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さよなら今夜のマジックアワー

 よくある話だと言うには薄情であり、しかしやはり在り来りな話だと僕は思った。その気分はとてもモヤモヤとしたものであり、言うなれば辟易にも似たその感情は顔にまで出ていたようで、雨無はこちらを見て笑った。


「何その顔」


「何って……結構重めな話をされた後に、どういう反応をすればいいのか分からない顔……?」


 本当に二つの意味で僕は驚いていた。雨無の過去は勿論のこと、それよりも彼女がこんな話を自分にしてくれたという事実に。そんな僕の心境を知ってか知らずか、彼女は清々しく微笑した。


「別に笑えばいいんじゃない? もう過去の話だし、こうやって他人(だれか)に話せるぐらいには自分の中で消化もできてるしね」


「そうは言っても、流石に今の話で笑うのは無理だろ……」


 現に雨無は和泉先輩に想いを伝え、残念ながらそれは受け入れられなかった。彼女の言う「過去」とはいったい何処からどこまでが含まれているのだろうか。正直触れずらい冗句に僕は顰め面をするしかない。そんな僕を見て、彼女はやはりくすくすと笑う。


「あら、私の話は詰まらないって言いたいの? いい度胸ね、いっぺん海の藻屑になってみる?」


「……鬼畜かよ」


「ふふっ、そうね。流石にこれは鬼畜ね」


 随分と晴れやかで、いつにもまして上機嫌な少女にペースが崩される。楽しげに微笑む彼女は、今も刻々と沈みゆく夕陽に照らされてとても綺麗で、そんな横顔にドギマギしてしまう。気が付けば、僕はシャッターを切っていた。


「この後に及んでまた盗撮? やっぱり沈む?」


「あっ、いや、悪い……そんなつもりは……」


 シャッターの簡素な音が響いて我に返る。本当に無意識だった為に僕は慌てて謝った。そしてすぐに今しがた撮った写真データを削除しようとするが、


「ふふっ。冗談よ、そんなに慌てちゃって……別に、消さなくてもいいわよ」


 何故かそれを彼女に止められる。それどころかこんな催促までしてくる。


「その代わり、その写真、後で現像して私にちょうだい」


「わ、わかった……」


 それは撮られた彼女には当然の権利ではあるのだが、やはり今の彼女はどこか上機嫌すぎて様子がおかしい。僕は気まづさを誤魔化す為に今度は質問をした。


「……どうして僕なんかにこんな話をしたんだ?」


「どうしてかしらね? 自分でもよく分からない。でも……別にあんたになら話してもいいかって思っただけ……仮にも協力者なわけだしね」


 そう言って微笑む彼女は本当に綺麗で、何度も見たことがある表情なはずなのに、こうしてちゃんと見るのは初めての感覚で……僕は自分で何を考えているのかさえも分からなくなってくる。


「そう、か……」


 辛うじて言葉を返す。何かが、おかしい。身体を動かす大事なネジがいつの間にか外に出てしまって、噛み合わせがずっと悪い気持ち悪させ覚える。この感情を何と言ったか? ふと、脳裏に思い返されるのは姉との交わしたとあるやり取り。


『ゆうくんと雨無ちゃんの関係を言葉で表すなら何なのかな?』


『よぉく考えた方がいいかもよ? 今後の為にもね』


 どうしてこのタイミングでこのことを? 思考は混乱していく。それでも考えられずには居られなかった。今ならあの時に出せなかった答えが出せるような気がするから。


 改めて考えてみよう。僕と雨無の関係を言葉で表すのならばなんであろうか。


 同級生? 同じ部活の同期? 協力者? それとも友人? どれも合っていると間違っているとも言い切れない、そうだと思うし、そうだと思えない、端的に言えばしっくりと来ない。今までずっとそうだった、だけど僕はその答えを言葉にできそうだった。


 雨無朝日は真中夕夜のことを「協力者」と言った。今しがたの発言からもそれは確定的に明らかだ。それならば、真中夕夜は雨無朝日のことをどう思っているのか? 真中夕夜は雨無朝日の何になりたいと思っているのか?


「僕は……」


「ん?」


 気が付けば、答えがハッキリと自分の中に出ていた。


 それは彼女を追いかけようと教室を飛び出し、走っていた最中。この面倒くさくも目の離せない、まるで手のかかる子供のような、それでいてそれとは全く別で独りは寂しくて本当は嫌なのに、でもそんな現状を受け入れるしかない孤独な彼女の……「理解者」でありたいと。気難しい独りの少女の絶対的な味方でありたいと思っているのだ。


「そうか……」


「何の話よ……?」


 さて、それでは今胸中に芽生えたこの気持ちをなんと表したのか。答えは単純、嬉しかったんだ。


 そう嬉しかった。胸の内に秘めていた、過去の嫌な記憶を打ち明けてくれるほど信頼してくれたことが嬉しかった。今まで燻って、溜め込んでいた靄がスっと薄れていく。視界は明瞭で心は晴れやかになった気分だ。


「変なやつ……」


 そこまで考えて僕は彼女の呆れた声で我に返る。少女は僕に向けていた半目を前へと戻し、思わずと言った様子で呟いた。


「綺麗……」


「……」


  彼女の視線が向く先……自然と僕も吊られて視線を彼女から海の方へと向ける。瞬間、息を呑んだ。


 先程まで煌々と輝いていた夕陽は地平線の真下へと消えかかり、完全に沈み込むその最後まで、光を地上に届けようと輝き続ける。それは昼と夜が入れ替わる瞬間であり、太陽が完全に沈む間際。昼と夜の境界線が曖昧となり、そのどちらでもない間際にだけ訪れる、魔法の瞬間だ。


魔法の瞬間(マジックアワー)……」


 それはまさに読んで字のごとく。僕が写真を始めるきっかけとなった景色であり、幻想的な光景に無意識に心奪われる。


 芽生えたこの気持ちがなんであれ、その感情を明確な言葉で現れた喜びさえも、目の前の景色にはすべてが霞んでしまう。今は何も考えずに、ただこの一瞬にしか訪れない魔法の瞬間に溺れていたい。それは隣の少女も同じだったようだ。


「……」


 気が付けば、彼女のその綺麗な瞳から零れ流れる一筋の涙。それはどんな意味を孕んでいるのだろうか。明確な答えを出せたはずの僕でもわからない。けれど、理解したかった。それはとても傲慢な話ではあるのだけれど。


 今日、1人の少女の(まほう)が終わった。


 それは結果だけを見ればほろ苦く、悲しい思い出になってしまったかもしれない。目の前の景色と同じように決して同じ(まほう)の瞬間なんてものは存在しない。二度とその瞬間(じかん)は訪れない。それが分かってるから隣の少女は悲しくなったのかもしれない。


 それでも、きっと悲観することはないんだ。別れを名残惜しむ必要はない。


 軽く手を振るだけでいい。


 何故かって?


 だって遠くない未来、それこそ明日、時が経てばまた新しい(まほう)瞬間じかんは訪れるんだ。


 だから今はただ────


「さよなら」


 今夜の魔法(こい)の瞬間よ。

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