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夕暮れの独白

 電車に揺られて向かう先は以前も行ったことのある海が見える観光地だ。ファミレスを出たのが17時頃で、目的地までは電車に揺られて約1時間ほど。タイムスケジュール的には結構余裕があり、お目当てのモノも問題なく見れるだろう。


「我ながら完璧だな」


「……何が完璧なのよ」


 思わず自画自賛をしていると、隣に座った少女から恨めしそうな半目が向けられる。意外にも車内は空いており、周りを気にせずに話せる環境の所為か雨無の圧は強い。だが、今更そんなことで気圧されるはずもなく、寧ろ逆手にとるかのように僕は答えた。


「まあまあ、さっきも言ったけど落ち込んだ時には気分転換だ。大自然の権化たる海を見れば悲しい気分も大なり小なりスッキリするって。どうせ暇だろ?」


「暇だけど……それにしたってなんで海よ?」


 僕の言葉を喧しそうに、雨無は眉根を歪ませながら首を傾げる。それに対して僕はこれまた堂々と返した。


「元々、今日の放課後は久々に写真を取りに行こうと思ってたんだ。ちょっと予定は狂ったけど、渡りに船? な感じで気落ちした雨無がいたから、ついでに引き連れて海にでも行こうかなって」


「人が傷心してるからって調子に乗って……後で覚えてなさいよ……」


「はっ、逆に雨無は僕に感謝することになるだろうさ」


 声にドスを効かせて脅してくるが、いつものに比べれば全く怖くは無い。何せさっきまでわんわん泣いて、今も彼女の目元は真っ赤に腫れてるんだ。普段の仏頂面と比べれば数段可愛らしいではないか。


「その顔ムカつく……わねッ!」


「あだ!?」


 僕の態度が余程気に入らなかったのか、彼女は勢いよく僕の足を踏み抜き、思わず変な声が出る。


「すみません、調子に乗りました……」


 少しずついつものに調子が戻りつつある雨無とそんなやり取りをしながら電車に揺られる。気がつけば目的地の駅まで到着し、僕たちは下車した。


 ・

 ・

 ・


 外に出た瞬間に鼻をくすぐる潮の匂い、カモメの鳴き声や外の気温も合わさって、本格的な夏の訪れを感じる。


「気がつけば7月だもんなぁ〜」


 時の流れの速さを残酷に想い、黄昏ていると横から軽く脛を蹴られる。


「なんの話しよ。突っ立ってないで海、行くわよ」


「はいはい……」


 じんわりと痛む脛を庇いながら先頭切って前を歩く雨無を追いかける。先程まであんなに文句を言っていたのに、彼女はすっかりと海に行く気満々になっていた。単純なものである。そうは思いつつも、単純すぎるぐらいが今はちょうど良いとも思う。ことある事にうじうじと先輩のことを思い出さても反応と対処に困るのが本音だ。


 駅を出て、2ヶ月ほど前も歩いたことのある道を進む。平日の、それも夕暮れ時ともなればそれなりに人通りは落ち着いている。通りの出店や屋台、海の家なんかはもう店じまいで逆方向……浜辺から駅へと向かって歩いてくる人の方が多い。


「それもそうか」


 今日も一日快晴だった。夕暮れ時の海辺は陽色に染まってとても綺麗だ。無意識にカメラをバックから取り出して準備を整えればそのままシャッター切る。


 カシャ。


 久方ぶりのシャッターボタンの感触やシャッターの切れる音はとても気持ちよくて、肌が粟立つような錯覚を覚える。その場に立ち止まって何枚か写真を撮っていると、少し先を歩いていた雨無が振り返り急かしてくる。


「ちんたらしてると置いていくわよ!」


「はいはい……」


 それに僕は苦笑いで返事をして再び歩みを進める。雨無に急かされたこともあってか、すんなりと浜辺まで到着する。防波堤によって遮られていた視界が開けて、視界一面に海と夕陽が飛び込んでくる。


「おぉ」


「わぁ」


 僕たちは図らずも似たような感嘆の声を上げて息を呑んだ。無意識に足が早歩きをして、砂を踏む感触がやけに焦れったく思えて……僕と彼女は潮騒響く浜辺の絶景に心奪われた。


 写真を撮るのも忘れて、ただ目の前の景色を目に焼きつけることだけに集中していると、隣の少女が不意にぽつりと呟いた。


「確かに、こんなの綺麗な景色を見たら沈んだ気分も吹き飛ぶわね……」


 呆然と同じように眼前の景色に目を奪われた少女を僕は見る。そしてすぐさま視線を前へと戻して得意げに答えた。


「だろ」


 どこかゆったりとした時間が流れる浜辺。僕らの他にもこの終わりかけの景色を一目見ようと浜辺に足を運ぶ人が一定数いる。


 そのどれもが男女のカップルであり、いい雰囲気、傍から見れば僕と彼女もそう見られておかしくはなかった。しかし、そんなの知ったことかと僕らその場に座り込んで景色を見つめる。


「おっと……」


 少し遅れて、僕は思い出したかのようにカメラのシャッターを切る。その間に特に会話は無い。必要ないだろと言わんばかりに、ただお互いの世界に没入する。


 少しづつ沈みゆく夕陽、その瞬間、瞬間を逃すまいとカメラを構えて躍起になっていると、不意に足元に座っていた少女が呟いた。


「最初にあったのは中学三年の時に参加した学校見学会だった」


「え?」


 僕は唐突な言葉にファインダーから目を離して雨無の方を見る。いきなりなんの話だ? 要領を得ない彼女の言葉に困惑するが、それを気に留めることなく彼女は言葉を続けた。


「別にね、私も最初からこんなに無愛想な人間じゃなかったのよ」


「あっ、一応自覚はあったんだ」


 思わず口から出た言葉に僕は「やばい」と口を噤むが遅い。射殺さんばかりの鋭い睨みが隣から向けられるが、それでも彼女は呆れたように溜息を吐いて話を続けた。


「はぁ……まあいいわ。でも次はないから、黙って聞きなさい」


「はい」


 どうやら許されたらしい。そして彼女の言葉度落ち今度無駄な口を挟めば命は無いだろう。そう悟った僕は黙って雨無朝日の自分語りに耳を傾けることにした。

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