公開告白(3)
「どうとでもなれだ!!」
カメラ以外の荷物を全部放ったらかして、勢いのままに僕は学校を出た。依然として肩に掛けたカメラバックは暴れ回り、それを何とか押さえ込みながら何処に行ったかも定かではない雨無を追いかける。
そうして気が付けば学校から走り続けて30分。前ならばこれだけ走り続けてもまだ体力には余裕があったはずなのに、今は息も絶え絶えだ。
「やっぱ……こういう時に、運動不足、は致命的だ、なっ!」
ちょっと運動しないだけでこんなに衰えるものなのか、怠惰な過去の自分を恨み、最寄り駅前の広場を見渡す。時刻は16時半ばを回った頃、下校中の学生や少し早い仕事終わりのサラリーマンの姿があって駅前の人通りはかなり多い。
ここまで近くの公園や商店街、よく行くファミレスや喫茶店なんかを虱潰しに探してみたが彼女の姿はどこにもなかった。よもや、そのまま自宅へ帰ったのではなだろうな? そう勘繰りもするが、どうにも諦め悪く僕は外を探し回っている。
「メッセージも既読にならないし……せめて返事ぐらいしろよ」
スマホの画面を睨み、悪態を吐きながら近くにあった自販機に寄る。ここまでノンストップで来たのもあって喉はカラカラだ。なんなら痛いまである。
荷物は学校にあって、つまりは財布も学校……状況的に一文無しであるが、今や電子マネーの方が主流になりつつある現代だ。そして今どきの若者である僕はスマホの交通系ICアプリにチャージしてある電子マネーでスポーツドリンクを買うことに成功した。
「んぐ……しみるねぇ……!」
程よく冷えたスポーツドリンクを勢いよく呷り、一気に半分ほど飲み干して考える。
「さてどうしたもんか」
改めて状況を整理する。無闇矢鱈とここまで来てしまったが、現実的に考えて行方知れずの雨無を探すのは無謀だ。最悪なのは、実は雨無はそれほど学校まで離れていなくて、僕がたまたま彼女を見つけられなかっただけ、今頃学校へと戻り自分の荷物を回収しているのかもしれないという可能性。だとすれば学校に戻れば見つけられるかもしれないが、ここまで来てしまうとまたすれ違いになってしまう。
「……はぁ、諦めるしかないか……」
打つ手なし。急速に熱を帯びていた思考は冷静さを取り戻し、諦めて学校へと戻ろうとした時だった。
「あっ……」
「え?」
背後に聞き覚えのある声と人の気配。反射的に声がした方へと振り返ればそこには目元を赤く腫らして、髪もボサボサに荒れている雨無朝日が呆気を取られたように立っていた。僕も僕で、まさかここに来て彼女と遭遇できると思ってもみなかったので呆然としてしまう。
「「……」」
妙な空白、雑踏の喧騒に紛れて、視線がかち合い何とも言えない空気が漂う。片やついさっき告白が失敗した女子高生。片や勢いのまま学校を飛び出して追いかけてきたはいいが、何を喋るか全く考えてなかった男子高校生。
色々と言いたいことがあったはずだ。それなのに、いざこうして対面すると慰めの言葉の一つも出てきやしない。いや、ここで彼女に慰めの言葉をかけたところで何も意味は無い。雨無朝日と言う少女はそんな上っ面の安い言葉なんて必要としてないし、目障りに思うだけだ。ならば、真中夕夜はどうするべきか?
「はぁ……」
気を落ち着けて改めて雨無を見る。呼吸は荒れて、肩を大きく揺らしている。色素の薄い長髪はアレに荒れて、目はまだ潤んでおり、目元は赤く晴れている。しかし気の強そうな意志の籠った瞳は健在で、口元を強く結んでいる様子からそうとう悔しげだ。
「何見てんのよ」
観察をしているとギロリと彼女が睨みを聞かせてくる。ガラが悪すぎる。
「ごめん……」
本音を隠しつつ謝れば僕は自然とこんな提案をしていた。
「とりあえず、反省? 敗戦? まあどっちでもいいや会議だな」
「……ええ」
意外にも、彼女の返答は素直であった。
・
・
・
会議の場として選ばれたのは、以前にも何度か作戦会議の場として利用したことのあるファミレスだった。
店内は学校終わりの高校生や大学生、サラリーマンなどで賑わっている。とりあえずドリンクバーとフライドポテトの盛り合わせを頼み、お互いに飲み物を取ってきたところで僕が話を切り出した。
「色々と思うところはあるけど、まあまずはお疲れ様」
「怒って……ないの?」
珍しく汐らしい彼女に一瞬目を丸くして、僕はわざとらしくおどけて見せる。
「怒る? なんで? 寧ろ僕は感心したよ。いつもはヘタレな雨無朝日がよくあんな大勢の前で告白ができたなぁ〜って」
「んなっ!?」
僕の煽るような言葉に彼女は分かりやすく挑発に乗る。……そうだ。それぐらい直情的な方が彼女らしい。顔を茹蛸のように染め上げ、今にも殴りかかって来そうなに雨無に僕は慌てて待ったをかける。
