提案
予想通り、集合場所から乗った電車は酷く込み合っていた。
「これはやばい……」
ほぼすし詰め状態で何とか吊革に捕まって電車の揺れに耐える。ここまで満員だとちょっとやそっと体がぶつかったぐらいでは誰も気にしない。人間の適応能力って凄いね。
「……」
しかしながらこの強制おしくらまんじゅうの犠牲者は僕だけであり、何とか二人分の座席を確保することは出来た。
和泉先輩と雨無は悠々自適に電車の座席に仲良く並んで座っている。最初は僕と雨無に席を譲ろうとしていた先輩だったが、それを僕は頑なに遠慮して二人に半ば強引的に譲った。
────我ながらナイスアシストだ。
混み具合的に二人の近くにいることもできなさそうなので、僕は比較的空いてるスペースへと足早に向かい、今の状態へと相成ったわけである。
去り際に雨無の方を見遣ると既に彼女は顔を真っ赤にして緊張していた。別に二人きりで座って一緒に居ることなど今までもあっただろうに、デートという魔法が彼女を過剰なほど乙女にしていた。
────雨無のやつ、大丈夫だろうな……?
離れつつ、しかし二人の様子は伺える程度の場所に陣取って僕は二人の観察を始める。
会話の内容までは聞こえてこないが、先輩が話題を振ってそれに雨無が答えている。十分ほど電車に揺られていれば緊張も解けたのか、雨無は最初のぎこちなさは完全に抜けきって楽しそうに談笑に興じていた。その光景があまりに絵になるものだから近くにいた乗客────主に男は雨無にチラチラと好奇の視線を向けている。
「ほんと、何処に居ても目立つ奴だ……」
周りの反応に呆れつつも二人に視線を戻すと、不意に雨無と目が合った。
「……?」
距離は離れているがアイコンタクトぐらいならばできる距離と位置関係である。しかし、わざわざこっちに気を割く理由が分からずにたまたま目が合っただけだと思い込むがどうやら違うらしい。
「────」
「なんなんだ?」
依然としてこちらを見てくる雨無の真意が読み取れずに不思議に思っていると、彼女はやっと目を逸らして先輩の話にまた楽しそうに笑っていた。
────本当になんなんだ?
やはりその真意が分からずに熟考しているといつの間にか目的地にたどり着いていた。
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その駅で降りる乗客は多かった。
「まさに人の波だな……」
ぞろぞろと波のように降車していく人達に流されて僕も電車を降りる。
まあ観光地ともなればこんな光景は当然と言えば当然だろう。加えて今がゴールデンウィーク真っ只中ということを考えれば、寧ろなんでこの駅で降りないのか不思議なくらいだ。
「それは言い過ぎだとしても本当に凄いな」
依然として人波の中に埋もれながら何とか駅のホームを出れば潮風が肌を撫ぜる。
天気も快晴、雲ひとつない空は夏をも錯覚させる勢いだ。その活気溢れる雰囲気に充てられてか、僕はホーム前に立ち尽くし無意識にバックからカメラを取り出した。
────カシャッ。カシャッ。カシャッ。
そのまま構えてシャッター切る。数枚ほど、辺りの写真を撮っていると後ろから遅れて外に出てきた和泉先輩と雨無が寄ってくる。
「どれどれ……うん、良く撮れてるじゃないか」
先輩は僕の側まで来ると液晶モニターに写った写真を見て褒める。
「ありがとうございます」
フライング気味にカメラを取り出してあからさまにはしゃぎすぎたことが急に恥ずかしくなる。そんな僕たちやり取りを恨めしそうに雨無に見られ、僕は計画のことを今一度思い出す。
────そんな怖い顔しなくてもわかってるよ……。
申し訳なさそうに目配せをすると彼女は「ふん」と不機嫌に鼻を鳴らして、すぐに先輩へと笑顔を振りまいた。
「潮風が気持ちいいね〜」
「晴れて良かったですね!」
地図で目的地を確認してから歩き始めた二人。その後に僕も遅れてついて行く。
「お祭りみたいですね」
「だね、色々と出店が出てて面白い」
ここでの目的地は海の見える浜辺。その道程にある通りには観光客をターゲットにした出店や屋台で賑わっていた。
────確かにここまで来ると祭りだ。
雨無の言葉通り、まるでお祭りのような賑わいにそんな光景も僕はカメラを構えてファインダー越しに覗き込む。
「これは撮影意欲が掻き立てられるね」
それは先輩も同様で僕達は通行人の邪魔にならないように立ち止まって、思い思いにシャッターを切る。子気味良いシャッター音にテンションを更に上げて、今しがた撮った写真の出来映えを確認する。
「……ちょっとボケたな」
「せ、先輩! この写真どうですか!?」
「いいんじゃないかな? やっぱり最近はスマホのカメラ機能はバカにできないくらいよく撮れるよね」
雨無もアピール程度にスマホのカメラで写真を撮っていた。
────いいかんじだな。
健気な雨無を横目に僕は付かず離れず、二人の邪魔にならないように気をつける。
そんなこんなで、所々で立ち止まりながら写真を撮り目的地まで向かい、浜辺に着く頃にはそれなりの時間を要してしまった。
「あつ……」
やはり天気が良い所為か、まだ五月だと言うのにそれなりに汗をかき、軽く息が上がる。
────普段の運動不足が祟ったな。
ハンカチで汗を拭い呼吸を整えていると不意に腹の虫が鳴る。
「あっ……」
「本格的に写真を撮って回る前に腹ごしらえにしようか」
「はい……」
先輩の提案に少しばかりの羞恥心を抱きながらも賛同する。やはりどうにも普段は来ない場所に浮かれている自分を諌めつつ、僕は言葉を続けた。
「観光地だからお店は沢山ありますけど、それにしたってお昼時だから何処も混んでそうですよね。どうしますか?」
辺りを見渡せばそれなりに飲食店を見かける。しかしそのどれもがそれなりに列を成しており明らかに混んでいる様子だ。流石はゴールデンウィークと言ったところか、観光地ともなれば人口密度は尋常ではない。
「うーん……これは何処のお店にしてもそれなりに待つ覚悟が必要そうだね」
「ですね……」
僕と先輩は腹を括り、気持ち並びの少ないカフェの待機列へと並ぼうかと歩き出す。しかしそれに雨無が待ったを掛けた。
「あ、あの……!!」
「「ん?」」
何事かと僕達は雨無の方を見る。すると彼女は顔を俯かせて恥ずかしそうにモジモジと手を遊ばせていた。そうして意を決したように放たれた言葉は────
「お弁当!! 私、作ってきたので……その、良かったら浜辺で食べませんか?」
予想だにしない提案であった。