公開告白(2)
気がつけば走り出していた。
「はっ、はっ、はっ────!!」
普段の運動不足が祟ってか、まだ一分もたってないのに息が上がっている。体が酸素を急速に欲して、喉が張り付くように息を取り込む。
脳裏に過るのは今しがたの公開告白の一幕。それらを傍観していた生徒達は告白の結果に興奮し、新しく湧いて出てきた一大事件に夢中になっていることだろう。本来であれば僕もそんな有象無象の一員になる筈だったが、どういう訳か身体は教室を飛び出て走っていた。
果たしてその行先はどこなのか? それは現在進行形で廊下を駆け抜ける自分にも分からず、いつの間にか中庭へと繋がる通路を目指していた。
「邪魔だなこれ!?」
階段を落ちるように駆け下りる最中、肩に掛けたカメラバックがぶらんぶらんと上下に揺れて暴れる。本当ならそのまま下校する予定だった故に、カメラを机の上に置くのも忘れてここまで来てしまっていた。この際、無駄な荷物を持ってきてしまったことは仕方がないと割りきり、そんなことよりも考えるべきことがあった。それは中庭へと向かう道中で、中庭から校内へ戻ったであろう雨無と遭遇することができるかどうかだ。
仮にもここまで彼女の色恋沙汰に協力してきた身だ。それなりに情が湧いているし、失恋のショックで自暴自棄になっていないだろうかとか色々と心配事が浮上してきた。普段は尻込みするタイプだが、そういう手合いこそこういう時に何をしでかすか予想ができない。とりあえず接触を図り、変なことをしでかさなか、安全の確認をしたかった。
「こっ……わッ!?」
普段ならば絶対にしない階段の4段飛ばし……もとい、大ジャンプをかましてなかなかな好タイムで1階へとたどり着いたが、ここまで雨無とは遭遇できていない。まあ告白が失敗した後、すぐに自分の教室に戻るほど彼女のメンタルは鋼ではないだろう。ならば向かった先はどこか。
────部室棟か? それか屋上? それとも荷物を置いて外に行ったか!?
一旦立ち止まり、思考を巡らせる。ここに来て無意識に1階まで降りてきたことが悔やまれる。校内で雨無朝日の出現率が高い部室棟と屋上は、ここからでは相当な距離になる。学校の外ならばまだ追いつける可能性はあるが……。
「どうする? どっちが正解だ……?」
既に脳内は混乱状態。酸素が不足sている影響か、正常な判断などできるはずもなく、うだうだとその場で足踏みをしてしまう。そんな僕の元に一人の男子生徒が近づいてきた。
「なんだかとても愉快な動きをしてるね、夕夜くん?」
「和泉先輩……」
それは先程の渦中にいた一人であり、清々しく雨無朝日を振った張本人だ。僕は呆然は先輩の方に振り返りその名を呼ぶことしか出来ない。
初めから先輩の答えは分かりきっていた。それでも僕は「なぜ?」と「どうして?」と、さっきの雨無に対する彼の答えを問いただしたくなる。そんな権利なんて微塵も持ち合わせていないのに、偽善的な衝動に駆られる。
「っ……!」
喉元から出かかった感情の発露を既のところで飲み込んでいると、そんな僕を見て先輩は困ったような顔で笑った。
「あはは……そんな顔をするってことはやっぱり朝日ちゃんの気持ちは知ってたんだね。そのうえで俺の方にも気をまわしてくれて……色々と迷惑を掛けちゃったね。ごめん」
申し訳なさそうに謝る先輩に非は無い。寧ろ、答えを濁さずにはっきりと、彼女とその気持ちに向き合い、そうして答えを出した。ならば外野の僕がそれ以上、何かを言う資格は無い。けれど、彼女を放っておくかどうかは別の話だ。
「雨無がどこに行ったか、分かりますか?」
肩で息をしながらただそれだけを尋ねる。本来ならば協力者としてもっと言うことがあるのかもしれない。けれど今日ばかりは彼女の方に完全に肩入れさせてもらう。今の真中夕夜は完全に雨無朝日という少女の味方であることを選んだ。……いや、思えば屋上で彼女に謝ろうとした時から、ずっと僕は彼女の方に肩入れしていたのかもしれない。
「……」
果たして、先輩から有益な答えは帰ってこないと勝手に高を括っていた。しかしながら、少しだけ考えるそぶりを見せた彼から放たれた言葉は、僕の次の行動指針となるには十分なモノであった。
「朝日ちゃんならたぶん、学校の外だよ。どこに行ったかまでは分からないけれど、さっき玄関に行ったのが見えたから」
「ありがとうござい……」
「ちょっと待って!」
反射的に僕は玄関へと向かおうとする。しかし、それを先輩が呼び止めた。
まだ何か? とあからさまな態度をとってしまうが先輩は気にすることなく、やはり申し訳なさそうな顔で言った。
「俺がこんなことを言うのは間違っているし、そんな資格がないのも分かってる。……けど、夕夜くん! 朝日ちゃんのこと……よろしくね」
言われるまでもない。尻ぬぐいはいつもの事、誰かに頼まれるまでもなく僕の意思で行動するまでだ。だから僕はハッキリと先輩を見て頷く。
「はい!」
伊達にヘタレで臆病、好きな人の前ではとことん奥手な毒舌天使ちゃんの愚痴やわがまま、そして奇行に付き合ってきてはいない。慣れたものだ。
「それじゃあ僕はこれで……!!」
今度こそ、僕は玄関に向かって走り出した。




