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 四限目の現国。黒板にびっしりと敷き詰められたように羅列される文字群はぼんやりと見つめるだけで眠気を誘い、その内容はまともに入ってはこない。あと数分もすれば午前の授業は終わり、待ちに待った昼休みの到来である。そんな状況で真面目に授業を聞いている生徒がこの教室内にどれほどいることだろうか。


 ……いや、いるにはいるだろうが僕は全く授業に集中できていなかった。別に直ぐそこまでやってきている昼休みという魔力に意識を持っていかれているわけではない。それよりも前からずっと、うじうじと引きずっている個人的な事が原因でうわの空なのだ。


 ────まあ現実なんてこんなもんだよなぁ。


 つい、世間を達観した気になって代り映えのない日常に辟易としているイタいラノベ主人公みたいなことを思ってしまったが、決して中二病に目覚めたとかそういう類のものではない。じゃあ何が言いたいのかというと……そう簡単に思い通りのことは現実には起きえないということだ。


 更新されたフォトギャラリーのお披露目から今日で3日目。まあ、やはりと言うべきか、当然と言うべきか、久しぶりに更新した写真部のフォトギャラリーは微塵も話題にならなかった。なんなら反響の「は」の字も無い。


「……」


 いや、ほぼこうなることはわかっていた。全くもって予想通りではあるのだけれども、しかし、それでも僅かながら淡い期待感を抱いてしまっただけに、僕のテンションはあからさまに下がっていた。それこそ、昼休みの到来を喜べないほどに。


「はい、それじゃあ号令~」


「「「っ……!!」」」


 現国のおじいちゃん教諭の締めの言葉に学食や購買組の生徒はフライング気味に教室を飛び出す。


「走って怪我するなよ~」


 普通、お叱りを受けておかしくは無い……というかそれが当たり前の蛮行なわけだが、温厚すぎるおじいちゃん教諭はのんびりと微笑みながら彼らを見送って教室を後にした。一拍遅れて教室に取り残された生徒たちは、それを確認して昼休みへと突入。三々五々で散っていく。


「飯食おうぜ!」


 いつもの調子で大智が僕のへと振り返って、勝手に机の上に昼ごはんを広げ始める。本来ならばそれを咎めることもなく、僕も昼食を食べるところだが、今日は残念なことに職員室へと赴かなければいけない用事があった。


「ごめん、提出物出しに行ってそのまま部室に行く用事があるから今日は一人で食ってくれ」


「んあ? 急ぎなんか?」


「まあそんなところ」


 首を傾げた親友に頷いて僕は立ち上がる。別に弁当を食べてからでも良かったのだが、食欲がなかったので直ぐに行くことにした。


「そうかぁ」


「悪いな。代わりに小野崎さんでも誘ってみれば?」


「ばっ……おま、だからあれは別に……!!」


「あーはいはい、そうだね。それじゃあ行ってくるよ」


「自分から振っておいてなんで適当なんだよ……」


 分かりやすく慌てる親友に半目を向けられるが無視して教室を出る。揶揄うネタがあるのならばとことんいじり尽くしたくなるのがいたずら心というやつだ。この男、中学時代からモテるくせに恋愛ごとには初心なんだ。


