自業自得
ファミレスを後にして僕達3人は変わらず駅中の商業施設を適当に歩いていた。
姉が「夏物の服をいくつか見たい」と言ったのでそののままいくつかのアパレルショップで姉の服選びに付き合う。
「これなんてどうかな?」
「それよりこっちの色の方がいいんじゃない? 姉ちゃんの持ってる他の服とも合わせやすいでしょ……」
「確かに……」
意見を求められればそれに何となく雰囲気で答える。
ここで「別にどっちでもいいんじゃない?」とおざなりなことでも言えば姉の機嫌は悪くなり、最悪なパターンは「ゆうくんは私の事なんてどうでもいいんだ!?」とギャン泣きする。
────いつ起爆するか分からない爆弾かよ……。
それ故か、特段詳しくなかった服飾の知識がそれなりに身に付いてしまった。その道のプロと比べればミジンコ程度だが色選びとか柄モノの扱いとか……姉特化ではあるが満足できる受け答えはできる。
「和泉くんはどっちが好みかな?」
「お、俺!?」
「うん」
姉は先程まで少し機嫌は悪かったがショピングに夢中になってすっかりご機嫌だ。先輩にも意見を尋ね、急に振られた先輩はあたふたしている。
「ふふ、なんでそんなに驚いてるの?」
「そんなのだってこんなのまるでデー……いや! なんでもない!! こ、こっちがいいと思うよ!!」
「……? そう?」
外面モードであったが、もう気にするのを辞めたのか普段通りにもなっている。
────やはり先輩を連れてきたのは正解だったか?
楽しげな2人を見て思う。期待した通り先輩は姉のストッパーになってくれたし、それによって僕の負担は激減した。
姉も姉で最初こそ警戒していた先輩の雰囲気に毒気を抜かれて警戒心を弱めている。傍から見ても相当良い雰囲気だ。
一歩下がって楽しげな2人の後ろ姿を眺めれば何も違和感なんてない。寧ろ、そこに僕がいる方が違和感にさえ思えてくる。
────カメラ、持ってくればよかったかな……。
初めて見る姉の表情にそんなことをぼんやりと思い後悔しながら、僕は自然と2人に声をかけた。
「姉ちゃん、僕ちょっと行きたいところあるから行ってきいい?」
「え? どこ行くの? お姉ちゃん達も一緒に行くよ」
「いいよ、まだ服選んでる最中でしょ? この階にある写真屋にいるから選び終わったら来てよ」
「写真……ってことは現像でもするのかな?」
僕の向かう先を聞いて先輩は何をしに行くのか言い当てる。まあ、考えずとも分かるか。
「当たりです」
「そっか。最近はデータが主流だけどやっぱり現像した写真も趣があっていいよね」
「そんなに違うの?」
「うん。データはずっと綺麗なままだけど現像した写真は保管の状態にもよるけれど経年劣化で独特の雰囲気が出るんだよ。それをただ「ボロボロになっただけ」って言う人もいるけど、俺は写真も人と同じように歳を取っていくようなものだと思うんだよね。学生時代に撮った写真を何十年後かに見返す時が来たら、データよりも現物の方が思い出として残ると思うんだ。データもデータで半永久的に残り続けるからそっちも素敵なんだけどね……ゴメン、喋りすぎた……」
姉の質問に熱弁した先輩は恥ずかしそうに顔を赤くする。それを見て僕達は笑った。
「そういうことだから、僕はちょっと行ってくるよ。多分、時間もかかるだろうからのんびり服を見ててよ」
「……うん。わかった、迷子にならないでね?」
「いつの話をしてるのさ……」
まったくブレない姉の言に僕は苦笑しながら店を出る。先程も言った通り目的の写真屋はこの階にあるので歩いて5分もかからない。
「お、あった」
涼し気な店内をゆったりと進んでいけば直ぐに目的地である写真屋に辿り着く。他のテナントに比べれば客入りは寂しいが、それでも僕と同じ目的のお客さんが何組か店内にいる。
事前にネットで現像の流れややり方は調べていたので特に戸惑うこともない。
「これか」
店内の入口の横……4台ほど並んでいる受付機の前まで来て僕は持ってきていたSDカードを取り出す。
既に現像する写真のピックアップも終わっている。後は受付機で写真にデータを読み込ませて、それら全てを現像するだけだ。
「化学の力ってすげー」
数分と経たずに受付が終わり機会から出てきた受付票を取る。
