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千里の道も一歩から

 噂が広まってから2日。


 情報源を突き止め、和泉先輩の誤解は解けたが、根本的な問題の解決には全く至っていなかった。依然として学校中で「雨無朝日と真中夕夜が恋仲である」という噂は伝播し、タチの悪いことに尾ひれ背びれが付いてどんどんと過激なものになっていた。


 雨無は今回の先輩からの情報漏洩とその反応で、今までのアピールが全く意味を成していないことを再確認した。いくら諦めが悪く、不屈の意思で立ち上がる彼女でも、あの時の絶望感は相当なもので精神(メンタル)が深刻に凹んでいた。これで先輩には本当に悪気がないのだから猶の事タチが悪い。あの日の雨無の魂の抜けた抜け殻具合は傍から見ていても辛いものがあった。


 ────本当にあれは酷かった。


「はぁ……」


 数日前の悲惨な光景を思い返してゲンナリする。せっかくの昼休みだというのに、ここ数日でため息の回数が異様に増えてしまった。


 考えることは盛りだくさん、今も続いている不躾な視線にはどうやってもなれる気なんてしない。これで雨無(クライアント)のメンタルケアまでしなければならないとか冗談にしては間抜けすぎる。だと言うのに……。


「おお、今日もあるらしいぞ夕夜」


「見りゃ分かるよ……」


 向かいで呑気に飯を喰らっている親友の目配せにまた溜息が出る。その先は階下に広がる昼休みの中庭であり、昼食も取らずに2人の男女が何やら逢瀬を企んでいた。まあ企むもなにも至る所から丸見えな場所で意味ありげに男女が向かい合っていれば、何事かと観衆が群がり、野次馬根性を発揮する。


 所謂、公開告白ってやつだ。


「あ、雨無さん! 一目見たときから好きでした! 俺と付き合ってください!!」


 迷惑極まりない噂が駆け巡る中、それでも今日も雨無朝日は誰とも知れぬ男子生徒から愛を囁かれていた。


 それを横目に僕は現在昼飯をかっ食らっている訳だが、正直、あとが怖い。男子生徒が噂の蔓延る中、どんな神経で彼女に告白しているのかは定かでは無いが、大体の事は予想が付く。まあ、その思考は当然とも思えた。


 簡単な話、僕のようなどこの馬とも知れぬモブと学校の美少女の間に噂が立つのならば、自分にもワンチャンスあるのではと言ったところだろう。依然として、見知らぬ他人の好意を一方的に押し付けられる雨無には同情せざるを得ないがお互い様である。この2日、僕は僕で彼女ほどではないにしろ実害が出てきていた。クラスメイトや他の生徒達からの奇異の視線は変わらずとして、学年問わず様々な生徒が僕の元へと訪れることが増えた。


「真中、今いいか?」


 その大体が人の目を憚り、密かに接触してくるのだが、今日の訪問人はまた様子が違う。絶賛、中庭で雨無が男子生徒をこっぴどく振っている様を眺めていると、隣のクラスの男子生徒……以前、中庭でこっぴどく雨無に振られていた高山くんが堂々とこちらに声を掛けてきた。


 ────またか……。


 高山くんの有無を言わさない威圧的な態度と視線に僕は辟易とする。別に僕と彼は面識がある訳ではないし、まともに話すのもこれが初めてだ。交友の無い彼がどうして突然僕を訪ねてきたのか? まだその詳しい要件を聞いたわけではないが、僕はその内容に見当がついていた。


「……なにかな、高山くん?」


 けれど素直に要件を察してやるのも癪なので、僕は態ととぼけたフリをする。すると高山くんは不機嫌な態度を微塵も隠さずにこちらを睨みつけてきた。まるで恋敵を見るかのような剣幕だ。


