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当分補給は大事

「それで、わざわざ僕の教室まで来た理由を聞いても?」


 部室棟へ向けて歩く道程、すれ違う生徒達にガン見されながら、もうどうでも良くなった僕は恨めしげに雨無に尋ねた。隣を歩く少女は何の悪びれもなく、何処吹く風で答える。


「なんだか今日はあんたが来ない気がしたから強制連行するためよ」


「……」


 実際、彼女の言う通り僕は勉強会をバックレようとしていた訳だが、どうしてこの女はそれを事前に予期しているのか。……いや、エスパーか何かですか? しかも、仮に僕がバックレようとも、どうしてわざわざ彼女が教室まで拉致しに来たのか? その理由は依然として分からない。


 ────てか居ないほうがお前の為だろ。


 僕が居ないほうが雨無は先輩と2人きりになれて、本来彼女的には好都合なはずだろう。そう言ってみると彼女は心底呆れたように溜息を吐く。


「いきなり二人きりにされるとこっちの身にもなりなさいよ。私にだってそれなりの覚悟や準備が必要なのよ」


「はぁ?」


 いや、僕が入部するまでの間は二人きりだったろ。それまでキミはどうやってあの空間に居たと言うんだ。……え? もしかしなくても常に挙動不審でまともな会話も成立してなかったとか? 改めて考えると、最初は僕を排除しようとしていた彼女がどうしてここまでヘタレなのか、これも不思議な話である。


「……あー、いや、そうだな。うん、僕が悪かったよ」


「何を今更」と呆れはするが、わざわざ彼女のヘタレ具合を掘り返すのも不躾だろう。だから僕は慈愛の心で謝ることにした。


「なによその態度……ムカつくわ、ねっ!」


「うぐっ……!?」


 そんな僕の態度からバカにされてること感じたのか、雨無から脇腹を肘鉄される。予想以上の衝撃に僕は悶絶して、彼女には半目を向けられる。暴力反対!


 なんてやり取りをしながら、気がつけば部室前だ。雨無は扉の前で立ち止まると1つ深呼吸をして、覚悟を決めてから部室の扉を開けて中に入る。僕もそれに続いた。


「やあやあ、来たね二人とも」


「お疲れ様です、先輩!」


「お疲れ様です」


 先に来ていた和泉先輩に出迎えられて、そのままいつもの席を陣取る。軽く雑談をしてから、今日も勉強会が始まった。これじゃあ写真部じゃなくて、勉強部だな。元より名ばかりの部活ではあるが本格的にその根本が怪しくなってきた。


 ・

 ・

 ・


 試験勉強を始めてから1時間ほど。やはり成績優秀者なだけあって先輩と雨無のその集中力は、一度勉強を始めてしまえば凄まじい。その癖、僕が問題に躓き「これは本当にわからんやつだ」と思ったタイミングでちょうどよく助言が飛んでくる。今だってそうだ。


「ふむ……」


 数学の文章問題を解いていて、どうしても間違っているとしか思えない解しが導き出せない。公式の計算が途中で間違っているのかと思ったが、なんど見直してみてもそんなことは無い。……いや、往々にしてこいう時は自分だけがそう思い込んでいるだけで、答えを確認してみれば本当に初歩的なミスをしているのだ。人間、時には諦めも感じである。


 ────しょうがない……。


「32」


「……え?」


 そう割り切って答えを確認しようと思えば先輩の隣で、黙々と同じく数式を解いていた雨無から端的に数字が発せられる。最初、それが何に対して向けられた言葉か分からずにチラと彼女の方に視線をやると、


「はぁ……だから、そこの32」


 呆れたようにもう一度同じ数字を言う。どうやらそれが自身への助言であると察した僕は彼女の言った数字を頼りにもう一度問題と向き合う。すると直ぐに片隅に追いやった数字が出張ってきた。


「なるほど」


 やはり初歩的なミス。プラスとマイナスが逆で途中式の数字がおかしなことになっていた。問題を解き終わり、答えを確認してみれば正解。再び雨無の方を見る。


「ありがとう、助かったよ」


「ふん……」


 簡潔にお礼を言うと、彼女はつまらなさそうに鼻を可愛らしく鳴らして自分の問題に戻った。そんな僕たちのやり取りを和やかに眺めていた和泉先輩がこんな提案をしてきた。


「そろそろ1時間経つし、休憩でもしようか」


「そうですね!」


「じゃあ僕、お茶入れますね」


 それに僕らは賛同し、率先してお茶の準備を始める。


「ちょっと待ちなさい」


「え?」


 しかし、ポットにお湯を注ごうとした僕を雨無が引き止め、何やら緊張した面持ちで言葉を続ける。


「あの……お菓子を焼いてきたので良かったら食べてくれませんか?」


「おお! 本当に? うれしいなぁ」


「ほう……」


 思わぬ提案に和泉先輩は破顔し、僕は感心していた。この前はギャップ萌えで、今日の彼女は胃袋を掴みに来た訳だ。王道だが、効果的な策だ。そんな提案と共に、雨無はお菓子のお供となるお茶の準備もしているらしくお茶くみを買って出たらしい。


「たまには紅茶と言うのもいいと思って……」


「アフタヌーンティーってやつだね!」


「ですね」


 そんな用意周到な彼女が今回作ってきたのは焼き菓子……まあ所謂「クッキー」だった。


「うん! おいしいよ!」


「ほ、ほんとですか!?」


 これまた手が込んでいて形が様々、味も3種類と気合いが見て取れる。以前にも焼いてきていたが、その時よりもクオリティが上がっていた。先輩は美味しそうにクッキーと紅茶をほおばり、僕は少し遠慮して、先輩が彼女にクッキーの感想を伝えるまでお茶で場を濁す。


「特にこの抹茶味がほろ苦くて好みだなぁ」


「以前に抹茶が好きって言ってたので、抹茶はちょっと良いものを使ってみたんです! 美味しかったならよかった……」


 雨無は雨無で緊張した面持ちで先輩の反応を伺い、褒めらると可愛らしく喜んだ。なんとも微笑ましい光景に、手作りクッキーを作ってきたのならば、それこそ自分はいない方が良かったのでは? と本気で考えていると今度は僕の前にクッキーの並べられた皿が寄せられる。


「……いただきます」


 まあこれ見よがしに差し出されたのだから食べていいのだろうと判断し、一枚いただく。


「おお、確かにこりゃ美味い……!」


 よくお歳暮などである美味いクッキーの詰め合わせレベルのクオリティに驚く。そんな僕の反応をみて彼女はと得意げに慎ましい胸を張った。


「ふん! とうぜんね!」


 いつもの毒舌キャラはどうした……とは指摘しないでおく。何せ、そんな無粋な事が憚れるぐらいに彼女は先輩を見て嬉しそうにしていたのだ。今はその万巻の喜びを堪能させてやろうではないか。


「さて……」


 いい感じに糖分が補給できたし、もうひと頑張りと言うことで僕は一足先に再び勉強を再開するのであった。

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