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その女生徒、狂暴につき

「雨無朝日」


「ま、真中夕夜……です」


 自己紹介も程々に、和泉先輩の隣を陣取った毒舌天使ちゃんこと雨無朝日。思わぬ人物の登場に一時は取り乱したが、なんとか冷静さを取り戻そうと深呼吸をする。


 依然として頭の中は混乱してる。


 なぜ彼女がこの部室にいるのか、その理由が分からない。いや、彼女も写真部の部員だからこの部屋にいるのだろうけれど、そもそもどうして写真部なのだろうか。


 ────というか、部活に入ってたんだな……。


 初耳な天使ちゃん情報に僕は痛くもない眉間を抑える。彼女ほど色々な意味で注目を集める生徒はその情報が出回るのも早いものだが……。改めて斜め向かいに座っている雨無の方へ視線を流すと、衝撃的な光景が飛び込んできた。


「せ、先輩! 今日も天気がいいですね!!」


「そうだうね〜、新入部員が入ってきてくれたし今日はいい日だね〜」


「そ、そうですね!!」


 会話。そう会話だ。別になんてことの無い、先輩と後輩の世間話。本当になんてことないやり取りなのに僕の中にあるのは今まで感じたことの無い違和感であった。


 ────なん……だと……!?


 まるで鈍器で頭をぶん殴られたような衝撃が襲った。目の前で繰り広げられている和泉先輩と雨無のやり取りが余りにも異様に思えた。


 それは何時も不機嫌でつまらなさそう、口を開けば罵詈雑言の嵐、人間嫌い、特に男を生物と認識していなのではと噂の雨無朝日が、写真部部長の和泉縁には普通の女生徒然として振る舞い、接しているからだ。


「そ、そうだ! 私、今日お菓子を作ってきたんです。先輩、良かったら食べてくれませんか?」


「おぉ〜ありがとう」


 恥ずかしそうに頬を赤らめ、雨無は鞄から一つのラッピングされた小袋を取り出す。そうしてこれまた恥ずかしそうに俯きながら先輩に手渡した。


「あ、あ……お、お茶! お茶を新しく入れ直しますね!!」


 今度はぬるくなり始めたお茶を見兼ねて甲斐甲斐しく新しいお茶の準備を始めた。


 それこそ、憧れの先輩にお菓子を渡した気恥しさ誤魔化すかのような……淡い恋慕を抱く乙女のような雰囲気を醸し出して。


「……これは幻かなにかか?」


 衝撃のあまり思ったことがそのまま口に出してしまった。和泉先輩は和泉先輩で雨無の手作りクッキーに舌鼓を打っていた。


「お! これ美味しいよ朝日ちゃん!」


「ほ、ほんとですか!?」


「ホントホント……あ、夕夜くんも食べる?」


「……いや、大丈夫です」


 先輩にクッキーの入った袋を差し出されるが丁重にお断りする。


 何故かって?


 背後からこちらを射殺さんばかりの眼光がビシビシ伝わってきたからだ。まるで「お前のじゃねぇよ」と言われているような……実際にそう言いたいのであろう無言の圧力に僕は生きた心地がしない。確かにこの男を虫かゴミとしか思っていないような視線は、かの有名な毒舌天使ちゃんのものだろう。けれど……。


 今まさに目の前で繰り広げられている、和泉先輩に対する雨無のこの態度はどういうことなのだろうか。普段、校内で見かけたり、風の噂で聞く雨無朝日とは全くの別物。彼女は和泉先輩に好意全開の猛アピールを仕掛けているではないか。


 ────本当に恋する乙女みたいだ。


 いや、まさかと疑いたくなったがこれだけあからさまな反応を見せられると疑うのもバカバカしくなってくる。これはもう確定と言っていい。


 ────あの毒舌天使ちゃんに好きな人がいたとは……。


 これまた衝撃的な事実に僕の脳は停止寸前だ。こんな特大情報をいったいどれ程の人間が把握し認知しているのか……。


 ────いや、いたなら今日みたいな公開告白なんてされていないか。


 という事はこの事実を知っているのは僕だけということになる。……正直、全く嬉しくない。しかもこの後に及んでまだ衝撃の事実が残されていた。


「あ、新しいお茶です!」


「ありがとうね〜」


 その事実とは、和泉先輩が全く雨無の好意を気にしていないのだ。ともすればあからさまな少女の好意に気づいてすらも居ないような。それこそ「良い後輩を持ったなぁ」と言いたげな様子でほっこりとお茶を飲んでいる。


 ────ラノベの鈍感系主人公かよ……。


どれだけ雨無がアピールを試みてもその全てが無惨に玉砕。そのあまりの脈ナシに同情さえ覚えてしまう。それでも彼女は諦めずに先輩へと果敢に攻めかかる。


「あの、先輩────」


「お、もうこんな時間か。ごめん二人ともちょっとこれから部活会があって……ちょっと行ってくるね」


 しかしその努力も虚しく、先輩は席から立ち上がる。放心する雨無に変わって僕は頷く。


「分かりました。お疲れ様です」


「本当にごめんね。もっと夕夜くんと話したり、実際にカメラで写真も撮りたかったけど……それはまた今度ということで!」


 和泉先輩は申し訳なさそうに眉根を下げて、去り際に「二人も今日は適当な時間で上がっていいからね」と言って本当に部室から出ていってしまった。彼の発言的に「今日はもう部室には戻らない」ということなのだろう。


 ────この状況をどうしろと?


