姉のわがまま
無事に日帰り合宿が終わり、雨無の満足度は上々。後のゴールデンウィークは勝手にしてくれと言った感じで暇を与えられていた。
あの合宿以降、写真部の活動予定はなく、僕はゴールデンウィークを謳歌していた。まあ、よくよく考えずとも三年生である和泉先輩は大学受験本番の年であり、部活動ばかりに注力している暇もなかった。
部長が居ないのならば参加する意義のない雨無がわざわざ部活動をしようと言う訳もなく、僕としては別に写真のイロハを教わることが出来ないだけで、写真を撮ることは一人でもできる。だから特段、部活が無いことに不満はなかった。寧ろ、久方ぶりの落ち着いた時間にご満悦ですらある。
────最近は色々と忙しかったしな。
ゴールデンウィークも今日で四日目で折り返しに入った訳だが僕は何をするでもなく、のんびりとリビングのソファーに寝転がって昼のテレビ番組を無気力に眺めていた。
今日の予定はお察しの通り特にない。遊びに行くにも友人は皆部活や他の予定で忙しいしみたいだし、一人で何処か出かける気にもならなかった。
────さて、どうしたものか。
だとしても流石にこの自堕落ぶりは自分でもどうかと思う。合宿以降はずっと家でこうしてゴロゴロとしている。流石に遊び盛りの高校生として草臥れすぎだろう。それじゃあ何処か出かけようかと思い立っても直ぐに怠惰な心が「めんどくね?」と待ったをかけてくる。
────難儀な話だ。
「ハハ……」
自分のことながら他人事のような乾いた笑い声が漏れる。そんな悲しげな声をかき消すかのようにリビングの扉が開く。
「……」
両親は今日も勤労の日であり不在……という事はこの家に居るのはあと一人、昨日まで部活の合宿で家を空けていた姉であり、彼女はまだ寝ぼけた様子で中へと入ってきた。
「ふわぁ〜」
半開きの目をしばしばと瞬かせてリビングを見回し、大きな欠伸をひとつ。いつもは溌剌とした姉であるが寝起きはいつも悪くてだいたいこんな感じで気力の欠片もない。
「おはよう」
「ふぁよ〜……」
挨拶をしてみれば返ってきたのはやはり気の無いもの。時刻は十二時を回ろうかと言うところで、普段の姉からしてみるとだいぶ寝坊だ。まあ、昨日まで軽音部の二泊三日の合宿で、それなりに疲労が溜まっていた事を考えれば仕方ないとも思える。
「ご飯は?」
「……食べる」
「じゃあいつまでもそこに突っ立ってないで座りなよ」
「ふぁ〜い」
そんな姉を労う訳では無いが、僕は朝兼昼のご飯を用意してやる。
だいたい両親が不在の休日、姉のご飯を用意してやるのは僕の仕事であった。
「はいこれ」
「……あいがと」
あらかじめ作り置きしておいた料理を温め直して出してやれば姉は感謝と共にのっそりとご飯を食べ始める。胃の中に朝食兼昼食を入れていくうちに彼女の意識は覚醒していき、いつもの調子を取り戻し始める。
「ご飯美味しい……ゆうくんすきぃ……」
「はいはい、黙って食べましょうね」
「うぅ〜んいけずぅ〜。……今日はどこも行かないの?」
「最初の方に出かけたしいいかな」
「あぁ、そういえば写真部で日帰り合宿したんだっけ?」
「……なぜ知っている?」
特段、姉に日帰り合宿の話をした覚えは無い。僕が訝しげに尋ねると彼女は何処か得意げに微笑んだ。
「ふふん! お姉ちゃんはゆうくんのことだったらなんでも知ってるのだよ!」
「そういうのいいから素直に答えてくれ」
冷ややかな視線を向けると姉は「ゆうくんが冷たい……」と嘆きつつも種明かしをした。
「和泉くんから聞いたんだよ」
「……先輩?」
「そっ。最近ゆうくんの動向を探るためによくメッセージしてて情報を提供してもらってるんだぁ〜」
「……」
メッセージをしている理由は意味不明ではあるが、情報の出処が分かり僕は腑に落ちる。良く良く考えれば当然とも言えた。
────和泉先輩は順調にアタックしてるみたいだな。
部活に入った時も姉は先輩からその情報を仕入れていたし、先輩は上手く僕との関係や立場を活用にて姉と親密な関係を構築しようとしていた。
────別にそれは全然構わないんだけど、もう一人の事を考えると素直に喜べないな……。
複雑に気持ちになっていると姉はいつの間にかご飯を食べ終えた。
「ごちそーさま! ありがとね、ゆうくん」
「はいはい、お粗末さまでした」
後片付けをしようと僕は食べ終わった食器を流しに持っていく。そんな僕を見つめながら姉は態とらしく声を大きくして言った。
「あーあ! お姉ちゃんもゴールデンウィークにゆうくんと何処か一緒にお出かけしたいなぁ〜」
「……は?」
「写真部では海に行ったんでしょ? いーな〜、お姉ちゃんも海行きたかったなぁ〜」
「別に行けばいいじゃん」
期待するような視線に充てられて、僕はそれから頑なに目線を逸らす。ここで普通に振り返れば面倒なことになるのは分かりきっている……長年の経験則と言うやつだ。
しかし、この姉は諦めない。
「分かってないなぁ……お姉ちゃんはゆうくんと一緒に行きたいんだよぉ〜。今日は特に予定がないんでしょ? ならいいじゃん、どっか行こうよぉ〜」
無視して洗い物を始めても姉は僕の側まで来て駄々を捏ねる。
「裾を引っ張るな。伸びちゃうでしょうが……」
その姿はまるで小学生。これは本当に今をときめく女子高生なのだろうか?
────昨日の今日でよく遊ぶ元気があるな……。
それに昨日まで彼女は軽音楽部で2泊3日の合宿をしていたはずだ。行く前に聞いた話では山奥のスタジオで朝から晩まで練習漬けだと聞いていた。
「ねぇいいでしょー?」
「元気有り余ってるってどういうことだよ……」
しつこく駄々を捏ねる姉に僕は呆れるが、彼女は一度こうなるとなかなか退かない。一度決めたことはやり遂げるまで突き通す姉の意思は硬かった。
「……勉強はいいのかよ? 今年、受験でしょ?」
「勉強なんて知らない! お姉ちゃんの進路はゆうくんのお嫁さんだから安泰なんだい!!」
「破滅しか待ち受けてねぇよ……」
責めてもの抵抗として釘を指してみるが全くの無意味。彼女の中では既に僕と出かけることは決定してしまているらしい。やはり駄々を捏ね始めた時点で未来は決まっていた。こうなってしまえば姉はもう本当にテコでも意見を変えない。
「はぁ……三分で支度しな……」
それをよく知っている僕は諦めて姉のワガママに付き合うことした。
「やった! ゆうくん大好き! でも三分は常識的に考えて無理だからちょっと待っててね?」
────理不尽すぎる……。