「そ、そもそも! 僕は雨無の相談に乗っただけで、どんなタイミングでキミが勝負に出ようがそれは自由だ。だから僕がとやかく言うことは無いよ。……それに本当によくやったと思ってるんだ」
それは慰めではなく、真中夕夜の本音だ。
「雨無に告白の決意をさせるほどの感情の昂りが恋にはあって、それが我慢できなかったってことだろ?」
「ッ……」
図星なのか、彼女は今度は何も言わない。それを一瞥して僕はメロンソーダで喉を潤す。
会議と題してファミレスに来たまでは良かったが、結局のところ何を議題として話を進めていけばいいのだろうか? 雨無を追いかけてきた理由としては、彼女が自暴自棄になって変な行動に出ていないかが心配でここまで来た。けれど実際の彼女は意外と落ち着いていて、到底破滅の道へと進むとは思えない。
それならば僕としては一安心だ。これ以上、何かを言うつもりはなかった。届いた揚げたてポテトをつまみながら、いつにも増して元気の無い雨無を改めて見遣る。まあ表面上は取り繕っているが、ずっと心に秘めた思いを好きな人に告白して、そして振られてしまったのだ。空元気を出される方が心配になる。もさもさとポテトを食べて間を埋めていると、ぽつりと雨無が言葉を紡いだ。
「ダメだった……」
それはとてもか細くて、今にも消え入りそうな声。それでもこの距離ならば聞き逃すことは不可能に近くて、僕はぎこちなく頷いた。
「そう、だな」
「やっぱりダメだった……!!」
キュッと雨無はジンジャーエールの入ったプラコップを握る手に力を入れる。不意に彼女の方を見れば静かに涙を流していた。多分、さっきの告白を思い返して堪えが効かずに泣いてしまったのだろう。思わぬ反応に僕は情けなくも狼狽え、どうしたものかとあたふたする。
────た、たしかハンカチが……。
そんな僕を気にせず、雨無は言葉を続ける。
「知らなかった。誰かに想いを伝えるのってこんなに怖くて……それが届かないのがこんなに苦しいなんて……」
その綺麗な瞳から流れる涙は勢いが収まるどころか更に増して、ポロポロとテーブルに零れ落ちる。
「私に告白してきた奴らもこんな気持ちだったのかな……?」
「……僕は、雨無みたく誰かに本気で告白したことが無いから、わかったような口は利けないけど……雨無に告白してきた奴らはきっと……そこまで本気の奴はいなかったんじゃないかな?」
躊躇いながら、僕は彼女にハンカチを手渡す。全てを見てきた訳では無いが、何度か彼女に告白をしたことがある男子生徒達のその後の反応を見たことがある。
「やっぱりダメだったか〜」と諦観する者、「ふざけんなあの高飛車女」と逆恨みする者、「次は俺が告白する!」とゲーム感覚の者……反応は様々だが、殆どの奴らは彼女のように本気で想いを伝えた者なんていなかったように思う。それが強がってのモノだったとしても、負け惜しみの類だったとしても、過去の記憶に少しばかりの不快感を覚える。依然として雨無は泣きじゃくり、僕が貸したハンカチを使わずに強く握り締めていた。
────本当に、好きだったんだな。
疑っていた訳では無いし、実際にこの目で何度もその光景を目の当たりにしてきたのだから分かりきっていたことなのだけれど。僕は未練タラタラな彼女を前にして思う。
誰か一人をここまで本気で好きになれる。それは僕にはまだ経験のないことで、無神経ではあるがそんな彼女が少し羨ましくさえ思えた。彼女がこれからどうするのかは分からない。この気持ちに折り合いをつけて、また新しい恋を見つけるのか。それともずっとこの気持ちを大事にして、和泉縁を思い続けるのか。それは雨無の自由だし僕がとやかく言うことでは無い。
それでも、いつまでもべそべそと泣いているのでは心の健康的に宜しくない。こういう凄く落ち込んでいる時は思いっきり気分転換をするに限る。
「よし……!」
ならば、してしまおうでは無いか。勢いよく残ったポテトを口に詰め込んで、コップに残っていたメロンソーダで流し込む。
「行くぞ」
そう言って伝票を持って立ち上がる。突然の僕の物言いに雨無は呆然として、まだ涙で潤んだ瞳を向けて問いかける。
「行くって、どこに?」
当然の質問だ。しかし僕はさも当然かのように答える。
「決まってるだろ? 海だよ。失恋と言えば海で思いの丈を爆発させるもヨシ。呆然と黄昏ながら思い人のことを考えるのもヨシ。全ての失恋者たちの思いのはけ口だ」
「その偏った思想はどうかと思うのだけど……」
それは何の、どこのお決まりなのか? 雨無は泣くことも忘れて問い詰めようとしたが、正気に戻る前に僕は決断を急かす。
「返事は「行く」か「問答無用で連れていかれる」かの二択だ。つまり、答えは聞いてないってことだな」
「え、いや、ちょっとっ……夕夜!?」
そうして半ば強引に僕と雨無はファミレスを後にした。




