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決心

 果たして、彼女のその嘆きは当然のものであった。


「ほんっとうに腹立つわねっ……!!」


 本日の部活動は何事もなく終わりを告げて、完全下校時間。最近は僕が自発的に部室の鍵の返却を買って出て、雨無(クライアント)和泉先輩(ターゲット)と二人きりなるタイミングを作るのが常套手段となりつつある今日この頃。何時もならば別れの挨拶をして僕は一人で職員室へ向かうのだが、今日はどうにも様子が違った。


 今の嘆きからも察せられる通り、隣には何故か件の雨無様がいて、彼女は先輩に「ちょっと私も職員室に用事があるので先に帰っててください」と断りを入れて、僕と一緒に職員室へ向かっていた。


 そういうことならば雨無がついでに鍵の返却をすればいいのでは? と思ったが、彼女の「お前も来い」と言いたげな無言の眼力には従うほかなかった。もう眼力だけで何を言いたいのか分かってきた自分が怖い……。


 全く嬉しくない特技の会得に、なんとも言えない感情を覚える。そして、さりげなく隣の雨無に視線を遣るが、彼女はここまで特に何を話すでもなく無言であった。わざわざ先輩と一緒に帰らずに職員室まで付いてきたのだから、何か話があるかと身構えたがどうにもそういう訳でもないらしい。


 いや、この女が目的なく先輩との時間を削るはずがない。ある種の信頼、確信に今しがたの油断した考えを改める。そうして職員室へと辿り着き、流れでに鍵を返却して戻ってみれば雨無は不機嫌気味に文句を垂れた。


「遅い。いつまでこの私を待たせるつもりよ、時給を払いなさい」


「たった数十秒の話だろうが……」


「その数十秒が世界の命運を分けるのよ。これで世界が滅亡したら夕夜の所為ってことよ」


「いつの間にか話の規模が飛躍しすぎだろ……へえへえ、すみませんでしたね」


 いつも通り理不尽な雨無に適当に謝罪をする。やはり、と言うべきか彼女の部室前での弁は出任せであり、用事があるのは職員室ではなく僕の方だった。


 正直、このまま何もせずに帰りたいと言うのが本音なのだ。噂の事もあるし、こうして二人で校内にいるとまた有らぬ誤解を招きそうである。だが、そういうわけにも行かないのが現実。僕はただおとなしく、これから繰り出される無茶ぶりが度を越したものではないことを願うことしかできない。


「……」


 再度身構えて、雨無の次の人子に備えるが彼女は一向に要件を言おうとはしない。それどころか不意に歩き出して、気がつけば玄関、校門と流れるように学校を出て最寄りの駅までたどり着いた。


 ────なんで?


 肩透かしを喰らって呆然とする。ここから僕と彼女の帰る方向は逆なので、必然的に駅前で解散となる訳だが……ここまで何も言われず、黙りを決め込まれるとこっちもそれなりに気になってくる。まさか本当に意味もなく付いてきた訳ではあるまいし、僕は依然として黙りな雨無に声をかけようとする。その瞬間に朝日が先に意を決したかのように口を開いた。


「まだ時間はある?」


「まあ、あるけど……?」


 先ほどの理不尽さは何処へ消えたのか、何時もより汐らしく尋ねてくる彼女に僕は首を傾げる。


「それじゃあ適当な店に入りましょう」


 そんな僕の返事を聞いて雨無は徐に歩き出した。


 ・

 ・

 ・


 雨無の唐突な提案によって、僕たちは学校の生徒があまり訪れない場所に位置するファミレスに来ていた。


「────以上でお願いします」


「かしこまりました、少々お待ちください!」


 おそらく同じ年代であろうアルバイトの店員にドリンクバーと小腹が空いていたのでポテト盛りを注文して、そのまま互いに席を立つ。飲み物を取ってきて席へと着けば、先に戻っていた雨無が口を開いた。


