校内徘徊(1)
「よし……」
のんびりと部室棟を歩きながらカメラの設定をいじる。時刻としては16時を回ろうかと言うところ、窓から差し込む夕陽は未だ燦然としており、微かに外のグラウンドの方から運動部の掛け声、校内には吹奏楽部の楽器の音が木霊する。
まあ当然と言うべきか雨無は和泉先輩に付いていき、僕はその邪魔をしないように一人でフォトギャラリーの写真を取ることにした。先輩としては「3人で行動すれば良い」と提案をするが、それではお互いにどんな写真を撮ったか見せ合う楽しみが無くなってしまう、と適当な理由をつけて僕は別行動を強行した。それじゃあ雨無も一人で写真を取るのが自然な流れだけど……それを突っ込むのは野暮ってもんよ。
ここ最近まで全く何もできていなかった反動が来ているのか、今日の彼女はやる気に満ち溢れている。特に彼女からは「何かサポートしろ」と言われたわけでもない。それならそれで好きにさせておけばいい。
「こっちはこっちでのんびりやらせてもらおう」
制限時間は1時間、17時までに部室に集合ということにして撮影開始だ。とりあえず適当に目に付いたモノやなんてことの無い風景を何枚か撮る。
「うむ……」
問題なく撮れていることを確認して、本腰を入れてどんな写真を撮ろうか思案する。
────今日は天気も良いし、外の風景でも撮ろうかな。
きっと雨無と先輩は校内を重点的に回っていることだろうし、邪魔をしない為にもそれが最善だろう。そうと決まれば僕は運動部がいるグラウンドまで出てみる。
「ばっちこーい!!」
「ラスト2周~!!」
今日のグラウンドの使用割り当ては野球部と陸上部らしく、側まで近づくと活気のあふれる声が直に聞こえてくる。
「精が出るね~」
そんな光景に少しばかりの懐かしさを覚えつつ、邪魔にならないように少し離れた位置から野球部の練習風景を撮ってみる。
今は守備練習中なのか「鬼軍曹」の相性で煙たがられている岩部先生がノックをしている。鋭く放たれた打球を三塁の定位置で待ち構えていた部員が華麗に捕球して捌く、そのまま一塁に送球して一連の流れは終了だ。ファインダー越しにそれを捉えてシャッターを切る。
「うまいもんだ」
「そりゃそうだ。毎日飽きもせずに練習してるからな」
三塁手の貫禄さえ覚える動きに感心していると、不意に背後から声を掛けられる。揶揄うような声に僕は思わずびくりと体を震わせた。反射的に後ろを振り返ればそこには悪戯が成功したことを喜び、笑いをこらえている練習着姿の大智の姿があった。
「……さぼりとは感心しないな」
「おいおい人聞きの悪いこと言うな、どう見ても練習道具を運んでる最中だろ」
「なら尚のこと悪質だな。こんなところで僕に話しかけて油を売ってる暇があるのか?」
「驚かしたのは悪かったって……だからそんな邪険にするな」
まんまと驚かされた腹いせに、半目を向けて非難をすると大智は笑いながら謝る。そして本題に入るかのように大地は僕へと「何をしてるんだ?」と尋ねてきたので、僕は簡潔に答える。
「見ての通り部活動だよ。職員室横の掲示板に載せてるフォトギャラリーの写真を撮ってんの」
「へぇ~、フォトギャラリーねぇ」
それらしいことをしている僕が珍しいのか、大智は興味ありげに手元のカメラに視線を落とす。その視線が妙にこそばゆくて落ち着かないでいると、またしても背後から声をかけられた。
「堂々とさぼりとはいい度胸ね、須藤くん?」
「うぉ! お、小野崎!?」
しかしそれは僕にではなく大智の方にだ。反射的に振り返るとそこには野球部のキャップ帽を被ったクラスメイトの小野崎さんが、大量のボールが入った籠を抱えていた。小野崎さんは大智に向けていた半目を正してから僕の方を見た。
