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更新完了

 本日の授業も全て終了して放課後。もう少しで完全下校時間になろうかと言う時間に、僕たち写真部は職員室横の掲示板の前でとある作業をしていた。


「よし、それじゃあこれで来週にはお披露目だね」


「楽しみですね」


 一仕事終えた和泉先輩が満足げに笑う。それに吊られて雨無も上機嫌だ。こんなところで何をしているのかと聞かれれば写真部の活動であり、僕たちはフォトギャリーの写真を更新していた。


 週初めに先輩の提案によって始めた「フォトギャラリーの写真撮影」は昨日で締め切り、週末の今日で実際に掲示する写真の選定をして、今まさに掲示まで漕ぎ着けていた。後は週明けに全校生徒にお披露目……と言っても大きな掲示板の隅っこにちょこんとあるフォトギャラリーコーナーだ。実際にどれほど生徒の目に触れるかなんてのはたかが知れている。


「……」


「何よ黙り込んじゃって、まさか緊張してるの?」


 一人だけ無言でいると雨無が揶揄ってくる。正直に言えば彼女の言は的外れというわけでもない。それでも僕は頭を振って否定した。


「まさか。どれも今撮れる最高の写真だ、寧ろ自信しかないね」


 緊張はもちろんある。だがそれよりも、初めて自分の撮った写真が不特定多数の人間の目に触れるかもしれないと言う事実に、妙な高揚感も覚えていた。そんな僕の返答を聞いて彼女は引き気味に言った。


「……きも」


「それシンプルに悪口だからな」


「悪口であってるわよ」


「なんで当たり前のように僕はディスられてるんだ?」


 不自然なほど自然に飛んでくる彼女の罵倒が不思議でならない。今きもい要素あった?


 考えたところで答えなんて出ないし、別に彼女の唐突なディスは今に始まったことじゃない。なんなら彼女は消しゴムの角が削り折れただけで無関係な僕に悪口を言ってくる。結局のところ、罵倒が飛んでくるかどうかは彼女の機嫌次第だ。なんて理不尽なんだろうか。


 ────というかさっきまで上機嫌だったよな?


 本当に彼女の情緒が分からない。女心と秋の空ぐらいわからない。

 しかし、そんな理不尽な目に遭おうが今の僕は機嫌がよかった。何せ悩みに悩んで選定した写真が、今まさに目の前に飾られているのだから。事前の取り決め通り、一人3枚の写真をフォトギャラリーの展示として掲示板に載せる事ができる。


 三者三葉、僕たち三人の写真は統一感がなくて、テーマ性が感じられない。

 僕がフォトギャラリーに選んだ一枚目が野球部がグラウンドで守備練習をしている写真、二枚目が屋上で撮った夕陽の風景写真で、三枚目が同じく屋上で撮った雨無のワンショットであった。正直、三枚目の写真……雨無のワンショットはフォトギャラリーに出す予定は無かった。というか出せるはずがないと思っていた。


 間違いなくこの数日で撮った写真の中でベストショットではあったが、無許可で撮った人物写真である。雨無からは無断で撮ったこと自体はお咎めなしだったが、だからと言って誰が見るかもわからない掲示板に載せる気にはならなった。たかが校内の掲示板に掲示するだけでも、肖像権とかそこら辺のモラルは守るべきだ。そもそもこれを掲示したいと言って、被写体である雨無が了承するとは思えなかった。


「何よ?」


「……いやなんでも」


 しかし、そんな僕の予想に反してこの女は掲載を簡単に了承した。最初こそ僕は驚いたが直ぐに納得する。


「ん? どうかしたかい夕夜くん?」


「……いえ、なんでもないです」


 それはあの写真を先輩がべた褒めして「是非フォトギャラリーに載せるべきだ!」と猛プッシュしたからだ。鶴の一声とはまさにこれのことだと思った。雨無も満更ではなくなり、掲示のGoサインが簡単に出てしまった。全く、現金なヤツだ。


 そう思わなくもないが、本人が「良い」と言うのならば遠慮なく掲示させてもらう。結局のところ、ここ最近でのベストショットなのは変わりないし、一番良い写真を載せられた方が気分はいい。