 先輩が居なくなり途端の静寂。筆舌に尽くし難い気まずさが室内を支配する。


 正直、あの雨無朝日と二人きりでまともなコミュニケーションを取れるとは思えない。今まで先輩とは普通に接していたが、依然として僕には敵意の込められた視線しか向けられてこない。


 ────今だってそうだ……。


 どうしたものかと思案する。先輩が居ないのならばこのまま帰ってもいいような気がする。というか帰りたい。けれど、このまま唐突に「帰る」と言い出しても感じが悪い。なので一言二言会話を試みよう。


「えーと……写真部って普段はどんな活動をしてるの?」


「別に何も」


 意外にも、素っ気ないが言葉が返ってきた。しかしそれでもこちらと会話する意思がないのかやり取りはそこで強制終了となる。淡い希望を抱いた自分が馬鹿だったと考えを改めて、僕の脳は「撤退」を提案してくる。


 どの道、先輩がいなければ写真の撮り方を教わることが出来ないし、そもそも僕はカメラすら持っていない。つまりはここに居続けても得るものは無いということだ。


 ────また日を改めよう。


 そう自分に言い聞かせて僕は帰ることを雨無に伝えようとする。しかし、その前に彼女が口を開いた。


「ねえ、部活やめてくれない?」


「……は?」


 突然な物言いに僕は気の抜けた声が出る。そして思わず質問をした。


「どうして?」


 当然とも言える僕の疑問に彼女は呆れたように溜息を零して答えた。


「私と先輩の二人きりの時間を増やすためよ。正直に言って、あんた邪魔なの。少し考えれば分かるでしょ? 脳みそ死んでるの?」


「……」


 いつも通りの辛辣な物言いに、しかしながらその発言から雨無が和泉先輩に惚れていることが本当に確定してしまった。しかもその恋慕はかなりの強火な様子だ。


 依然として僕の脳内は困惑している。今日は本当に色々なことがあったし、情報量的にもキャパオーバーだ。できることならばこのまま何も答えず帰りたいが……どうにもそれは許されない雰囲気だ。


 それに、僕にも退けないモノがあった。


「それは無理だ」


「一応聞いてあげる……どうして?」


 大仰な態度の雨無に何も思わない訳では無い、それでも僕は素直に理由を答える。


「和泉先輩みたいな写真を……誰かの心に残る写真を撮ってみたいから」


 先輩の撮った写真のような心奪われる一枚を撮りたい。その思いで僕はこの写真部の戸を叩いた。まだ写真すら撮ってないのに辞められるはずがなかった。


「別に写真なんてここじゃなくても撮れるでしょ? それこそ独学でもなんでも。空気読んでくれない? 私は本気で縁先輩が好きなの」


 しかし雨無は僕の言葉を否定する。確かに彼女の言葉も一理ある……いや、本当にあるか? まあ今は細かいことはいい。百歩譲って一理あるとしても、僕はあの写真を────魔法の瞬間(マジックアワー)を撮った張本人である和泉先輩から師事を仰ぎ、写真を撮ってみたいのだ。


「それじゃあダメなんだよ。悪いけど、僕はこの部活を辞めるつもりはない」


「アンタなんかに先輩と同じような写真撮れるわけないじゃない」


「そんなのやって見なきゃわかんないだろ」


「分かるわよ。アンタに写真を撮る才能なんてないわ。だから早く消えて」


 売り言葉に買い言葉。全く退こうとしない僕に雨無は不機嫌そうに睨みを効かせてくる。それでも僕は退かない。それどころか想いは強くなっていく。


 そもそも、彼女の自分勝手すぎる発言にこっちも我慢の限界だった。どうして今までまともに話したこともない女にここまでこっぴどく言われなきゃならんのだ。


「雨無が和泉先輩を好きなのはさっきのやり取りを見れば何となく分かるけど、件の先輩は雨無のことを何とも思ってないんじゃないか? ハッキリ言って、脈ナシだろ」


 そんな憤りの所為か不意に口から思っていたことが溢れ出てしまう。


「…………」


 僕の言葉に雨無は今まで覇気は何処へ言ったのか、ピタリと時が止まったように意気消沈してしまう。


「あっ────」


 同時に我に返り、悟る。それは禁句であり、決して雨無朝日本人の前で口にしてはいけない事柄だと。


「いやその、今のは気の迷いというか……怒りの余り僕も我を失っていたというか……」


 今更、地雷を踏んだことに気が付き、慌てて取り繕おうとも遅い。椅子に座って黙りとしている雨無は次第にわなわなと身体を震わせてる。項垂れ下がった長髪の隙間から煌めく瞳は明らかな怒りを募らせていた。