「ごめんね、真中くん。このさぼり魔はすぐに練習に戻すから」
「お願いするよ、小野崎さん。正直、ダルがらみされてて困ってたんだ」
「ちょっ! 夕夜!? それはないだろ!!」
旗色の悪い状況に大智は目に見えて慌てている。助けを求めるように縋りついてくるが僕はそれを全て無視する。まださっきのことを許した覚えはない。僕は根に持つタイプなのだ。
「ほら行くわよさぼり魔くん」
「た、頼む小野崎……監督には、監督だけにはどうか……」
「それは須藤くんの態度次第かな?」
顔面蒼白で小野崎さんに懇願する親友の情けない姿はなかなかに愉快な光景である。
「それじゃあ僕はこれで、二人とも部活頑張ってね」
「ありがとうね、真中くん」
「お、覚えてろ夕夜……!!」
恨み節を利かせる大智に煽るようにひらひらと手を振って、僕はグラウンドを後にする。去り際、足早に練習に戻る二人の後姿をファインダー越しに収めて僕はシャッターを切った。
「小野崎さんって野球部のマネージャーだったんだな」
新たなクラスメイトの発見に僕はぼんやりと撮った写真を眺めて思った。
・
・
・
ところ変わって再び西の部室棟。まだ時間には余裕があるので、今度は文化部の活動でも撮れればと考えていると面倒なのに捕まる。
「あっ! ゆうくんだぁ!!」
「……面倒なのに見つかってしまった」
唐突に教室の扉を開けて顔だけ覗かせてきたのは姉の陽乃だ。僕を見つけた姉はそのまま教室から出てきて嬉しそうにこちらへと寄ってた。反してゲンナリとしながらすぐ横の教室に目を遣れば、そこは〈軽音部〉の部室であった。
「こんなところでなにしてるの? まさか……お姉ちゃんに会いに来てくれたの!?」
これまた飛躍した結論を導き出す姉を僕は即座に否定する。
「違うよ。写真部の活動でフォトギャラリーの写真を撮って回ってるんだよ」
「フォトギャラリー?」
「そう。断じて姉ちゃんに会いに来たわけじゃない」
なんならここが軽音部の部室だと知っていれば、わざわざ近づくこともなかっただろう。そんな僕の全否定を姉はお得意のポジティブシンキングで脳内変換する。
「えへへ、ゆうくんは恥ずかしがり屋さんだもんね。お姉ちゃんは分かってるよ」
「何をだ……」
何なら何も分かってないまである。勝手に納得しだした姉にさらにゲンナリとしていると、部室の中からもう一人女生徒が出てきた。
「外で何騒いでんのさ陽乃。そろそろ練習再開するよ……ってだれ?」
「あっ、朱莉ちゃん! 私の大事な弟のゆうくんだよ!!」
「へぇ、例の……」
朱莉と呼ばれた女生徒……確実に先輩であろう女生徒が僕を見てくる。どうやら姉は僕のことをご学友にあることないこと言いふらしているらしい。その品定めするような視線に気圧されつつも、僕は挨拶をする。
「弟の真中夕夜です。愚姉がいつもお世話になってます……」
「あぁ、ご丁寧にどうも。私はこのバカの一応友人の新藤朱莉。噂に聞いてた通り色々と苦労してるみたいだね~」
「ど、どうも……」
握手を求めてきた新藤先輩の手を掴み僕は安堵する。どうやらこの人は僕と同じように姉に困らせられてきた人らしい。つまりは同志と言うわけだ。はじめましての割には妙な親近感を僕は新藤先輩に覚える。そんな僕たちのやり取りを見て姉は不満気だ。
「ぶぅー、ダメだよ朱莉ちゃん。ゆうくんは私のだからいくら親友でもあげられないよ!!」
「そもそも姉ちゃんのものでもない」
「えぇ!?」
僕に抱きついてこようとする姉をガードしつつ否定すると、彼女は悲鳴に似た声を上げる。
