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姉のお守り

 どうせワガママに付き合うのならば自分も何か用事を済ませてしまおう。


 という思考は僕にとって日常茶飯事であった。怪我の功名を偽装するとでも言うべきか……ことある事に姉のワガママに付き合うことが多い僕にそれを拒否する権利は無く、やるせない不満を無理やり理由付けをして相殺するのだ。


 姉は「お出かけがしたい」と言った。ならば目的地は駅前の繁華街や駅中の服飾店、それとカフェとかだろう。彼女が「お出かけ」と言う時は大体そうである。


「なんかあったかな……?」


 長年の経験から分かっていた僕は出かける準備をしながら、何かしら済ませる用事がないかを思案する。勉強で必要な道具類はまだストックがあるし、小説もまだ読んでる途中のものや積んでる本が何冊かある。


 ────お気に入りの小説家の新刊が出たという情報もないし……。


 自室をぐるりと見回して考えているとふと一つ思い出す。視界に捉えたのは机の上に置かれた四角い黒バック……和泉先輩から譲り受けた物的報酬のカメラだ。


「写真の現像でもしてみようかな」


 まだ写真を撮り始めて一ヶ月も経っていないが、それでもこの前の合宿もあってそれなりに撮った写真のデータが溜まっている。


 このご時世、写真などデータ管理が主流でわざわざ現像する人がどれほどいるだろう? 定かでは無いが、今までの僕ならばわざわざ写真を現像使用などとは思わなかったし、実際にしてこなかった。

 けれど不思議なもので、実際に自分で写真を撮ってみるとそれを実物大のモノとして記録してみたくなってくる。


「ちょうどいいな」


 確か駅中の商業施設に写真屋があったはずだ。しっくりくる理由付けにモチベーションが上がってくる。その勢いのままに身支度を整えて、カメラを持っていくのは嵩張るのでデータの入っているSDカードだけを抜く。


「よし、忘れ物は……ないな────」


 財布やスマホ、その他外出時に持ち歩くものを確認して僕はリビングへと向かう。


 恐らく、姉の方はまだ準備にかかるだろうがグダグダと部屋でそれを待っているとようやく前向きになった外出のモチベーションも低下してしまいそうだった。


「次いでに予備のカードも買っておこうかな」


 更に予定をつけ加えて、外出する気持ちを確固たるものにした。


 ・

 ・

 ・


 ゴールデンウィークも折り返し……だと言うのに何処に行っても人の多さは未だ健在だ。


「うへぇ……」


 加えて連日の快晴で外の気温は高く「もうこれは夏と言ってもいいんじゃないか?」と思えてくる。羽織っていたカーディガンを脱いで、中の半袖だけで十分だ。


「さあ、ゆうくん!元気を出していこー!!」


 人の多さと暑さにゲッソリとして、もう帰りたくなってきたが、反して姉はとても楽しそうだ。スマホでなにやらこれから行くお店の情報を仕入れて、矢継ぎ早に何処に行こうかと意見を求めてくる。


「夏の新作とかチェックしたいし、雑貨屋も回りたい……あっ、まずはカフェに入って作戦会議かな!?」


「もう好きにしてよ……」


 どうせなにか意見を言ったところで姉の行きたいところに強制連行さるので、僕は心を無にして言葉を返す。そんな釣れない返事を気にせず姉は元気ハツラツに僕の腕と自身の腕を組ませて引きずるように歩く。


「よし!それじゃあまずは駅中だ!行くぞゆうくん!!」


「暑いから離れて……」


「やだ!!」


「……」


 抗議も虚しく、逆に姉は離れまいと更にその身を寄せてくる。


 ────それ以上は近づきようがないでしょうが……。


 完全にやぶ蛇だったと後悔したところでもう遅い。それなりに周囲の注目を集めて、不躾な視線に充てられても姉は全く気にした様子もない。


「本当にこの姉は……」


 しかし僕はそれを普通に気にするし、視線には堪え兼ねる。


 ───早く何とかしなければ……。


 切実に改善策を思案するがどんな方法を取っても姉が癇癪を起こすことは必定であった。


「はぁ……」


 これ以上、駄々を捏ねられるのはゴメンなので、僕は無抵抗に死んだ魚のような無気力に引きずられる。


 宣言通り姉は駅中の商業施設に入り、エスカレーターで上の階へと登る。色々と何処に行こうか迷っていたようだがその歩みには迷いが無く、どうやら最初の目的地も定まっているようだ。


 ────これからどんな無茶振りが飛び出すことやら……。


 確実に言えることはこの姉は数え切れないほどの無茶振りをしてくるということ。この腕組みなんてまだマシな方だとすら言える。


 ────考えたくないな……。


 恐れ慄き、現実逃避をしたくなるがそういう訳にも行かない。覚悟を決めて、強い心で姉の暴走を受け流すしかない、


「さあ!ついたよゆうくん!!」


 なんて考えていた時期が僕にもありました。


「ここは────」


 計8階にまで及ぶ駅中の商業施設。その4階で姉は降りてとある店舗の前で立ち止まった。


 4階フロアの主なテナントは女性向けの衣服や化粧品、雑貨なんかを取り扱ったお店ばかり。その中で僕が姉に連れられてきたのは今しがたした覚悟を直ぐに砕けさせるには十分すぎる場所であった。


「せくしーらんじぇりー……って、はぁあ!?」


 名前から分かる通り、姉はいきなり「ランジェリーショップ」に僕を引き連れて来た。


 ────この女、狂ってやがる!!


 何処に実の弟を「ランジェリーショップ」に連れてくる馬鹿がいるというのか。そういうのはラブコメとか、フィクションの世界だけで十分だ!!


 流石に重すぎる……というか倫理的にどうなのかと思うチョイスに僕は抵抗する。


「無理!流石にここは無理だからッ!!」


「恥ずかしがる必要は無いよ!男は度胸!堂々としてれば大丈夫だから!!」


「度胸云々の話じゃないだろこれは!頭沸いてんのか!?」


「なになに?恥ずかしいの?ゆうくんは可愛いなぁ〜。大丈夫、お姉ちゃんが手取り足取り優しく教えてあげるから」


「何をだ!!」


 しかし、姉は抵抗する僕を離すまいと更にガッチリとホールドしてくる。どこにそんなに力があるというのだろうか。


「もう!私は絶対ゆうくんに下着選んで貰うんだもん!!」


「何が姉ちゃんをそこまでさせるんだ!普通に引くわ!!?」


「愛だよッ!!」


「うるせぇ!!」


 ────ブラコンもここまで来れば極まれりだな!!


 大声で叫び出したくなる気持ちを抑える。タダでさえ現状況でも相当騒いでいるのだ、これ以上は流石に周りに迷惑である。


 ────どうする……僕はどうすればいいんだ……!?


 依然として全く引き下がろうとしない姉をどう引き剥がすか脳をフル回転させるが妙案は思い浮かばない。


 万策尽きたか……と待ち受ける惨劇に目を瞑ろうとした時である────


「……あれ? 夕夜くん、こんなところで何をしてるんだい?」


 救世主は現れた。神はまだ僕を見放してはいなかったのである。背後から聞きなれた声に僕は咄嗟に振り返る。


「ッ…………い、和泉先輩!!」


 そこに居たのはこの惨状を目の当たりにして苦笑いを浮かべる和泉先輩であった。

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