 盛りさがった気分をなんとか持ち直して、雑多な喧騒が満ちる廊下を進む。数分と経たずに職員室へとたどり着けば、そのままの勢いで中へと入った。


「失礼しまーす、鮫島先生いますか?」


「おお真中か、どうした?」


「今朝やり直しを命じられた書類の提出に来ました」


「おー、ご苦労さん」


 鮫島先生に手招きされて、彼女のデスクまで向かう。流れでファイルに入れていたA4の紙を手渡す。


「うむ、問題ないな。それじゃあ続報を待て」


「よろしくお願いします」


 不備がないことを確認できれば無事に書類は受理される。職員室での用事は済んだので鮫島先生に挨拶をして立ち去ろうとすると、先生は一つ咳払いをした。


「時に真中よ、部活の方はどうだ?」


「はい? 特段問題もなく、楽しく活動していますが……?」


「そうか、それならいいんだ。風の噂で雨無も写真部だと聞いたんだが……どうだ?」


 唐突な質問に首を捻っていると鮫島先生は続けて要領の得ない質問をしてくる。


「どう……とは?」


「いやな! 雨無は成績優秀で授業態度も良くて大変素晴らしい生徒なんだが、その半面で色々と問題というか……大変そうだろ?」


「はあ……」


 なんとなく鮫島先生の言いたいことが分かってきた。確かに先生たちからすれば雨無は優等生だろうが、その半面で色々な問題を抱えている。詰まるところ────


「入学してからもう2か月、そろそろ学校にも慣れてきたころだろうが、どうにも彼女はクラスで孤立しているようでな。あいつが親し気にクラスメイトと話しているところを私は見たことがない」


「はあ……」


「そんな雨無が写真部でお前や三年の和泉とうまくやれているのかなぁ……と」


「なるほど」


 鮫島先生は孤立気味な雨無朝日を気にかけているのだ。なんと生徒思いな良い教師だことだろうか。正直、なんと答えたものか困る。ここで素直に「傍若無人の限りを尽くしていますよ」なんて言えるはずがなかった。


「それでぶっちゃけた話、どうなんだろうか?」


「えーっと、そうっすね……まあ部活で一緒の時はよく喋ってはいますね」


 主に僕が一方的に罵詈雑言を浴びせられるか、先輩の熱い思いを語られるだけかだが。


「おお! そうなのか」


「は、はい」


 僕の言葉を都合よく受け取った鮫島先生は、安堵の色を表情に浮かべて嬉しそうだ。その反応に僕の罪悪感が蓄積されていく。嘘は言っていない。断じて嘘を言ってはいないが限りなく詳細を省いて、更にオブラートに包んだ表現なので受け手によってその意味は異なる。


 嫌な脂汗が額に浮かび始めるのを感じ取りながら鮫島先生は言葉を続ける。


「いやーそれならよかったよ! さすがに友達が一人もいないのは辛いだろうからなぁ」


「友達……」


 あいつは絶対に僕のことを友達なんかとは思っていないだろうがな。僕と雨無の関係を表すにおいて最も不適切な表現が出てきて、僕は反射的にそれを否定しようとするが、すんでのところで飲み込む。多分、僕なんてあの暴君に「下僕」ぐらいにしか思われていないだろう。


「これからも仲良くな!!」


「うす……」


 鮫島先生の眩しい笑顔に引き攣った笑みを何とか返して、僕は今度こそ職員室を後にする。予想外の問答に精神を疲弊し、ゲンナリしていると職員室を出てすぐ横の掲示板前が騒がしいことに気が付く。


 ────なにか面白い掲示物でも張り出されたのか?


 わらわらと一つの掲示物に、局所的に群がるという珍しい光景に首を傾げる。そして、生徒達が何をそんなに盛り上がっているのか、様子を伺ってみるとその理由を察する。


「おい、この写真見ろ!」


「え、なになに?」


「美しい……」


 そこは三日前に更新したばかりのフォトギャラリーであり、生徒達は僕たちの撮った写真を見て騒いでいたのである。


「……」


 予想外の光景に僕は呆然とする。「話題なればいいなぁ」ぐらいには思って、一時はそううまくはいかないことにがっかりもしたが、まさか時間差で本当に話題になるとは思わなかった。


「これ永久保存ものだろ」


「こんな顔で笑うところなんて見たことないぞ」


 傍から聞こえてくる声を聞くに、生徒達が群がるもっぱらの理由は雨無朝日のワンショットであるらしい。校内で有名人、普段は無愛想な毒舌天使ちゃんの絶対に見ることのできない写真に、生徒達(特に男子)は大興奮しているようだった。


 自分の撮った写真が色んな人に褒められて嬉しいのと同時に、雨無朝日と言う被写体の強力さを実感する。これが「雨無のワンショット」ではなく普通の風景写真ならばこうはいくまい。


「雨無朝日様様だな……」


 なんて呑気に考える。しかしながら、実際にあの写真を撮ったのは僕に変わりないので上機嫌で教室へと戻る。


 だがこの時、僕は思いもしなかった。まさかこの写真によってあんな噂が流れることになろうとは。

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