軽くなく、そして雨無朝日と言う少女は諦めが悪かった。
告白は失敗したが、継続して先輩へのアタックを決めた彼女はこれから始まる夏休みも猛アタックを敢行するらしい。そして、その手伝いをしろと、今、直々にご指名いただいた。まあ、ここまで来て知らぬ存ぜぬは出来ないし、したくはなかった。
やはり、僕の気持ちは変わりない。ごくごく普通の恋する乙女の理解者として真中夕夜は雨無朝日に協力する心持だ。
「ははっ……」
「……何笑ってんのよ。きもいわね」
随分と従僕……いや、奴隷根性が染み付いてしまったものだと自嘲していると雨無様がじろりと半目を向けてくる。誤解を解くのも面倒なので僕は諦めるように頭を振り、そんな僕を見て彼女は呆れながら言葉を続けた。
「……まあいいわ。それじゃあ、作戦会議をしましょう」
「へいへい」
やる気は十分。一度の失敗を経て、諦めることなく立ち上がった少女は強く、その思いは以前よりも燦然と眩しく輝きを増している。
去年とは全く毛色の違う夏休みが始まろうとしている。
少女の恋の瞬間はまだ訪れたばかりだ。
さよなら今夜のマジックアワー End




