人の噂も七十五日
「人の噂も七十五日」とはよく言ったもので、昨今の情報社会に於いてたかが学生の噂話というのは直ぐに風化してしまいがちだ。流行の移り変わりも早く、つい昨日まで流行っていたモノが次の日には急激にその人気を落としていくのも何ら不思議ではない。
……何が言いたいかというと、試験期間に入って学生達は惚れた腫れたの恋話に構っている余裕が無くなったというか、ここ数日で僕が被っていた被害は落ち着きを見せ始めていた。
「平和だ……」
既に以前の高山の一件で、クラスメイト達からの誤解は解けていたが、他学年や他の同級生連中からの不躾な視線も弱まってきているという話だ。そのお陰か、僕はだいぶんいつも通りの学校生活が取り戻せてきた訳だが、来る期末試験当日まで残り4日を切り、学生たちの試験対策は佳境に入っていた。
例に漏れず、学生である僕も着実と試験範囲の内容を復習してきたが、現時点でそれなりの自信があった。その理由というのも和泉先輩と雨音朝日の存在のお陰である。学年一の才女と成績優秀者な先輩は自分の勉強はもちろんのこと、他者の指導にも優れていた。まあ何となく、和泉先輩に対してはこれまでのカメラの指導を含めて教え上手だとは思っていたが、意外にも雨無の方も教え上手であった。まあ、優しい先輩と違って「こんなのもわからんのかバカめ」と罵倒されながら教えられるのがセットなのだが、それでも僕がしっかりと理解できるまで懇切丁寧に勉強を教えてくれた。
────先輩の前だから猫を被るかと思えばそんなこともないし……。
そんな雨無も本来の目的である先輩との距離を縮めるために、時たま分からないふりをしてしっかりと勉強を教えてもらいだらしない顔を晒していた。
────あれは本当に酷かった……。
言い方は悪いが、まるで薬物でもキメ込んだかのような表情の崩れ具合に、色々と危なかったと言うか……かなり引いてしまったのは秘密である。先輩ジャンキーもあそこまで行くともう心配になってくる。
「────よし、それじゃあ号令」
「「「さようなら~」」」
ここ数日のことを思い返しているといつの間にかホームルームが終わる。何時もならばすぐ部活動に向かうべく、殆どのクラスメイトが三々五々するのだが、試験期間の為か教室内はいつもよりのんびりとそのまま居座る生徒が多い。
「今日はどうする?」
「適当にファミレスでいいんじゃね」
「カラオケ行こうぜ!」
「いいね~」
本来ならば放課後も試験に向けての勉学に励むべきなのだろうが、周りの生徒達は言わば合法的に部活を休める期間を利用して、普段は都合が合わない友人とどこか遊びに行こうか等の算段を立てている。これもまた本来あるべき学生の姿と言えば姿か、例に漏れず僕の前の席に陣取った野球少年もその一人であった。
「俺らもどっか行かね?」
「うーん……」
当然のように遊びに誘ってくる大智に僕は暫し考え込む。
本日も部室の方で勉強会が催される予定ではあるが、雰囲気的には自由参加なので別に参加しなくてもいい。それにここ数日の勉強会のお陰でそれなりに順調なペースで予習復習ができていた。このまま行けば納得出来る点数は余裕で取れるだろう。ずっと勉強漬けなのも疲れるし、たまには息抜きも必要なのでは? と脳裏に甘い誘惑がチラつきもする。
────全部参加するのも申し訳ないよな。
ここまで勉強会には全て参加している僕であるが、元々の目的は雨無と先輩が二人きりになっていい雰囲気になろうと言うのが本筋である。そう考えると僕は邪魔者な訳だ。
「いかなくてもいいか……」
建前上は彼らを二人きりにしようと、気を使うという理由で僕は今日の勉強会は不参加を決心する。自由参加とは言え、無断で部室に行かないのも感じが悪い。
「いいね。どこ行く?」
なので「今日はいきません」と旨をメッセージを打ち込みながら、僕は大智の誘いに了承する。
「そう来なくなちゃ。そうだなぁ……」
「久しぶりにゲーセンでも行く? まだ僕が勝ち越してたよな」
「ふむ、よかろう。今日は貴様の命日だ」
何となくした提案に大智は思いのほか乗り気であり、本日の遊び場がそこで確定する。中学の時は良く放課後にゲーセンへと入り浸り、色んなジャンルのゲームで勝負をしていた。勝った方が負けた方にラーメンを驕るまでが遊びのセットであり、今日も例に漏れずそうなることであろう。
「これでよし……」
行きつけのラーメン屋を脳裏に思い浮かべらメッセージを打ち終え、後は送信するだけとなったところで、僕たちは教室内が騒がしいことに気がつく。
「おい、夕夜。あれ……」
「え?」
大智にも急かされ、何事かとスマホから視線を上にあげると……そこには我がクラスに一人の女生徒が訪ねてい来ていた。
「……は?」
予想だにしない来訪者に僕はもちろん、クラスメイトはフリーズし、困惑する。件の来訪者は僕の姿を確認するとクイッと「来い」的なジェスチャーをして呼び出してくる。
「縁先輩が読んでるから行くわよ」
オマケにそんな言葉まで付けたされ一斉にクラス中の視線が僕へと集まり、クラスメイト達が密談を始める。せっかく身を削って解いた誤解がこれでまた再発するのは避けたい。僕はわざとらしく声を上げた。
「ああ! そういえば写真部の用事で先輩に呼ばれてるんだった!! 悪い大智、今日はちょっと無理だ! また今度でもいいか!!?」
急に捲し立て始めた僕を見て大智は「お、おう」と狼狽えながらも頷き、それを確認した僕は荷物を担いで駆け足で来訪者の方へと向かう。
「よーし、それじゃあささっと行こう! 先輩を待たせるのも悪いしな!!」
ハイテンションで場を誤魔化そうとしている僕の姿に朝日は「なんでこいつテンション高いんだ?」と言いたげに、訝し気な視線を向けてくる。だが、それに対して僕は内心で「誰の所為だよ!」と怒りのボルテージをためながら、逃げるように部室棟へと向かった。
マジでこの女は何を考えているんだ。




