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少女の心境

 最近、やけに心が浮ついている。自然と歩みは弾んで気がつけば鼻歌なんて歌っていることもある。今まではそんなこと無かったのに高校に入学してからの私は自分でも分かるくらいにおかしかった。


 ────理由は何となく分かっている。


 ふわふわと高揚しているような、それでいて時折苦しくもなるこの気持ちの正体は言ってしまえば恋心だ。


 そう、私、雨無朝日は恋をしている。相手は二個年上の男の子……和泉縁先輩。それは初恋で、しかも一年越しの片思いであり、覚悟の証でもあった。


 ようやく好きな人と同じ学校に通えて、好きな人と同じ部活に入部することが出来た。今までよりも好きな人と同じ環境、同じ時間を共有できるというのは想像よりも嬉しくて、空っぽだった心の内が満たされていくような感覚だ。


 そんな長く待ち望んでいた奇跡のような日々を享受できるのだと考えれば心が浮つくのも仕方がない。スキップだってするし、鼻歌だって歌ってしまう。しかし、それだけでは説明がつかない程、ここ数日の私の心は浮ついていた。


 高校に入学して一ヶ月、環境や周りの人間が変われば生活というのはガラリと変わる。中学生の時と比べて高校生と言うのは自由であり、それと同時に面倒事もたくさん存在した。


 勉学に於いては学ぶべき知識量や難易度は跳ね上がり、顔も名前も分からない人間との交友関係の構築は酷く苦痛で、何より私を困らせたのは学年問わずにやってくる告白の類だ。


 中学の時もそれなりに異性からの告白はあったが、高校生になってからはそれが顕著に増えた。どいつもこいつも本当の私を知らない癖に「好き」だの「愛してる」だの上辺の言葉で迫ってくる。酷く気色悪く、吐き気を覚えるほど嫌悪した。


 そうして入学して早々に恋愛絡みで目立てば同性からも色々とやっかみを買う。私は何も悪くないというのに告白してきた男を振るだけで酷く嫌い、疎外し、排除しようとしてくる。


「本当にくだらない」


 最初の一週間はそういう柵もあって少し面倒くさかった。


 親しい他人……友人なんてできる訳もなくて、別に出来なくても良いと思っていた。今までずっといなかったし、欲しいと思ったこともない。私には縁先輩が居ればそれで十分だった。先輩と一緒に居られる時間、写真部での時間だけが何よりも私の楽しだった。


 そんな私の何ものにも変え難い大事な場所に邪魔者が現れた。


 一年二組、真中夕夜。


 それが邪魔者の名前だ。そいつは入学してから一週間……ちょうどどの部活動も新入生を迎え入れて本格的に活動を始めた時に少し遅れて写真部の戸を叩いた。


 ヤツの第一印象は「どうにもパッとしない男」だ。何をとっても地味、例え同じクラスでも「こんな奴いたか?」と思うほどこれといって特徴がない。敢えて言葉にするならば日陰者……だろうか? それが一番しっくりくる。


 先輩から話を聞くにそいつ……真中は職員室横の掲示板、更にその隅に掲示してあるフォトギャラリーを見て写真部の入部を決めたらしい。なんでも、先輩の撮った写真にいたく感銘を受けて自分も写真を撮ってみたくなっただとか……。随分と殊勝な入部動機に最初は疑った。


 ────私が写真部に居ることを何処から聞き付け、私と接触を図るために入部したのでは?


 だが、以外にもその線は無いと直ぐに確信できた。何故なら、アイツの私を見る目が他の奴らのソレと全くの別物だったから。


 まるで異星人でも見るかのような、無関心でありながら何処か警戒をしているような、そんな雰囲気。それはとても覚えがあって、まるで写し鏡の自分を見ているような気分だった。


 ────コイツは私をどういう人間か見定めようとしている。


 様々な人間の視線から常に充てられ続けた私にはすぐに分かった。コイツも私と何処か同じなのだとらしくない事を嵩瞬でも思ってしまった。それでも私の気持ちは変わらなかった。


 ────先輩との時間を邪魔されたくはない。


 真中が写真部に入部するのには反対だったし、今すぐにでも消えて欲しかった。それでも縁先輩は新入部員に喜んで簡単に入部認めてしまった。


 先輩が良しとしたのならば甘んじて受け入れよう。そう納得しようとしたが我慢できずに私は先輩が居なくなって直ぐに奴へと部活を辞めるように言った。酷く理不尽に、威圧的に、高圧的に、有無を言わさず拒絶し、排除しようとした。


「悪いけど、僕はこの部活を辞める気はないよ」


 それでも真中は首を縦に振らなかった。当然と言えば当然の話なのだけれど、その時の私は奴の反抗的な態度が気に入らず感情のままに人として有るまじき発言もしてしまった。


「アンタに写真を撮る才能なんてないわ。だから早く消えて」


 後悔したところで一度吐き出した言葉を飲み込むことはできず、加えて真中の方も売り言葉に買い言葉で結構酷いことを言ってきた。


「ハッキリと言って、脈ナシだろ」


 それは一番言われたくない言葉で認めたくない言葉だった。


 確信的な事を言われた私はただ感情のままに駄々を捏ねる幼子のように喚き立てた。随分と取り乱し、仕舞いには泣いてしまって、今思えばとても恥ずかしい黒歴史である。


 そうして、それをきっかけに私と奴は奇妙な協力関係になった。まあ……私の一方的な半強制的な契約ではあったけれど、それでも真中は結果的に了承したのだし協力関係は協力関係だ。


「先輩と付き合えるように協力する」


 字ズラに起こしてみるととても変でおかしいと、自分から頼んでおいて思う。


 意外……と言うべきか真中は結構協力的だった。相談すれば意見をくれたし、先輩への探りも定期的にして情報を収集してくれた。無茶振りをしても解決策を出してくれた。


 何よりも私を色眼鏡で見ずに、一人の人間として接してくれた……それこそ縁先輩と同じように。それが何よりも新鮮で、慣れなくて、ハッキリと言葉にはしたくないけれど、嬉しかった。


 最初と今とで評価するのならば私の中で真中夕夜はそれなりに信用できて使える男だと思う。もう別にアイツが写真部に居ることに反対だとは当初よりも思っていない。


「まだ見定めるけどね」


 完全に信用した訳では無い。少し役に立つからといって私は簡単に他人を信用しないし、信用できるはずもなかった。


 ────過去って言うのはそう簡単に忘れられるものじゃないもの。


 それでもアイツが写真部に来てから私の心は以前よりざわつき、ふわふわとしていた。


 その感情にまだ名前を付けることはできないでいるけれど、一つだけ言えることはそれが「恋心」では絶対に無いということ。


 だって私は先輩のことが好きなんだ。

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