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写真部

本日の授業が全て終わり、ホームルームにて簡潔な連絡事項が共有されれば放課後へと突入する。


「そんじゃあ気ぃつけて帰れよ〜」


 担任教師───鮫島撫子(独身)の覇気のない挨拶でクラスメイトは三々五々、本日の勉学から開放され、各々の目的地へと向かい始める。目の前の席に座っている昔馴染みの親友も同様だ。


「よっしゃ! 部活、部活!!」


 野球部である大智は机の大荷物をその大きな背中に担いでこちらへと挨拶をして一目散に運動部の部室棟へと走っていく。


「そんじゃあ夕夜、また明日な!!」


「うん。部活頑張ってな」


 ひらひらと手を振ってそれを見送り僕も席を立つ。


 いつもならば即座に帰宅するところであるが、今日からは違う。

 昼休み、写真部の顧問である現国教諭の木暮先生に入部届を提出し、それはその場で直ぐに受理された。つまり今日から僕は晴れて写真部員であり、直ぐに自宅へと下校する帰宅部ではないということだ。


「よし、行くか」


 教室を出て、普段ならば玄関のある一階へと続く階段をスルーして更に廊下を歩く。これから向かう先は文化部の部室棟だ。運動部が東で、それとは真反対の西側が文化部の部室棟となる。


 入学してまだ一週間、加えて部室棟などは今日まで一度も訪れたことの無いエリアだ。時々、他の部活の上級生とすれ違うだけで緊張してしまう。東棟と比べると物静かな西棟、二階最奥の角部屋────そこが写真部の部室であった。


「ここか……」


 扉の前で立ち止まり一つ深呼吸をする。


 別にここまで走ってきた訳では無いのに妙に心臓の鼓動が速い。という事はやはり自分は緊張しているようで、教室の中へ入ることにしり込みしていた。


 ────小暮先生の話によれば写真部の部員は僕含めて三人って言ってたな……。


 三年生の部長ともう一人は同じ一年生との前情報だ。他の部活と違ってのんびりと楽しく活動することをモットーとしているらしく、アットホームな部活だと聞いている。


 これがアルバイトや企業の求人触れ込みであれば怪しさ満点、何かと問題がありそうなブラックな職場に思えてしまう。だが、今から入るのは写真部の部室だ。変に疑わず素直に小暮先生の話を信じても大丈夫だろう。


「まあ、何とかなるか」


 土壇場で謎の自信が湧いてくる。遅れて入部してきた新参者で微かな緊張感はあれど前情報のお陰でだいぶ気が楽だ……という事にしておこう。


『────』


 どうやら既に部屋の中には誰かがいるようで、扉越しに上機嫌な鼻歌が聞こえてくる。僕は元気に挨拶をして中へと入った。


「こんにちわ〜」


「お、もしかして───」


 扉を開けた瞬間に蒸された茶葉の優しい香りが鼻腔を擽る。窓からは燦々と陽の光が入って暖かい。そんな部室にいたのは一人の男子生徒だった。背が高く、素朴な雰囲気を纏ったメガネを掛けたその生徒は大人びた感じからして上級生────話に聞いていた三年生の部長だろう。


「君が木暮先生の言ってた新入部員?」


「あ、はい。一年の真中夕夜と言います」


「真中……あ! 俺は部長の和泉縁って言います。一応、部長なんかやらせてもらってるけど、人の居ない部活だからなし崩し的な部長なんで気楽にしてもらって大丈夫だから!」


 朗らかな笑顔で自己紹介をした男子生徒はやはり予想通り上級生で部長らしい。人好きのする笑顔で男子生徒────和泉先輩は握手を求めてくる。


「これからよろしくね!」


「はい、よろしくお願いします」


 何事も第一印象は大事である。僕も笑顔で返してしっかりと差し出された手を掴む。優しそうな先輩を前に直前まで緊張していたのが馬鹿らしく思える。


 ────不安になるにしても、少し大袈裟すぎたかもしれないな。


 歓迎ムードに緊張は完全に解れる。和泉先輩に進められるままに僕は椅子へと腰掛けて、お茶まで出してもらってもてなされる。


「緑茶でごめんね〜」


「いえ、ありがとうございます」


 そして対面に座った和泉先輩は楽しそうに質問をしてきた。


「真中……夕夜くんはどうして写真部に入ろうと思ったんだい? もしかして普段から写真を良く撮るとか?」


「いや、その逆で普段は全く写真を撮らないんですね」


「そうなのかい? それならどうして写真部に……?」


 僕の返答に和泉先輩は首を傾げる。その反応はご最もだし、じゃあなんで? と疑問にも思うだろう。僕は補足するように言葉を返す。


「職員室横の掲示板ありますよね?」


「え? ああ、うんあるね」


「その掲示板の隅にあった〈フォトギャラリー〉の写真を見て、写真に興味を持ったんですよ。特に一番右下の貼ってあったあの夕焼け? の写真がとても綺麗で……!!」


「あはは、やっぱり誰かに写真を褒められるのは嬉しいなぁ〜」


 照れくさそうに笑う和泉先輩に僕はハッと思い至る。


「もしかしなくても……あの写真を撮ったのって和泉先輩ですか?」


「うん……俺だね」


 まさか、あの写真を撮った張本人が目の前にいるとは思わず僕のテンションは上がる。


「まさか先輩だったとは! ほんとにあの夕焼け? の写真綺麗でした! 僕にもあんな綺麗な写真撮れますかね!?」


「あはは、ありがとう。あれは「マジックアワー」って言ってね。タイミングと撮影のやり方を覚えちゃえば夕夜くんでも撮れるよ」


「ほんとですか!?」


「うん」


 ハニカミながら頼もしい先輩の言葉に僕のテンションは上がる。憧れの写真を自分でも撮れる、その事実がやけに嬉しい。湧き上がる期待感に興奮していると、それに水を刺すように部屋の扉が開け放たれた。


「ん?」


「あっ、お疲れ様〜」


 音に吊られて扉の方へと振り返ればそこには一人の少女。よくよく考えずとも、予め聞いていたもう一人の部員だろうと僕は挨拶をしようとするが思考が停止する。


 ────どうして彼女がここに?


 改めて、部室に入ってきたのは一人の女生徒。これが名前も顔も知らない人物であれば僕は何も迷うことなく挨拶と自己紹介をすることができたであろう。


 何事に於いても第一印象は大事だ。今後、友好的な関係を築くために挨拶はすごく大事なのに、僕は挨拶をすることが出来なかった。体が咄嗟に警戒態勢に入ったのだ。


 何故か? 答えは至って簡単だ────


「彼女がもう一人の部員、雨無朝日ちゃん!!」


 何故か写真部に毒舌天使ちゃんこと雨無朝日が現れたからだ。


「………どうも」


 依然として困惑する僕に鋭い視線を向ける雨無朝日はとても不満げにぺこりと頭を下げた。それに対して僕は辛うじて彼女と同じ言葉を繰り返すしか出来なかった。


「ど、どうも……」

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