 ────あ、終わった。


 悟る。そうして、


「そんなの自分でもわかってるわよ! 私だって一生懸命やってるの!!」


 雨無朝日は半泣きで叫んだ。


 耳を劈くような悲鳴にも似た声。透き通るような瞳からは激しく大粒の涙が零れる。普段の彼女からは想像できない子供臭いその仕草に僕は困惑し焦る。


「ごめ───」


「入学してすぐに写真部に入部、それからずっと縁先輩にアピールしてるけど全く靡かない!」


 咄嗟に謝ろうとするが聞き入れて貰えない。それどころか雨無はこの一週間の苦労を吐露するように、行き場のない感情を吐き出すように机を叩いた。


「普通! 私みたいな可愛い子が言いよってきたらどれだけ鈍感な人でも気が付かない!?」


 ────自分でそれ言っちゃうのか……。


 彼女の心からの叫びであろうソレに突っ込むことは憚らられる。僕は置物のように黙って聞きに徹するだけだ。


「「あれ? もしかして俺に気がある?」みたいな感じでちょっとは意識するわよね!? こんな美少女が甲斐甲斐しくアピールすればさぁ!! それなのに先輩は全然振り向いてくれない! 私のことをただの部活の後輩としか思ってないの!!」


「あー」


 傍から聞けば雨無の今の発言は相当なナルシスト発言であるが、それが納得できるくらいに彼女のビジュアルやスペックは特出している。そこら辺の男……それこそこの学校の殆どの男子生徒は鼻の下を伸ばして彼女に惚れることだろう。


 ────それでも和泉先輩は微動だにしない。


 まさに動かざること山の如し、だ。あれが歳が二つ上────大人の余裕と言うやつなのだろうか。兎に角、雨無は先輩に相手にされてない。それは入部初日、たった数十分の彼女らのやり取りをただ見ていた僕でも分かったことだ。詰まるところ────


「まあその、なんだ……良い事あるって……」


 雨無朝日の恋路が敗戦濃厚過ぎて他人の僕が見ても同情してしまう。


「うわぁーん! なんでアンタみたいな冴えない男に慰められなきゃいけないのよ! ふざけんなぁ!!」


 雨無はもう取り繕う気が無いのか、ギャン泣きして机の上に突っ伏してしまう。


 ────なんだこの状況……。


 部室内は混沌を極めている。誰にもこの凄惨な状況には手をつけられず、どうすることも出来やしない。こんなことなら黙って帰っておくべきだったと後悔あとを絶たず。


「─────なさい……」


「え?」


 そんな僕の思考を読み取ったのかのように雨無はピタリと泣き止んでもごもごと喋り始める。何を言っているのか全く聞き取れず聞き返すと彼女はやけくそ気味に大声を放った。


「だから! アンタ、私が先輩と付き合えるように協力しなさい!!」


「はぁ? なんでだよ!?」


 今度は雨無が何と言ったのか聞き取れた。しかし、その内容は意味不明だ。唐突な彼女の無理難題に困惑していると彼女は言葉を続けた。


「同性なら先輩の女の子の好みとか好きな食べ物とか、休みの日は何をしてるとかそういう恋愛ごとで役立ちそうな情報とか聞き出せるでしょ! それを元に私は戦略的に先輩へとアプローチするのよ!!」


「名案だ!!」と言わんばかりの雨無の自信ありげな様子。彼女の言わんとしていることは何となく分かった。しかし、だからと言って僕が彼女の個人的なお願いに付き合う義理はなかった。というかこんな上から目線で「手伝え!」と言われても普通に嫌だろ。だが雨無はそんなこと知ったことかと言葉を付け加える。


「もし協力するって言うなら仕方なく、し・か・た・な・く・よ!? 写真部に入部することを許してあげるわ!!」


「なんでお前に許可を取らなきゃ……」


「もし仮に私に協力しなかった場合は「アンタにこっ酷く振られて泣かされた」って全校生徒に触れ回って、アンタを社会的に殺すから」


 ────横暴だ……。


「横暴だ……」


 思ったことがそのまま口から溢れ出る。


 傍若無人。目の前の女はこの言葉をそっくりそのまま服を着たような存在であった。「天使」なんて烏滸がましい。誰だ、こんな奴を天使呼ばわりしている馬鹿共は。悪魔の間違いだろ。


「何か言った?」


「……いえ、ナンデモアリマセン」


 転じて正に天使のように微笑む雨無朝日。しかし僕には彼女が悪魔か、それに類似した悪いものにしか思えず……結局のところ良くも悪くも有名な彼女の脅迫に抗う術は無いわけで────


「それで、もちろん協力してくれるわよね?」


「ハイヨロコンデ……」


「よろしい、それじゃあよろしくね」


 僕はこの天使(悪魔)に協力することを強制的に決意させられる。


 変なのに関わってしまった……と、後悔したところで時既に遅し。そうして僕と学校一の美少女は歪な協力関係になってしまった。

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