────なんでそんなに驚いているんだこの姉は……。
なんてやり取りをしていると、新藤先輩が先ほどの姉と同じような質問をしてくる。
「あはは、それで夕夜くんはこんなところで何してるの? まさか陽乃に会いに来たわけでもないでしょ?」
僕は簡潔にことの経緯を説明する。すると新藤先輩はこんな提案をしてきた。
「そういうことならうちらの練習風景でも見てく?」
「いい! それいいよ朱莉ちゃん!!」
「……いいんですか?」
興奮する姉を無視して、僕は先輩に確認すると彼女は快く頷いてくれた。
「もちろん。ちょうど合わせをしようと思っていたし、一曲だけだけど聴いていってよ」
「そういうこなら」
「じゃあ決まり!!」
なし崩し的に軽音部の活動を見せてもらえることになった僕は、そのまま部室の中に招き入れられる。中に入る他の部員が二人いて軽く挨拶をしてくれたので、僕は「お邪魔します」と返した。
新藤先輩はその二人に僕のことを話して、一曲だけやると言ってから準備を始めた。初めて訪れた軽音部の部室は意外と広くて、壁が音楽室のように穴あきである。先輩たちは練習で出しっぱなしにしてあったギターやベース、ドラムの準備をしている。その姿が妙に様になっていて、僕は無意識に写真を数枚撮る。程なくして準備が整い、ギターを構えてセンターに立った姉がマイクに声を通す。
「それでは聴いてください────」
瞬間、空気が変わった。いつもの能天気で天真爛漫な姉とは明らかに様子が違う。
「『なつこ』」
それは姉がよく口ずさんでいるロックバンドの一曲。いつも鼻歌交じりに聴いていたその曲が楽器の音色によって彩られ、初めて聞いたかのよう別物の音楽になる。3年間、熱心にやってきただけあって先輩たちの演奏の練度は相当なものだ。その中でも姉の歌声は贔屓目なしで飛び抜けていた。
「――――」
音に乗りながらシャッター切る。楽器の音と比べればカメラのシャッター音など、か細すぎて簡単にかき消されてしまうが、それでも確かに僕はシャッターの音を聞きとる。ファインダー越しに歌う姉と先輩たちはとても楽しげで輝いて見えた。
「ありがとうございました」
あっという間に一曲歌い終わり、姉達は軽く肩で息をしながら一礼した。それに遅れて僕は大きな拍手をする。初めて姉の音楽を……バンド演奏と言うのを聴いたが素直に感動した。今もまだ体の芯にまで響いていた楽器の音が残っている。不思議な興奮と高揚感で全身が熱い。
「どうどう! いい写真撮れた?」
「え? ああ、こんな感じ……」
そんな感動も束の間、いつもの調子に戻った姉が今撮った写真を見せろと催促してくる。新藤先輩たちも興味津々に僕を囲って小さな液晶モニターを覗き込んできた。
「すっごいよ、ゆうくん! すごく上手!!」
「うん、始めたばかりにしては綺麗に撮れてるね」
個人的にもそれなりに上手く撮れた自信はあったが、姉達に褒められて僕は安堵する。
「ふふん! ゆうくんは凄いんだよ!!」
「なんで陽乃が得意げなのさ……」
「あはは!」
自分の事のように胸を張る姉とそれにツッコミを入れるバンドメンバーのやり取りに、また僕はまたシャッターを切る。
姉たちは撮った写真がよほど気に入ったのか写真のデータを欲しいとまで言ってくれて、SNSのプロフィール画像に使いたいとまで言ってきた。
「いいかな?」
「はい、大丈夫ですよ」
期待のこもった眼差しで聞いてくる先輩達に僕は頷いて、後日データを渡す約束をする。
自分の撮った写真を見て喜んで、しかもそれを使いたいと言われたのは初めての経験で、妙な満足感と充足感を僕は覚えた。そうしてまた1つ、写真を撮る楽しさを知った。




