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屋上の悪魔

 屋上には悪魔が住んでいる。


 そんな噂が学校にはあるとかないとか(ない)。

 四限の数学の授業が終わり、いつもより開放感のある昼休みが訪れるかと思いきや、僕の戦いはまだ終わっていない。踏ん張りどころはまさにこれからであった。


 ────人の気も知らずにのんきに騒ぎやがって……。


 階段下から聞こえてくる生徒たちの楽しげな話し声や笑い声。本来ならば僕も教室で昔馴染みの親友と、のんびり昼飯を食べながらだべっていたことであろう。しかしながら、そんな優雅な昼休みは訪れず、僕は授業が終わって直ぐに屋上までダッシュで来ていた。


「この階段ダッシュに慣れ始めてる自分が怖い……」


 最初の方はどこぞの運動部バリの運動量に息も絶え絶えであったが、慣れと言うのは恐ろしい。今の僕の息は大して乱れてもいない。この短期間で体力がついたことを素直に喜ぶべきか、それとも毎度の如く屋上に呼び出すクライアントを恨むべきなのか……。


 今はどうでもいいことか。一つため息を吐いて無駄な思考を振り払う。


 改めて言うが屋上には悪魔が住んでいる。いや、悪魔と形容するのも生易しい……そこにいるのは悪鬼はたまた阿修羅の類いであり、一度目をつけられれば生きては帰れまい。しかし僕はこの扉の奥へと飛び込み、阿修羅と対峙する必要があった。


「行きたくねぇ……」


 思わず本音が漏れ出る。だがいつまでも扉の前で足踏みをしていては自分の首を絞めるだけだ。少しでも彼女を待たせれば殺される。なんの為に昼飯を抜いてダッシュでここまで来たのか、分からなくなってしまう。


「はぁ……」


 覚悟を決めて中へと入れば、そこには予想通り一人の女生徒。ガラス細工のような端正な顔立ちがこちらに振り返り、しかしそれが台無しになるほどの仏頂面を貼り付けていた。それだけで彼女の機嫌は明白である。これは相当ご立腹でいらっしゃる。


 この時点で僕の生存率はグッと下がった、半殺し確定である。もう生きては帰れないかもしれない。それでも後にはもう退けない。

 怖気まいと力強く一歩踏み題して雨無朝日(クライアント)様と対峙する。


「呼んだ理由は分かってるわよね?」


「うん……まあ、はい……」


 雨無の底冷えするような質問に僕は何とか肯定を示す。


 後ろめたいことなんて何もない。彼女の射殺すような双眸から目を逸らさないように堂々とする……が、やはり無理だ。怖い。怖すぎる。あの目は何人か普通に殺ってきてるだろ。


 思わず生存本能が働いて目が勝手に逸れる。その一瞬の隙を雨無は目敏く捉えて眉根がピクリと動いた。


「さて、それじゃあどうして私とアンタが恋人(・・)みたいな噂が出回っているのかしら……?」


「それは……」


 歯車が上手く噛み合ってないようにぎこちなく首を傾げる雨無。彼女も最初からこちらに噛みつくのではなく、まずは言い分を聞こうと言うスタンスだ。珍しく冷静なその対応が更に不気味さを演出する。さて、どう話したものか。


 どちらかと言えば僕も被害者な訳だが、この状況でそれを言ったところで僕の安全は保証されない。寧ろ、「なに言い訳を言ってるんだ」と、更に雨無(クライアント)の反感を買い、自分の身を悪くしかねない。ならば、素直に真実をありのまま話すしかあるまい。


 目の前の阿修羅様はもう少しも待ってはくれない。僕は簡潔に、しかして確かに自分の知っていることを話す。


「聞いた話によると噂は掲示板の〈フォトギャラリー〉に載せた雨無の写真を見て、どこかの誰かが騒ぎ始めた……らしい」


 それを聞いて、雨無は静かに「なるほど」と頷いた。やはり意外と冷静な反応に一瞬安堵するが、逆に嵐の前の静けさに思えて怖くなってくる。


「つまり、あの一枚でここまでの騒ぎになったと?」


「そういうことになる……ます」


 依然として理路整然と事実確認をする雨無。それに対して僕は緊張しつつも頷く。いつか絶対に爆発する爆弾に、いつまでも身構えるのは精神的に疲れる。こんなことなら、いっそのこと一発ガツンと罵られた方がマシに思えてきた。