「ほんっとうに腹が立つわね……!」


「なんだよいきなり……まあ、同情はするけども」


「どいつもこいつも出来の悪い噂に騙されてジロジロと不躾にこっちの様子を伺ってきて、かと思えば空気を読まずに中庭に呼び出すバカは後を絶たないし……本当に頭沸いてんじゃないの?!」


「それな……」


 今までの沈黙が嘘だったかのように、彼女の口からは愚痴が次から次へとまあ飛び出でてくる。それに対し僕は適当に相槌を打つ。


「何が一番気持ち悪いって何食わぬ顔で私のところまで写真のデータを貰おうとしてくる馬鹿どもよ! どういう神経してるのか本当に知りたい! あんた同じ男でしょ? どういう思考回路してるのかなんとなくわかんないの?」


「知るかよ。あんなクズどもと一緒にするな……」


 ────これは相当荒れているな。


 ここ最近で一番の荒れ具合と言っても過言ではない。雨無は頼んだポテトをほぼ一人でヤケ食いして、それをジンジャーエールで一気に流し込む。


「もうほんとにヤダ。先輩は振り向いてくれないし、冴えない藻男と変な噂は流されるし、呪われてるとしか思えない……」


「誰が藻男だ、誰が」


 勢いよく捲し立てていたかと思えば、途端にしょんぼりと雨無は力なく机に突っ伏す。その姿は正に年相応の恋に悩める乙女であり、学校で目にするいつも仏頂面の彼女は居ない。全く僕のことなど気にした様子もなく、好き勝手に暴れる。


「はぁ……」


 無作為に愚痴をぶつけられるのはいつもの事だし、逆に変に取り繕われても今更なので僕は何も言わずに一つ息を吐く。


「もう我慢の限界だわ! 私は決めたわよ、夕夜!!」


 依然としてぶつくさと呪詛……と言う名の愚痴を垂れ流していた雨無は、不意に空気が入ったかのように起き上がる。


「なにを?」


「絶対に理由を聞け」と言わんばかりの眼力を飛ばしてくる彼女に、僕は不承不承ながら聞き返す。どうせまた変な無茶ぶりをしてくるのだろうと思っていたが、彼女から飛び出た言葉は全く予想外のものであった。


「期末試験が終わったら先輩に告白する!!」


「……は?」


 腹を括ったと言わんばかりの、真剣な雨無の表情に僕は間抜けな声しか出せない。


 元より、夏休み前までには告白したいと言っていた彼女であったが、これまでのヘタレ具合からそれは難しいと思っていた。とりあえずで設定していた目標を実行できるとは思っていなかった。しかし、そんな考えをぶち壊すように、彼女の言葉には確たる覚悟と決意が感じ取れた。


「……本気なんだな?」


「ええ」


 僕の確認に雨無は真っ直ぐに頷いた。


 この数日で彼女の中でどのような心境の変化があったのか、それは彼女本にしか分からない。けれども、今までの意気地ない気持ちを踏み飛ばせるぐらいには色々な事があったのは確かだ。雨無は「我慢の限界だ」と言った。たぶんそれ以上の理由なんてないのかもしれない。何かに挑戦するときの理由なんてのはそれだけで十分なのかもしれない。


「……そうか」


 僕がうだうだと何かを言うのは不躾で、覚悟を決めたと言うのならば、後は黙って彼女に協力するだけだった。


「それじゃあ作戦会議だな」


 ここまで巻き込まれ、付き合わされて彼女の決心に「はいそうですか」と無関心でいられるほど僕は薄情ではないし、この女が突発な発言をするのは今に始まったことじゃない。とことん付き合ってやろうじゃないか。


「そうね!!」


 一枚のルーズリーフと一本のボールペンを準備して、雨無のやる気十分だ。そうして作戦会議へと相成る。来るXデーは期末試験後。そこから逆算して残された日数と起こすべき行動を明確にしていく。


 これまで以上に雨無のあからさまなアピールが始まる。

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