「お前、雨無と付き合ってるってのは本当かよ?」


「まさか、それは全くの嘘だ。僕と雨無さんが付き合ってるなんて恐れ多い!」


「そうだよな。それじゃあ……」


 大袈裟におどけて白を切るが、高山くんはそれを無視してこれが本題だと言わんばかりに切り出した。


「あの掲示板の写真を撮ったってのは本当か?」


「……」


 ほら、やっぱり。予想通りの高山何某の切り返しに、僕は内心で辟易としながらも表情を崩さずに答える。


「それは本当だね。それがどうかした?」


 首を傾げて徹底的にとぼける。それでも高山は逃がしてはくれない。


「その写真のデータ、俺にくれよ」


「……なんで?」


 単刀直入に聞き返す。実害とは正に今、高山が言ったことそのままだ。僕はここ数日で複数の生徒から〈フォトギャラリー〉に載せた雨無の写真データを譲ってくれないかと要求されていた。今回の高山で実に十人目。いい加減、面識のない人間が、事あるごとに僕の元に尋ねてくるのは苦痛すぎて限界であった。


 ────なんか腹立ってきたな。


 さも当然かのように写真データが貰えると確信している高山に嫌悪感すら覚える。噂のこともある、良い機会だから高山には誤解を解くための人柱となってもらおう。


「なんでって、そんなことわざわざ言わせるのかよ。……お前も男なら分かるだろ?」


 下卑た笑みを浮かべながら高山は取り巻きの方を見た。その取り巻きらも同調して笑みを張り付けた。今のそのやり取りだけで、僕はどうして彼らが雨無の写真を欲しがっているのか察することが出来る。思わず表情が少し強ばった僕を見て、高山は周りの目を気にして小声で続けた。


「……勿論、タダで譲ってくれなんて言わねえよ。いくら出せばいい?」


「っ……!!」


 ここ二日で何度も同じようなことを言われた。その度に身の毛がよだち、目の前の自分本位な阿保共に嫌悪し、怒りが沸いてきた。何度言われようとも、この交渉のようなクソみたいなセリフ回しには慣れない。


 ────と言うか、慣れたくもない。



 今までのこう言った輩は人気のない校舎裏で接触してくることがほとんどであったが、この男はどういう神経でこの教室までやってきたのか? そもそも、僕は誰であろうとあの写真を他人に譲る気は無かった。思わず反吐が出そうになる。咄嗟に出かけた言葉を飲み込んで今一度、表情を取り繕った。


「悪いんだけど、あの写真を売る気はないよ。そもそも、そういう目的で撮ったものじゃないし、もう写真のデータを僕は持ってないんだ。欲しいなら直接、雨無さんに言っもらっていい?」


 できるはずないだろうけどな。


 敢えて周りのクラスメイト達に聞こえるように、僕は声を上げて高山何某に言う。すると僕の言葉を聞いて彼は顔を引き攣らせる。まさか、見下していたヤツに自分の要求が拒否されるとは思っていなかったのだろう、彼は見る見るうちに余裕がなくなり眉間の皺が更に深くなった。


「おい……」


 低く唸るように、周りの取り巻きを使って高山は僕の席を包囲する。


「いい子ぶってんじゃねーよ。いいから黙ってデータ寄越せ、どうせまだデータ持ってんだろ? まさか独占しようってか? ああ?」


 そして至近距離でドスの効いた声が耳朶を打つ。本心を隠さないその正直な態度は関心すら覚えて、高山は今にも殴りかかってきそうだ。


「おい、お前ら────」


「大智」


そんな穏やかじゃない高山の行動に、すぐ横で様子を伺っていた大智が助けてくれようとするが、それを目で制する。折角、分かりやすく怒りを顕にしてくれたのだ、これを利用しないのは勿体ない。


「え、なんかやばくね?」


「先生呼んでくる?」


「こえ~」


 ほら、状況ははっきりと伺えずとも明らかに様子のおかしい僕と高山のやり取りに、周りのクラスメイトは動揺し始める。高山は頭に血が上ってそれを気にする余裕すらないようだが……知ったことじゃない。とりあえず、これでクラスメイト達の誤解は解きたいな。いつまでも教室で居心地が悪いのは勘弁だ。


