お誘い
6月も気がつけば20日を過ぎ、あと少しで期末試験かと言うところ。この辺りになってくると、どこの部活も試験期間へと入り、勉学に集中するため、強制的に部活動が禁止になる。
今日がその試験期間に入る前の最後の活動日であり、部活動に属する生徒の殆どがこれから待ち受ける苦行に憂い、ギリギリまで忘れようと活動にのめり込んでいることであろう。例に漏れず、僕も高校生になって初めての期末試験に不安を抱え、これから待ち受ける勉強漬けの毎日に既に憂鬱気味なのだが……来る期末試験よりも先に重大な大一番が今控えていた。
「いやー、凄い勢いだねぇ~」
「そうっすねぇ~」
「……」
いつも通り部室には3人。今日は生憎の雨模様で、窓には激しく雨粒がぶつかりリズミカルな音を奏でている。その為、写真部としての活動をする気にもならず、試験前最後の部活だと言うのにお茶とお菓子を囲んで惰性の限りを尽くしていた。真面目な学生ならばここで帰宅を選択し、前倒しで試験勉強をするところだろうが、僕たちにそこまでの気概はなかった。
「今週はずっと雨らしいですよ」
「そっかー。雨は嫌いじゃないけどねぇ」
「まあ、ずっとは違いますよね」
「だねぇ」
のんびりと間延びした雰囲気。実に優雅で怠惰な放課後だと傍からはそう見えるだろう。しかしながら、泉先輩を除いて、僕と、ここまで珍しく会話に混じってこない雨無はどこか緊張した面持ちである。
その理由と言うのが、雨無は先輩にとある行動を起こそうとしているからだ。これから控える大一番は直接僕には関係ない。言ってしまえば彼女次第な訳だが、どうにもこの数ヶ月で情がうつってしまった。平然と先輩と雑談に興じるが、むこうの緊張が伝播して背中にうすらと汗が滲む。
「あ、お茶のお替りいる?」
「あ、はい……いや、先輩、僕がやるんで座っててください」
「悪いねぇ~」
相変わらずと言うべきか、和泉先輩はどこか上の空な雨無の様子など微塵も気づかない。
「朝日ちゃんもお替り貰う?」
「え? あっ、は、はい!」
それどころか朗らかに雨無へと話しかけるが、対する彼女はそれすらまともに反応できない。なんともちぐはぐな2人のやり取りに僕は新しいお茶を汲みながら不安を煽られる。やはり、無理なのではなかろうか、と。
これから雨無が行動に移そうとしていること、その内容自体を僕は事前に知っている。言葉にしてしまえば実に簡潔、ここまで緊張することも無いと思えることだ。雨無はこれから縁に勉強会をしないかと提案をしようてしているのだ。動機としてはこれも単純。試験期間中も合法的に先輩と会う時間を作り、アピールをする為である。奇しくも少し前にあった中間試験のリベンジであるわけだ。
以前は彼女のヘタレ根性の所為で上記のイベントは実現しなかった。しかし、今回の奴は気概からまず違った。未だ燻り続ける噂をバネに、雨無は今日、先輩を誘うには最後の機会であるこの部活動で作戦を決行するつもりであった。あったのだが……。
「先輩とお勉強デート……先輩と図書館デート……先輩と喫茶店デート────」
どうにも気合いが空回りしているのか、それとも気負いすぎてるのか雨無は無限の可能性が繰り広げられる妄想の世界に入り浸り、一向に話を切り出せないでいる。
まさか、あそこまで覚悟を決めておいてまたヘタレをかますとは思いたくないが、これまでの前科を考えると不安になってくる。いや、そうさせない為に監視の意味を込めて僕がいるこのタイミングに先輩を誘えとは事前に言ってはあるのだが……。
────不安だ……。
気分は宛ら、お遊戯会で主役を務める我が子を見守る気分……いや、これはちょっと違うか? まあ、それぐらい何故か僕も緊張していた。
「お待たせしました」
「ありがと~」
「……」
新しく入れ直したお茶を持って席に戻ると雨無はいチラリと視線を飛ばしてくる。言外に助けを求められることは察せられるが、今回ばかりはどうしようもない。正確に言えばどうしようもないこともないが、何時までも僕に頼っていては成長できない。今回ばかりは彼女を想って心を鬼する。
────自分で頑張りなさい。
雨無は小さく頭を振った僕を見て絶望したように口をポカンと開けて呆然とする。そんな僕らを他所に、やはり縁はのんびりとお茶を啜って話を降ってくる。
「いやぁ、明日から試験機関だね~」
「「ッ!!」」
しかもタイミングよく、話題は試験についてだ。僕と雨無は思わず先輩の方へと視線を流す。誘うにはまたとないチャンス、至って自然な流れで話を切り出すことが可能だ。ここで行かなきゃこのヘタレはもう先輩を誘事など不可能。今だ今だと雨無の方を見て急き立てる。彼女もこの絶好機を理解し、逃すまいと腹を決めたのか話を切り出した。
「よ、縁先輩はいつも試験の時はどんな感じで勉強してるんですか!?」
「んーそうだなぁ……俺は家とかだと集中できないタイプだから外で勉強することが多いかな?」
「そ、そうなんですね! 実は私も図書館とか喫茶店で勉強することが多くてですね────!!」
「そうなの?」
「は、はい!!」
いつにも増して挙動不審、テンパっているが先輩はやはり全く気にしない。雨無は雨無で勢いに任せて混乱している。
「それでなんですけど……よ、良かったら試験期間中、一緒に勉強しませか!?」
だが、何とか一番伝えなきゃいけないことはしっかりと言葉にできた。しっかりと縁にその意図が伝わったのかは定かでは無いが、
「おお! それ凄く良いね、朝日ちゃん!!」
先輩の返答はと肯定的であり、僕はそれを見て内心で拍手喝采した。よく言った! やればできるじゃないか! と手放しで雨無を褒めたたえていた訳だが、そんな折、思わぬ流れ弾が飛んでくる。
「それじゃあ明日から部室で勉強会だね! あ、夕夜くんも来るでしょ?」
「……え?」
やはりこの鈍感系ラノベ主人公は雨無朝日の意図を微塵も理解していなかった。