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変化

 昼の校内放送が至る所で響き渡る。廊下はそれなの生徒達で賑わっており、走り抜けて目的に向かうのも一苦労だ。


「また急な……」


 そうと分かっていても僕は注意されない程度に廊下を駆けていく。


 ────あぶね。


 勢いよく階段を駆け上がり、踊り場で女生徒とぶつかりそうになる。しかしギリギリのところで躱してことな気を得る。


 そもそもどうして昼休みだと言うのに僕がこんなに急いでいるのか。その理由を説明するのはとても簡単であった。


 ────いつも4限の授業が終わってから呼び出す癖に、少しでも行くのが遅いと不機嫌になるのはなんなんだ?


 雨無(クライアント)の呼び出しに遅れると理不尽な目に遭うからである。使いっパシリの協力者の僕には抗議する権利などなく、無駄な努力だとこの数日で学んだ。だからできるだけ早く、誠意を見せる為に走るのである。


「はぁ……はぁ……今日は、一番乗りだろ」


 速度を緩めず軽く汗をかきなが屋上へと続く扉の前へと辿り着く。少し呼吸を整えてからやはり当然のように鍵の開いている屋上の中へと入る。瞬間、涼し気な風が汗ばんだ全身に吹き抜けた。


 今日の天気は辛うじて晴れ。快晴とまでは行かず、疎らに白い雲が浮かんでいるが個人的にはこれぐらいの天気が好きだった。


「……ダメだったか」


 気分がいいのも束の間、屋上には当然のように一人の少女、雨無朝日が仏頂面を引っさげで居た。彼女はこちらを鋭い眼光で睨んだかと思えば開口一番に文句を言った。


「遅い」


「これでも全力疾走できたんだけど……」


 予想通りの文句に僕は無駄だと思いつつも口答えをする。


 こちらとしては授業が終わって直ぐに来たつもりなのだが、いつも彼女が一番乗り。距離としては対して変わらないはずなのにこの差は何だというのか。さては授業をサボってるわけじゃないよな?


 一応、優等生で通っている彼女に限ってそれは無いだろうが、毎度の如く先に居られると疑いたくもなってくる。


 そもそも、封鎖されているはずの屋上が普通に空いているのもやはりおかしい。この女、いったいどんな手を使っているのやら……。


「口答えしないの。アンタは素直に「すみませんでした」って謝ればいいのよ」


「はいはい、すみませんでした」


「誠意が感じられない」


「これ以上どうしろと?」


 先日の一件から僕は度々こうして雨無から呼び出されることが増えた。以前よりも遠慮の無くなった彼女の口撃にはさらに鋭さが増して、僕のことを下僕か体の良い小間使いとしか思っていないようだ。暴君め。


 別にそれは今に始まったことでは無いが、どうしてこの態度の悪さが未だに周囲へ露呈していないのか不思議でしょうがなかった。……いや、一応バレてはいるのか。


 普段ですら態度が悪いのにこうして面と向かって話してみれば更に何段階も悪化しているのだから驚きである。まさに天使の皮を被った悪魔だ。


「……アンタ、いま絶対に失礼なこと考えてるでしょ?」


「マサカ……ソンナコトナイデスヨォー」


「はぁ……まあいいわ。アンタに構うのは時間の無駄だもの、さっさと食べるわよ」


「……うす」


 呆れたように溜息を吐いて雨無はその場に座り込む。それに倣って僕も座った。さて、今日はどんな暴言が飛び交うことやら……。


 わざわざ屋上に呼び出されてすることと言えば、もっぱら雨無の先輩に対する熱い思い……ともすれば重すぎる好意の熱弁。そして普段の私生活での愚痴だった。


「それでね、今日はまたあのイキりクソギャルが突っかかってきて私に喧嘩を売ってきたのよ! 流石に公衆の面前でぶん殴る訳にもいかないから我慢したけれどね!」


「へぇ、そりゃあ凄い」


「でしょ!? 我ながら自分の忍耐力には惚れ惚れするわね!!」


「どの口が言ってんだよ……」


「あぁ?」


「いやー、本当に雨無は大人だなぁ。僕だったら普通にブチギレてる」


 今日はどうやら愚痴の方であるらしい。持参した弁当を食べながら話半分に相槌を打つだけだが、意外にこの時ばかりは雨無はいつも上機嫌であった。


 まあ別に協力をすると決めたのだから惚気や愚痴の一つや二つ聞いてやってもいい。だが少し予想していたものと違う。


 ────早くも趣旨が変わってきてないか?


 昼休みに呼び出すぐらいなのだから、もっとこう先輩を如何に惚れさせるかどうかの作戦会議だとか、計画の話がメインだと勝手に思っていた。しかし蓋を開けてみればこれだ。


「ねちっこく嫌味を言われるわ、名前も知らない男に告白されるわで本当にたまったもんじゃないわよ!」


 話を聞けば聞くほど、雨無朝日という少女が普段どれだけ特異で肩身の狭い生活を強いられてきたのかが伺える。同性からの妬み嫉みに、異性からの執拗な好意、加えて唯一の心の支えである自身の恋愛事情も敗戦濃厚と来ている。


 ────そりゃあ口も悪くなるか……。


 これでストレスが溜まらない方がおかしな話だ。


 今まで話を聞いてきたなかでやはり彼女にはこういった話をする所謂な友人は居ないらしく、仕方なしで僕に愚痴っているのだろう。……なんだろう、改めて整理してみると彼女が可哀想に思えてきた。


「────って、聞いてるの夕夜!? 私は今大事な話をね……」


「あーはいはい、聞いてる聞いてる。ほんと、毎日ごくろうさんです」


 依然として白熱する雨無を僕は宥めつつ弁当を完食する。


「……そう、まあ聞いてるならいいのよ……」


 何処か納得いかない様子の雨無だが何とか落ち着いてくれて助かった。


 その後も彼女の愚痴は止まらなかった訳だが……割愛させてもらおう。ただ言えることは、ここで雨無(クライアント)の機嫌を損ねるのは面倒なので僕はその後も真面目に返事をしてやり過ごすしかないということ。


 貴重な昼休みが今日も毒舌天使ちゃんの一人語りで消費された。それ自体はまあ百歩譲っていいとしても、流石に今後の作戦会議を微塵たりともしないのはどうかと思った。

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