 それに、僕は嘘なんて言ってはいない。今回の噂が流れ始めて、あの写真データを欲しがるやつが出てくるだろうことは予想できた。その為、直ぐに掲示板の写真は回収したし、データの方も雨無本人しか持っていない状況をあらかじめ作っておいた。だからもう僕にはどうすることも出来ない。それにこっちも相当頭に来ていた。


 ────どいつもこいつも勝手な憶測や推察で好き勝手言いやがって、雨無朝日を何だと思っていやがる。ただ自分が満足したいだけの身勝手な感情を押し付けてやがって……!


 プライバシーやプライベートなんてまるであったものじゃない。ただの十六歳の少女に対する反応じゃない。


「本当に持ってないって言ってるだろ。執拗いな、そんなクソみたいな性格してるから雨無に相手にされないんだ……学習しろよ」


「ああ!! んだとコラァッ!?」


 だんだんと僕の思考も熱を帯びていく。思ったことをはっきりと言って嘲笑すると、高山は我慢ならないと言った感じで勢いよく僕の首元を掴みかかる。その衝撃で机や椅子は激しい激しい物音を立て、横の大智は勿論、クラスメイトたちは驚く。


 本当に腹立たしい……こんな誰かに怒りを覚えたのはいつぶりだろうか? そもそも、どうして僕はこんなにむしゃくしゃしているんだ? 変な噂を立てられているからか? 写真を寄越せと身勝手な奴らが近寄ってくるからか? どれも正解だろうが、イマイチしっくりとこない。


「そうやって自分の思い通りにならなかったらすぐ暴力に走る。お前、いくつだよ?」


「うるせぇッ!!」


「うっさいのはお前だよ高山。もう一度言うけど僕は写真のデータを持ってない。欲しいなら雨無に言え。駄々をこねるな、ガキ」


 久しぶりに思ったことをそのままぶちまけて僕の気分は良いが、逆にボロクソに言われた高山は怒りの沸点が振り切れる。


「────ぶっ殺す……!!」


 勢いよく拳を振りかぶった高山はそれを僕の顔面に向かって振り下ろそうとする。


「おい、いい加減にしとけよ」


 だがそれを既のところで親友が止めた。大智の異様な威圧感に高山は我に返る。踏んではいけない虎の尾を踏み抜いたと。


「……チッ! 覚えてろよ!!」


 まさに子悪党な捨て台詞を吐いて高山は教室から出ていく。それを僕は呆然と見送った。今日日、あんなコテコテの捨て台詞を聞くとは思わなかった。良い経験をありがとう。


「ふぅ……」


「……なんであんなことしたんだよ?」


 ひと息吐いて胸を撫でおろしていると、大智は呆れたように尋ねてくる。しかし彼の疑問への回答は単純明快であった。


「普通に腹が立って我慢の限界だった。あと助けてくれてありがとう。マジで殴られると思って内心ビビってた」


「それはいいけどよぉ……こんなのがまだ続くならどうにかした方がいいぞ? 次は絶対に殴られる」


「だね」


 大智は少し照れくさそうにして忠告してくれる。それに関しては僕も同意であり。ことの深刻さと、早急な問題の解消をどうしたものかと思案をする。


「だ、大丈夫か、真中……?」


「すごい音がしたけど……」


 高山が居なくなった途端にこちらの身を案じて近づくクラスメイト達に、僕は苦笑を返す。


「うん、大丈夫。ボディーガードもいたしね」


「おい、誰がボディーガードだって?」


「頼りにしてますぜ、アニキ」


「────はは」


 僕と大智の茶番にクラスメイトは遅れて笑みを零す。今の一件でクラスメイト達からの誤解は解けただろう。校内に根付いた噂と比べれば焼け石に水だが、教室に居ずらいよりはマシだ。


「さて……」


 ちょっと肩の荷が下りた気分ではあるが、まだまだ問題は山積みだ。「千里の道も一歩から」とはよく言ったものである。

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