 今はその単純な性格に感謝していた。


 ・

 ・

 ・


 気がつけば週が明けてまた憂鬱な月曜日がやってきた。普段ならばまた勉学に励む一週間の始まりだと気重だったろうが、今日に限って僕は妙にソワソワしていた。素直に学校に行くのが楽しみなんて思ったのはいつぶりだろうか? 中学……いや、小学校まで遡らなきゃないかもしれない。


 柄にもなく浮足立っている理由は単純明快だ。今日が掲示板に載せたフォトギャラリーのお披露目だからである。


 たかだか学校掲示板の隅っこに掲載しているフォトギャラリーで、注目度なんてほぼ無いと分かっていても、どれくらいの人が写真を見てくれるだろうかと楽しみで仕方がなかった。たかが知れていると分かっていても期待してしまうものはしてしまうし、それが人間の性というやつである。


「おはよう」


「おう……なんだ? 月曜日だってのにやけに上機嫌だな、何か良いことでもあったのか?」


 上機嫌で教室へと向かえば、先に登校していた大智が僕を見て首を傾げる。まるで機嫌よく登校してきた僕が不自然だと言いたげな物言いであるが、今はそんな失礼な反応も許してやろう。何せ今の僕はこいつの言う通り機嫌がいい。


「まあな」


「ほう、そりゃいい。機嫌がいいついでに数学の課題見せてくれ」


「は? なにそれ?」


「まさかお前も忘れてた口かよ……」


 初耳な情報に呆けていると大智はため息を零す。せっかく人が上機嫌だったのに今の一言で一気に正気に戻る。フォトギャリーの事で頭がいっぱいで課題の存在などすっかり抜けていた。


「くそ、斯くなる上は……」


 眼前のバカはバカの所為で頼みの宛てが外れて焦っている様子だ。正直な話、課題提出の数学は5限目である。それなら5限までに内職をして片付けようと思えば、課題は問題なく間に合うだろう。だがこの男に自分で課題をやるという考えはないようだ。


 何故か?


 それは単純に自分の力で課題を解けるほどの頭がこの男にはないからだ。


「はぁ……偶には自分でやったらどうだ?」


「無理に決まってるだろ。俺のバカさ加減を舐めるな」


「んな堂々と言うことでもないだろうに……はい、これ」


 変に潔い親友に呆れつつも、僕は忘れないうちにこの休みに現像した写真の封筒を大智に差し出す。それを見て彼は目を丸くした。


「なにこれ? 札束?」


「この前撮った写真。せっかくだからあげるよ」


「おおマジで!?」


 中身の正体が分かったところで親友は課題のことなど忘れて封筒の中身を確認する。

 写真は全てこの前撮った野球部の練習風景であり、特に大智にピックアップして撮った写真だ。去り際に「かっこよく撮ってくれ」と言われたので、できるだけリクエスト通りの写真を渡したつもりであったが、親友の喜んでいる様子を見るにお気に召したようだ。


「ありがとうな!!」


「どういたしまして」


 こうやって素直に人に感謝できるところがこの男の美点だと思う。僕は自分の席に座りながら返事をしてなんとなく窓に視線を流す。


「うぇ!? お、おい夕夜! この写真……!!」


 すると前の席で写真の確認をしていた親友は急に狼狽え始める。その理由を僕は本人に聞かずとも察していた。


「我ながらいい写真を撮っただろ?」


 なぜ彼は写真を見て急に顔を真っ赤にさせたのか? それは去り際に仲睦まじく練習に戻っていく大智(自分)小野崎さん(マネージャー)のツーショットが原因なのは撮った僕が一番わかっていた。


「い、いつから……!!?」


「そんなの、お前のあの反応を見たときからだよ。相変わらず分かりやすいのな」


 顔を茹蛸のように紅潮させる親友を揶揄っていると担任の鮫島教諭が教室に入ってくる。そこで眼前のピュア男をおちょくるのは一時中断せざるを得なくなる。


 上機嫌で鮫島教諭からの朝の連絡事項を聞きながら、頭の片隅ではこのまま掲示板の写真も話題になったりして……と淡い期待を抱いていた。

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