勝手なイメージ、写真の現像とはもっと時間がかかるものだと思っていたがデータのものであればものの10〜20分ほどで写真がプリントできてしまう。フィルムカメラや使い捨てカメラになるとそういう訳にもいかず、短く見積もっても1時間はかかるらしいが……今の僕には関係ない。
現代技術の凄さに感心しつつ、写真が出来上がるまで店内を軽く見て回る。最新モデルの一眼レフなんかが飾られていて、詳しいことは分からないが「最新」と言う言葉だけで男心がくすぐられる。
「えげつない……」
その分、お値段も相当張るのだが、いつかはこういった最新式のカメラなんてのも使ってみたいのだ。
「その為にはバイトか……」
今はまだ入学したてでそんな余裕はないが、それなりに学校生活に慣れてきたらやってみてもいいかもしれない。別に先輩から貰ったカメラに不満がある訳では無いが、やはり自分で買ったカメラと言うのも欲しい。
────まだ当分先だけどな。
少し先の願望に思いを馳せていると写真のプリントが終了する。
「ありがとうございました!」
「どうも」
枚数にして20枚ほど。何枚かプリントされた写真を確認して問題なければ封筒にしまって用事は終わる。
「さて、二人はまだあの店かな……?」
こっちに来ていないと言うことはまだ服を見ていると言うことだろう。来た道を戻ろうとすると不意に僕は視界の端に2人の姿を捉えた。
「なんだいるじゃ……」
反射的に視界を動かせば姉と先輩は写真屋の向かいの雑貨屋でウィンドショッピングをしている。
やはり雰囲気は良さげで、僕は先輩に申し訳なく思いつつも二人の元へと向かおうとした。……ところで急に後ろから首根っこを掴まれる。
「────んぐぇっ!?」
シャツの襟で首根っこが締まり、息苦しくなる。何事かと振り返ればそこには鬼の形相で先輩たちの方を睨んだ、
「お、お前……」
雨無朝日がいた。
どうして彼女がここにいるのか? その理由は分からないが今はそんなことを気にしている場合ではなかった。
「私がまだ平静を保ててる内に、簡潔に、端的に説明しないさい……あれは、どういうこと?」
「ひえ……」
彼女は僕の首根っこを掴んだまま物陰に隠れるように移動すると、二人の方を指して詰問してくる。その様相はまさに悪鬼の如く、鬼気迫る雰囲気に僕は思わず後ずさる。
そしてこの状況から逃れる為に、雨無宥めながら事の経緯を説明した。
「まさか私をハブにして先輩と二人きりで……なんだ? 抜け駆けか? 泥棒猫なのか? 下克上なのか?」
「と、とりあえず落ち着け! たまたま姉と買い物に出かけたら先輩と遭遇して成り行きで一緒に回ることになったんだよ! あと、近い!!」
説明で漸く一旦の落ち着きを取り戻した雨無はしかして今度は僕を睨む。
「どうしていつもアンタばっかり……というかそういうことなら私も呼びなさいよ! 私だけ仲間外れじゃない!!」
「んな無茶な……」
彼女の理不尽な物言いを聞き流し、なんとか弁明を試みるが既のところで口を閉ざす。
────いや、あながち間違いでもない。結局は自分が招いた事か。
やはり、先輩のことを彼女に話すべきだったかと罪悪感を覚えていると雨無は悲しげに先輩たちの方を見て呟いた。
「凄く楽しそう……先輩、ああいう女の子の方がいいのかな……?」
「あれは────」
今にも泣き出しそうな声に僕は胸を抉られるような感覚を覚える。そして今更ながら言い訳がましいことを言おうとするが雨無はそれを許さない。
「……縁先輩、あんたのお姉さんのこと好きなの?」
「ッ……」
雨無の質問に僕は「それは無い」と即答できない。なぜなら彼女の予想は的中しているからだ。
「そう……なんだ……」
沈黙を肯定と受け取ったのか、雨無はそれ以上は何も聞かずに踵を返す。
「雨……」
「帰る」
僕は咄嗟に彼女を呼び止めようとするが、ぽつりた聞こえてきたそのの一言で言葉は詰まる。
「ッ…………」
その後ろ姿は今にも崩れ去りそうで、とても小さくて、危うげに映った。
僕に彼女を呼び止める権利は無く。罪悪感と共にただその後ろ姿を見送ることしか出来ない。遅かれ早かれ、こうなることを僕は分かっていてずっと知らないフリをしていたのだから。
「クソっ………!」
気分は最高に最悪だった。