 「────ハッ!?」 


 いかんいかん、下僕根性が染み付きすぎてふざけた事を考えてしまった。起こられるのがデフォの方がおかしいんだよ。


 我に返っていると雨無が言葉を続けた。


「つまり、あんたが悪いってことね?」


「……」


 前言撤回。この女、全く冷静なんかではない。暴走状態。いつにもまして宣うことが滅茶苦茶で理論が破綻している。


「ま、待て! 確かに写真を撮ったのは僕だが、最初はフォトギャラリーに載せるつもりは全くなかった! けど、和泉先輩の推薦もあってあの写真を載せるって話になったろ!? ちゃんとお前にも確認したじゃないか! 「写真をフォトギャラリーにも載せていいか?」って!!」


 その結果、彼女はこれを了承し写真を〈フォトギャラリー〉に載せた。これは部全員の決定であり、ならば全責任が僕にあると言うのは横暴だ。しかし、暴君はそんな論理武装では止まらない。


「うるさいわね……んなこと分かってるのよ。なに? アンタ、私の事バカにしてるの? アホなの? 殺されたいの? 死ぬの?」


 雨無は尋常ではない圧力と真顔で怖いことを言う。彼女はどこから出したのか手に広辞苑(鈍器)を構えて、ゆらりとこちらに詰め寄ってくる。


「そもそも。なんであの一枚で、寄りにもよって私とアンタが付き合ってることになるのよ? 写真部にはまだもう一人男子生徒がいるでしょ。縁先輩というカッコよくて、頼りになって、着痩せするタイプで脱げば意外と筋肉質な逞しい体をしてる素敵な人が────」


 なんだか生々しい情報まで混じっていて、彼女のガチ感にドン引きするが、悠長に「やっぱり怖すぎる」とかひるんでいる暇はない。一歩間違えば僕はあの広辞苑(鈍器)で一撃ノックアウトだ。


「……だのに、どうして微塵も冴えないこんな男と私が……」


 いつにも増して辛辣な物言いに僕の心は少しばかりも痛まない。常日頃、彼女からの扱いは酷いのでそれなりに耐性ができていた。全く、嫌な慣れだ……。


 逆にいつも通りの調子に戻ってきた雨無を前に冷静さを取り戻す。そのお陰で僕は余裕を持って思考することが出来た。色々と聞き捨てならないストーカーチックな発言も気になるが、今はそれよりも気になることが一つ浮上する。そもそもの話だ。


「……なんであの写真を僕が撮ったってバレたんだ?」


「……え?」


 不意の僕の発言に雨無はピタリと動きを止める。とりあえず撲殺の危険はなくなったので、僕は更に深く思考を巡らせる。


「今回のフォトギャラリーでは誰がどの写真を撮ったのか明示はしなかった。なのに、どうしてあの写真を撮ったのが僕だって割れたんだ? 情報の出処は?」


「……確かに」


 ようやく雨無にも冷静な思考が戻ってきたのか、今しがたの僕の考察を反芻し考え込む。そして、通常運用に切り替わった才女の思考を持ってすれば、この疑問の答えは意外とすぐ弾き出せる。


 フォトギャラリーに掲載している写真のどれを誰が撮ったのか知っているのは写真部のみ。現在、その写真部に在籍している生徒は3人。ここにいる僕と雨無がわざわざ今回の噂を広めるような情報を言いふらすはずもない。


 つまりはここには居ないもう1人の写真部員が情報の発信源であるわけで、


「「まさか……」」


 僕たちは二人して顔を見合せて絶句する。まさか、そんな、どうして、と信じがたいがこれは疑いようのない事実であった。


 答え合わせは放課後の部活で行われる。

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